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なぜプレーパークが好きなのか

孤独で不安な子育てだった

我が家の長男には重度の知的障害と運動発達遅延とてんかんがあります。
2歳半の時、超希少染色体異常(12番、15番、17番の染色体の中間部に微細な欠失と重複があります)が分かりました。

周りの子どもとどんどん広がっていく発達の遅れにモヤモヤし続け、思うようにならない子育てにイライラし続ける日々。

原因がわかってからも(希少すぎて障害名が付かなかったため)、今後どのような特性や合併症が現れるのか分からず、仲間や情報が見つからない中、命の重さや責任を背負って暗闇の中を必死に子育てしていました。

居場所と遊び場

そんな中、初めて私たち親子に安心や喜びやつながり、「居場所」を感じさせてくれた場所がありました。日野市の「仲田の森」というプレーパーク(冒険遊び場)と、児童発達支援施設「こどもでいさーびすにじいろ」(現在は閉所)です。

にじいろには、肢体不自由のお子さんも、ダウン症のお子さんも、内部障害のお子さんもいて、どの子も魅力的で、それぞれの違いを越えた様々な出会いと経験と気付きがありました。

そのにじいろで、毎週金曜日に連れて行ってくれていたのが、「仲田の森」という日野市で野外保育などを運営しているNPO法人子どもへのまなざしさんによるプレーパークです。

初めてプレーパークという居場所で遊び、「プレーリーダー」「プレーワーカー」という存在を知った時の感動は今でも忘れられません。仲田の森は、にじいろのたくさん違いのある子どもたちと、そのきょうだいたち、親たちを、ごく自然に受け入れてくれました。

豊かな自然環境の中で自由に遊ぶことで、見守り支える大人がいてくれることで、ただそこにいるだけで緊張していた心身がほぐれていく感覚。
もちろんきょうだいも年齢や能力によって様々な楽しみ方ができます。

どんぐり、土、枝、川、花、落ち葉、焚き火、木漏れ日、、、
大人も子どもも感覚が開き、興味関心が広がり、笑顔も笑い声も泣き声も悩み事も違いも混ざり合って、みんなで同じ場所で過ごし、遊ぶ喜びと可能性を全身で感じました。

にじいろは長男が2歳くらいから4年近く、親子で本当にお世話になり、障害の有無や種類で区別しないこと、されないことの楽しさと大切さと難しさを学ばせてもらいました。

たくさんの先生方が全力で長男を愛して、一緒に悩んで、一緒に信じて育ててくれたからこそ。
私はこのイレギュラーな子育てや、重い障害のある長男や、自分自身に本当の意味で向き合えるようになっていったし、一人じゃないと思えるようになったんだなぁと、今思い出してもじわっと涙が出ます。

不安で暗中模索な日々を、親子共に支え育ててもらったにじいろの先生方と仲田の森のスタッフさん、お友達家族に感謝の気持ちでいっぱいです。

「なかだの森」では、豊かな自然の中で、子どもたちがいきいきと、”子どもの時間”を過ごしています。

大人のあたたかいまなざしに支えられることで、子どもたちは自分に自信を持って、未来に挑戦する力をつけていきます。

子育てに関する情報が溢れ、人と人とのつながりが希薄になっている現代。
子どもも、そして親だってたくさんの温かいまなざしの中で育ち合うことが、今、とても大切だと考えています。

プレーリーダーとは、「子どもがいきいきと遊ぶことのできる環境をつくり、子どもといっしょに思いきり遊び、子どもが厚い信頼をよせる相手です。時には、子どものよき相談相手になることもあります。

「子育て」や「親子関係」や「遊び場」のあり方、大切な根っこの部分。全ての子どもが遊びにアクセスできる、主体的に遊ぶ、親子で安心していられる経験があったからこそ、それを教えてくれたのが親子の居場所やプレーパークだったからこそ、もっと身近に欲しい、稲城にも欲しい、まずは自分から!と強く思ったのでした。

そこから、悩みながらも前を向いて動き出して、素敵なお友達が増えて、世田谷の砧公園(みんなの広場)や、川崎の夢パークで遊んだ経験や気付きがヒントになり、1人で勝手に公園アンケート調査を始めて、インクルーシブフォレストという地域活動コミュニティ設立に繋がって行きました。

東京都がインクルーシブ公園やプレーパークの重要性と可能性を発信し、推進し始めた今だからこそ、公園協議会公募メンバーとしても、障害児ときょうだい児を育てる当事者としても、過去と現在と未来を自分なりに繋いで行きたいと思っています。

「きっとできると信じている人のところでしかインクルーシブは実現しない」

これからも応援とご協力、よろしくお願い致します!


インクルーシブ・フォレストの活動資金として、大切に活用させて頂きます。ぜひ応援の気持ちを寄付としてお寄せ頂けるとうれしいです。