貝殻 其の一

休暇を取るように


三月に入った最初の月曜日

上司から呼び出されるなり言われた


働きすぎなんだそうだ


今月中に、って随分急ですね


会社としてちゃんとしたいんだか、

なんだかわからない


しかたなく、取引先に頭を下げ

可能なところはスケジュールを調整し

後輩に留守中の対処を教え

同僚に、すまない、とカバーを頼み

何とか一週間の休みを取った


でも、やることが無い


休暇前の金曜日、行きつけのバーで訊いてみた

マスターだったら何する?


ワタシなら島にいくかなぁ、

あんまり知られてない所なんだけど

東京湾から行けるんだ


まぁ、観光地っぽくはないけどさ

そういう、何も無いのが良くてね

とにかく海が綺麗でさ

釣りしたり潜ったり、飽きないよ


釣りも潜りもしないけど

何も無い島で、何もしないで過ごそうかと

そう思った


マスターは行くなら宿を紹介するよ、って

言ってくれたけど、

変に歓待されたくなかったから

旅行サイトから自分で宿を予約した

シーズンオフだから前日でもすぐに取れた


翌朝は快晴だった


竹芝桟橋から、大きくはないが

就航間もない白いフェリーに乗って

途中の島まで行き

そこから別の船に乗り継ぐ


人もまばらな桟橋で

風に吹かれて乗り継ぎを待つ間

母からの着信履歴に気がついて

折り返してみる

そこでも働き過ぎなんじゃ無いかと心配された


休暇も取れてるし、大丈夫だよ

近いうち帰る

叔父さんによろしく、そっちも体に気をつけて


やがて小さな漁船のような船が桟橋についた

乗り込んで目的の島に向かった

イルカの群が寄ってくる

少年を連れた女の客が喚声をあげる


島が近づいてくる

聞いた通りの小さい島だ

船着場のそばに

軽自動車が二台停まっているのが見えた


船が着き、陸に上がると

軽自動車の前に男が待っていた

宿からの迎えだ


僕は、

あぁ、本当に驚くとこうなるんだ

と、どこか別の視点で状況を見ながらも


動けなかった

言葉が出ない


死んだはずの父がそこにいた



















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