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小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第10話

第10話 費用
「どんな仕事に就きたいか考えはありますか」
「IT関係でプログラマーなんていいかなと考えています」
「なぜそう思うのですか?今までプログラミングの経験はありますか」
天神さんはモレスキンに書き込みながら次々と質問をしてくる。
「プログラミングの経験は無いですが、手に職がつけられますしリモートワークや独立も将来視野に入れることができるのが魅力的なので」
天神さんと話をしていると頭がスッキリとしてくる。
「それに給料もいい!」
自分で話していてプログラマーこそが目指すべき将来像だとハッキリしてきた。
「未経験でもプログラマーには慣れるんですよね」
「未経験でも可能です。実際に未経験採用を積極的に行っている企業もあります」
「そうなんですね!」
クビを言い渡されてからどん底だった気分が久しぶりに上昇してきた。
「悪手ですね」
「あくしゅ?」
天神さんはモレスキンを閉じた。
「転職活動で一番やってはいけないことです」
「プログラマーになることがですか?」
「違います。憧れで職を決める●●●●●●●●ことです」
「憧れで職を決めることが何でダメなんですか?野球選手とかは憧れからその仕事を初めている人が多いじゃないですか」
僕は手振りを加え抗議した。天神さんはいたって冷静だ。
「確かに憧れた職について成功する人はいます。しかしそれはその職種と強みが合致していたからです」
「職種と強みが合致していた?」
「例えば野球選手に憧れる20代の男性が居たとします」
「はい」
「もしその人物が体を動かすスポーツよりも細かい事務作業が得意でPCスキルが高いとします。あなたはその人物が野球選手に憧れているからといって野球を仕事にするべきだと思いますか」
「スポーツが苦手で細かい作業の方が得意なら野球選手は目指さない方がいいですね」
「どうしても野球が好きならその業界で事務職として貢献や活躍ができます。その方が業界や本人にとっても幸福です」
天神さんはコップの水を少し飲んだ。
「頭では理解できるんですけどなんだかモヤモヤします。夢は諦めた方がいいってことですか?」
僕は腕を組み考えこんでしまった。
「夢は諦める必要はありません。野球選手はどうかわかりませんが作家、画家、ミュージシャンなどの夢を持つ人は多いと思います」
「僕も漫画大好きで一時期漫画家を目指してました!バクマンって読んだことあります?」
「そういった夢は副業で叶えることをオススメします」
天神さんは僕の問いかけを華麗にスルーした。
「副業ですか?」
「サラリーマンは月に安定して給与が入るので時間のコントロールさえすれば夢を追うアドバンテージがあります」
「なるほど」
僕は思わずポンッと手を叩いた。サラリーマンをしながら漫画家の夢を追うのもいいなと妄想をした。
「荒田さんはプログラマーに転職を考えているとのことですが、プログラミングをしたことはありますか?」
「HP作成が流行ったころにHTMLを使ってプログラミングをしてみたことがあります」
「やってみてどうでしたか?」
「最初は楽しかったんですが細かい作業と黙々する作業が自分に合わなくて辞めてしまいました」
「それでもプログラマーを目指しますか?」
僕は思わず黙ってしまった。
「プログラマーは確かに給与も良く、自由な働き方ができます。しかしそれは他の職種でも専門性を高めていけば可能です。今荒田さんの適性に合っていないプログラマーを選べば高確率で転職失敗するでしょう」
「それは嫌です!どうすればいいんですか」
僕は思わずテーブルに体を乗り出した。天神さんは微動だにしない。
「転職を成功確率を高める方法はあります」
「ぜひ教えて下さい!」
僕は少し涙目になっている。
「それは業界は興味・関心で選び、職種は強みで選ぶことです」
「どういうことですか?」
僕は複数のことを言われて混乱した。
「業界とは自動車業界、IT業界など取り扱う産業を示しています。この業界に関しては自分が興味・関心を重要視して選んで下さい」
「なるほど」
僕はカバンから手帳を取り出して急いでメモをした。
「職種に関しては強みが活きる職を選んでください。例えば細かい作業やルーティンが得意なら事務職、コミュニケーション能力や非ルーティン作業が得意なら営業職と言ったところです」
天神さんは子供でもわかるようにゆっくりと喋った。
「そんな風に分解して考えることありませんでした。ただなんとなく仕事を見つけようとしていました」
自分の曖昧な基準で転職を進めていたらと思うとゾッとした。
「複雑な事柄や問題は分解をしてひとつづつ考えていくのがコツになります」
天神さんはずっと冷静だ。この人が感情を表すことなどあるのだろうか。
「転職で大切にしなければならないことは良くわかりました。だけど」
「だけど?」
「自分が何が好きかわかりません。それに自分に強みがあるとは思えません。クビにされるようなダメ人間です」
僕は頭を抱えた。
「自己分析をすれば興味・関心や強みは見つかります」
天神さんは表情1つ変えずに言った。
「ぜひ教えてください!」
「30万になります」
「えっ?」
僕は天神さんが何を言っているか一瞬理解できなかった。
「私はフリーの転職コンサルタントになります。通常キャリアコンサルタントは転職会社に所属して紹介先企業から採用フィーを貰うビジネスモデルとなります」
天神さんは流れるように説明をしていく。
「しかし紹介先の企業からお金を貰うと応募者の利益を最優先で考えられない事象が起きることや紹介する企業に限りが出てきます」
転職市場におけるお金の流れなど知ることは無かったので天神さんの説明は新鮮だった。
「私は求職者の方が天職を見つけることを最重要視しているので会社側からはお金を貰わずに求職者からお金を頂いています」
天神さんはコップの水を一口飲んだ。
「具体的な契約内容はこちらに記載しています」
天神さんは鞄からファイルに入った紙を取り出し僕に手渡した。
紙には1か月に2回のセッションとテキストコミュニケーションの方法等の契約内容と30万円の記載があった。
「3ヶ月以内に天職は見つかります」
天神さんは表情を変えなかったが熱のこもった言葉だった。

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