見出し画像

いかに“因数分解”できるかで人間は決まる

画像2

人間力最大化計画計画長の倉本美津留が聞き手となり、宇宙論理の巨匠・佐治晴夫の人間力に迫る。
※昨今のコロナウイルスの感染拡大による社会情勢のため、
 人間力最大化計画は開講日が7月3日(金)に延期となりました。

──佐治先生は様々な分野を横断したキャリアを歩んでこられていますが、「ブレイクポイント」というのは何だったのでしょうか。

世の中に対して新風を吹き込んだと言えることがあるとしたら、私が松下技研にいた時に「1/fゆらぎ」を家電などの製品に応用したことです。

「1/fゆらぎ」は、1925年に研究者が真空管のノイズの中に存在する不思議な「ゆらぎ」として発見した現象です。
一定ではなく不規則に変動するこの「ゆらぎ」の現象は、後に自然界の様々なものの中に存在することが分かりました。
自然の風、人間の鼓動、瞬く星、お坊さんが叩く木魚の音、美しい音楽……
これらの「ゆらぎ」は自然界に広く見られるリズムであり、だからこそ人間の心に響くのです。
実は、脳の表面をカルシウムイオンが出入りする現象にも、無から宇宙が誕生した現象にも、同じようなゆらぎがあることが分かっています。

考えてみると、夏の暑い日に電車内で機械的に吐き出される送風が不快に感じることはあっても、野山で吹く風は不快に感じない。
人工の風と自然の風は何が違うんだろうか。自然の風には「ゆらぎ」があり、それが心地よさを生んでいるのではないか。
それで生まれたのが「1/fゆらぎ扇風機」でした。
機械工学や製品開発の観点からすれば「ゆらぎ」や「自然の不確定さ」はノイズであり邪魔なものでしたが、それを逆手に取り新しい価値に転換できないかと考えたのです。

同じように、デジタル機器に自然の「ゆらぎ」を活かした例があります。
デジタルカメラには、規則正しく配置された撮像素子と被写体の模様が干渉し、「モアレ」という縞模様が写ってしまう現象があります。
これを防ぐためにローパスフィルターをつけてモアレの原因となるパターンをぼかしてしまうのですが、解像度は低下してしまいます。
一方で、アナログのフィルムカメラでは、感光剤が自然の状態で不規則に混入されているので「モアレ」が出にくい。
そこで、この不規則性、すなわち自然な「ゆらぎ」に注目し、わざとデジタルカメラのカラーフィルタの素子を非周期的な配列にすることで、モアレが発生しにくいデジカメを開発したカメラメーカーもあります。

──そのような発想の転換はどこから生まれるのでしょうか。そしてそうした発想を持つには何が大事なのでしょうか。

金子みすゞの「ふしぎ」という詩にそのヒントがあるかもしれません。

わたしはふしぎでたまらない、黒い雲からふる雨が、銀にひかっていることが。
わたしはふしぎでたまらない、青い桑の葉たべている、かいこが白くなることが。
わたしはふしぎでたまらない、たれもいじらぬ夕顔が、ひとりでぱらりと開くのが。
わたしはふしぎでたまらない、たれにきいてもわらってて、あたりまえだ、ということが。

現代は、「不思議」と思わなくても生活できる状況になっています。しかしそれこそが問題であり、「不思議」を感じる教育が必要だと思っています。

物理学者でもあり随筆家でもあった寺田寅彦さんも「ねえ君、不思議だと思いませんか?」というのが口癖だったそうです。
その孫弟子にあたり雪氷物理学者の樋口敬二さんもまた、「不思議だ」と思う感覚を若い頃から叩き込まれてと聞きました。

時々私への取材で記者さんやレポーターさんが来ることがあるのですが、「私は文系で詳しいことはわかりませんけど」って堂々と言い放って、インタビューする。
自分で勉強したり調べたりしない、このような風潮や姿勢が許されているのは日本だけかもしれませんね。残念なことです。
常に「なぜだ」と問う感覚を養うことが必要です。

画像3

──たしかに日常に疑問を持たず、自分のポテンシャルを伸ばしきれていない人が多い気がします。

科学技術の進歩で人間の代わりに様々なことを担うモノが生まれましたが、それが本来の人間喪失につながっている気がします。
たとえば本来人間は歩行する生き物ですが、車を使うことで本来の人間らしさが失われて、健康にも害を及ぼしている。
考えることで生活してきた人間も、あらゆる仕事を機械がボタン一つでできるようになれば、便利さと引き換えに創意工夫はなくなっていく。
歩行も思考もしなくなれば本来の人間の姿から逸脱してしまう、それにそろそろ気付いていかないといけない時代なんです。

パスカルの「パンセ」を引用すれば、「人間は一本の葦にすぎない、自然の中でもいちばん弱いものだ。だが、それは考える葦である。」と。
そして、「これを押しつぶすには、全宇宙はなにも武装する必要はない。一吹きの蒸気、一滴の水でも、これを殺すに十分である。」と。
しかし続いて、「人間は、自分が死ぬこと、宇宙が自分よりもまさっていることを知っているからである。宇宙はそんなことを何も知らない。
だから、わたしたちの尊厳のすべては、考えることのうちにある。」んだと。
つまり、考えるということが、人間にとっていかに重要なことかということなんですね。

──それでは「人間力を最大化する」ためにどうすれがいいのでしょうか。受講者の皆さんにメッセージをお願いします。

人間の力は「いかに因数分解できるか」という能力で決まると僕は思っていて、因数分解できる幅や広さこそが「教養」なんです。
たとえば、一見違う分野の間に共通するものを見抜くことも、異なる人間がコミュニケーションを取るにも「因数分解」が必要です。
その「因数分解」するための「教養」が、最近の日本の学問の中では非常におざなりにされていて、今その反動がいま出ていると思います。

日本の場合、往々にして同じような人間で集まって「仲良しチーム」を作りがちですが、ここからは何も生まれない。
僕は松下技研で研究チームを率いていた時には、色んな意見を言ってもらうためにあえて自分に反発しそうな人を集めました。
だからこそ意見のぶつかり合いができ、そんな環境で生まれたのが「1/fゆらぎ扇風機」や「3倍速モードのVHS」です。
各々がバラバラの能力や知識を持っていることが大事で、一見関係ない趣味だって何だってよく、どんな知識も教養になるんです。
よほどの天才でもない限り、普通の人にとっては教養こそがすごく大事なのです。

だからこそ他分野との交流というのは非常にメリットが大きく、特に専門外の人が専門家の話を聞くというのが重要です。
様々な分野の人と交流して幅広く専門知識を獲得し、その中から色々な要素を「因数分解」しながら自分のものにしていく。
それによって、自分ができることが何なのか、やるべきことが何なのか、生きる喜びとは何なのか、豊かな未来を築くためにはどうしたら良いのかというヒントをたくさん得ることができるでしょう。
そういう幅広い視座で現象を捉えていくと、人生が豊かになるのではないでしょうか。

この世界で一番分からないのが人間であり、さらに分からないのが自分なんです。
人は他人の顔は見えても、自分の顔は直接見ることができないのです。

この「人間力最大化計画」では、それぞれの分野のエキスパートがいらっしゃることに一番の魅力があり、必ずや未知の自分を知る大きなヒントが得られるんじゃないかなと確信しています。

(倉本)今回の講師陣はみな異なるジャンルの第一人者です。受講者からすれば、憧れの人もいれば、逆に自分が興味のないジャンルや自分とは異なる価値観の講師もいるでしょう。それでも、そういう第一人者から直接指導を受けることで「教養」が飛躍的に身につきます。そして教養が身につけば、どのようなジャンルでもどの分野でも、自分の存在感がアピールでき、役に立つと思います。

佐治晴夫

画像1

1935年東京生まれ。理学博士(理論物理学)。松下電器東京研究所主幹研究員・研究室長、東京大学物性研究所、玉川大学、県立宮城大学教授、鈴鹿短期大学学長などを経て、現在、北海道・美宙(MISORA)天文台台長。

大阪音楽大学客員教授。宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙連詩編纂委員会委員長。

量子論的無からの宇宙創生に関わる「ゆらぎ」の理論研究で知られるが、それらを1/fゆらぎ扇風機、長時間録画VTRなどの家電製品に応用したこと、また、NASAのボイジャー計画では、地球文明のタイムカプセルとしてバッハの音楽を搭載することの提案などでも知られる。

また、理系、文系の枠を超えた学際的新分野「数理芸術学」を提唱、その実践として、宇宙研究の成果を平和教育へのリベラルアーツと位置づけた特別講義を全国的に展開している。

主要著書として『14歳のための時間論』『14歳のための物理学』『14歳のための宇宙授業』『からだは星からできている』『女性を宇宙は最初につくった』『14歳からの数学―佐治博士と数のふしぎの一週間』『それでも宇宙は美しいー科学の心が星の詩にであうとき』(以上春秋社)、『ぼくたちは今日も宇宙を旅している―佐治博士のこころの時間』(PHP研究所)、『宇宙が教える人生の方程式』(幻冬舎)、『詩人のための宇宙授業ー金子みすゞの詩をめぐる夜想的逍遥』(JULA 出版)、『宇宙のカケラ 物理学者、般若心経を語る』(毎日新聞出版)、ほか多数。

人間力最大化計画

放送作家の倉本美津留が発起人となり、各界のトップランナー12名が集結する特別集中ゼミです。
映画、CM、音楽、デザイン、写真、編集、アート、お笑いなど、各界のトップランナーたちの代表作の秘話や、自身が考える未来戦略を講義など、対話・セッションを通じ、ここでしか学べない特別な見識を身につけてもらうことを目的としています。
https://ningenryoku.jp/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?