ナイフ

古びたナイフを持っていた

赤道近くの国から来たナイフ

物語を持っていた


ある村、男がいた


男には恋人がいた


共に過ごす時間が長くなるにつれ

二人は互いに倦怠を隠し

青く瑞々しかった希望が

やがて白く日に焼けていく様から

日々、目を背け生きていた


暑い夏が続くその国でも

特に暑かった午後

村に旅人が流れ着いた

埃を纏った堂々たる体躯の旅人は

旅を終える場所を探していた


物好きな村人が旅人を囲んで話をせがんだ

旅人は多くを語らなかったが

どうやら、かつての都で生まれ育ったこと

そして決して貧しくない家の出であることは

誰もが感じ取った


旅人は、何日か逗留し

そのまま資材置き場の仕事を得て

村に住み始めた


冒頭の男

雇われている農場での仕事を終えて

帰る道すがら

商店の前で恋人が旅人と話しているのを見た

彼女は笑ってた 

楽しそうに

本当に楽しそうに


暑い夜、男は長いこと醒めたまま

ベッドに横たわり、時折唸り、身を捩り続けた


朝、資材置き場に誰よりも早く行き

独り静かに仕事の準備をするのが

もう旅はやめた心づもりの、かつての旅人の

日課になりつつあった


だがその日は一番乗りでは無かった

資材置き場の入り口に見知らぬ男

近づくなり決闘を申し込まれた


この話の時代においても

決闘なんてものは絶えて久しく

放浪を続けてきた旅人をしてさえ

見聞きした事は無かった


だが、それでも彼は受ける事にした

理由はよくわからない


そして、二人とも誰にも決闘のことを

明かさないまま当日を迎えた


街道を下った村のはずれで、

二人は対峙する

男はナイフを二本地面に放り

旅人に一本選ばせた

次に男は長い布切れの一端を握り

旅人にもう一端を同じように握らせた


片手にナイフ

片手に布切れ


ナイフで刺されて絶命するか

布切れを手放して戦いを放棄するかで

負けが決まる

それが、村の決闘の習わしだと

男は言った


無論、嘘だった


男は旅人に体格で劣っていた

長い手で殴られたり、掴まれたりしたら

勝ち目はない


布が届く範囲なら懐にすぐに入れる

人を刺したことは無かったが

ナイフ使いは得意だ


決闘が始まった


だがいざとなると、

容易に人を刺せるものではない


互いに牽制し合い

時間だけが過ぎる

風は無い

太陽は永遠に頭上に留まり続ける


汗が滲む

強く握りすぎた両手に限界が来る


その時、街道を通りすがる村人

お前たちなにやってるんだ!


男は、心底で救われた、と思った

いや、ちょっとふざけただけだよ

そうだよな

旅人に振り返ってそう言いかけた瞬間


旅人はいきなり布をぐいっと引き寄せ

陽の光閃くナイフを突き出してきた

刹那、避けようなんてない

ナイフはそのまま男の腹に突き刺さった


暗転


それから数日、男は昏睡に陥った

やがて目を開けると灰色の病室

ベッドの脇の椅子で恋人が眠っていた

あの通りすがりが命の恩人になった


旅人はそのまま姿を消して

戻らなかった

良いとこの出だか何だか聞いて呆れると

口々に村人


やがて男は傷が癒えると

恋人に結婚を申し込み

二人は夫婦になった

男がつい数年前に亡くなるまで

添い遂げたという

子供は出来なかった


一方、ただの通りすがりだった恩人は

子宝に恵まれ、やがて18人の孫が出来た


で、18人の内でこれを受け継いだのが俺だと

陽気なその男はナイフを見せて言った


あの日、腹にナイフが刺さったままの男を

荷車に乗せて村の診療所まで運んだじいさんは

男が棄ててくれと言ったナイフを

棄てられずに持っていた


それをやるよ、君に


いらないと言ったけど

じゃあ、預かっててくれと

そう言って置いた行ったんだよな


本当なのかよ、とは言えなかった


まだあの部屋のどこかにあると思う
















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