有琳
ある時、今度こそ行こうと思って 前の日はちゃんと早く帰った 朝、車で行こうと息子に言うと 友達と約束したから自転車で行くという いつも行かないんだから仕方ないでしょ 妻に言われ、もっともだった 別々に家を出ることになった 場所は近くの河川敷だった 試合は11時からだったが 寄るところあるからと早く出た じゃあ、向こうでな うん 息子は目も合わさずに返事を返した それが最後の会話だった その日は7月で朝から暑かった 河川敷に一旦車を止めて 土手を超えて近くのパチンコ
父は僕が中学の時に他界していた 実家は車の整備工場を営んでいたが 父は仕事中に突然倒れ、意識が戻らないまま 翌日には息を引き取った 母は社長となり 当時から父の仕事を手伝っていた母の弟と 整備工場を存続させた 僕の記憶にある父は仕事ばかりしていた いつも肩や腰にあてた湿布と 機械油の匂いをさせて 仕事の後は食卓で晩酌するのが決まりだった 酔った叔父がベラベラと話すのを 父は黙って、楽しそうに聞いていた そういう無口な人だったけど 小さな頃は何でもない日に 気前よく
休暇を取るように 三月に入った最初の月曜日 上司から呼び出されるなり言われた 働きすぎなんだそうだ 今月中に、って随分急ですね 会社としてちゃんとしたいんだか、 なんだかわからない しかたなく、取引先に頭を下げ 可能なところはスケジュールを調整し 後輩に留守中の対処を教え 同僚に、すまない、とカバーを頼み 何とか一週間の休みを取った でも、やることが無い 休暇前の金曜日、行きつけのバーで訊いてみた マスターだったら何する? ワタシなら島にいくかな
古びたナイフを持っていた 赤道近くの国から来たナイフ 物語を持っていた ある村、男がいた 男には恋人がいた 共に過ごす時間が長くなるにつれ 二人は互いに倦怠を隠し 青く瑞々しかった希望が やがて白く日に焼けていく様から 日々、目を背け生きていた 暑い夏が続くその国でも 特に暑かった午後 村に旅人が流れ着いた 埃を纏った堂々たる体躯の旅人は 旅を終える場所を探していた 物好きな村人が旅人を囲んで話をせがんだ 旅人は多くを語らなかったが どうやら
撃たれたのだろうか 背中に感じる硬く冷たいモルタル 広がっていく血で頭のうしろが濡れている 色々と思い出す 現実だったか分からないけど