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自転車旅のチャレンジきっかけ編



2013年、初めての海外、初めてのチャレンジでオーストラリアへ。
そのきっかけになった龍飛崎チャレンジ。
ちょっと順を追って記事を書いていこうと思います。


・ランニングからロードバイクにハマる
・自転車雑誌の編集者にジョブチェンジ
・夏に龍飛崎まで走り、龍飛崎を聞き、チャレンジに目覚める
・退職してオーストラリアを目指す
・ハートチャレンジ編
・オーストラリア横断&往復チャレンジ編

もともと陸上競技で長距離をしていて、ゲーム会社のコナミに勤めていた時にも趣味でランニングをしていたんですがどうにも膝の調子が悪く…
徐々にランニングをしなくなっていったんですが、今度は座り仕事で腰痛。
そんな時に自転車を進められ、一気にハマりました。

最初は10万円の自転車なんて狂ってるわ…なんて思っていたのに、コンポーネントを交換したり、ホイールに手を伸ばし…
平地用にディープリム、上り用に軽いリムのホイール、練習用に重たい手組みのを…なんて。
最初に買ったアレーは盗まれてしまい、そこからスペシャライズドのターマックになってからは更に走るのが楽しくなりました。
仲間と一緒に川崎から富士山のあざみラインを走り、また川崎まで帰ってくると獲得標高が4000mを超えるんですが、そんな地獄みたいなルートを楽しんだり、同じく川崎から諏訪湖を往復したり、草津温泉まで走りにいったりとロングライドを企画して楽しんでいました。
レースはヒルクライムもチーム戦の耐久レースも出場していて、自分はヒルクライムはダメでしたが耐久の方は強い仲間の力も借りて表彰台にもちょこちょこ乗れるようになってましたね。
その仲間はツールドおきなわでも表彰台に乗るようになっていて…すごい。

そんな感じでどっぷりとロードバイクにハマって、職業も自転車出版社の記事広告担当へジョブチェンジ。
記事広告は名前の通り、メーカーさんからお金をもらって広告の記事を作ることですね。
タイヤだったらレビューだったり、地方の観光課案件なら自転車でその地域を観光をしながら魅力を伝える…みたいな。
そんな仕事をしている時、ももいろクローバーZのファン、中でも高城れにさんの推しだった私は彼女のソロ曲「津軽半島龍飛崎」からインスピレーションを受けてしまったのが始まりでした。
この曲は青森県の先っぽ、龍飛崎を歌った曲なんですが何を思ったのか「龍飛崎で龍飛崎を聞きたい」と閃き、自身で初めての自転車旅を計画するのでした。

龍飛崎の様子はこちら
https://note.com/inari_samurai/n/n2a2fa044ea01


スタート地点はなんとなく日本橋にし、そこから青森の龍飛崎までは約900km。
夏休みを利用していくので制限時間は5〜6日だったと思います。
当時は割と走り込んでいて、走行距離は月に1000kmいったりいかなかったり程度でした。
まずは真夏にちゃんと長距離が走れるかのテスト走行や、どんな機材が必要になって、ルートはどうするかなどなどの準備。
大きなサドルバッグやフロントバッグ、今では選ばないですが大きめのリュックも使っていました。
長距離を走るなら大きいリュックは首と腰が痛くなるので絶対選ばない方がいいですね。
ルートはなるべくシンプルにする為、国道4号線で岩手県まで入って、そこから282号線を使って十和田湖を抜け、十三湖を通って龍飛崎へいくルートにしました。
あんまり曲がり道とか多いと覚えるのが大変だしロスした時に時間がかかりますからね。
多少遠回りでもシンプルなルートで平均速度を上げていく方が好きです。
ガーミンやグーグルマップのナビを使う手段もあったんですが、2012年当時は今ほど良いナビでなかったことと、「旅感」を出すには地図がいいし、道を覚えたりもできるので、地図を出力してフロントバッグに挟みました。

さて、その龍飛崎チャレンジですが、出版社の仲間と一緒に「つくば10時間耐久レース」に出ることも決まっており、旅のついでに出場することになっていました。
初日は日本橋から都内に住む姉の家まで行き、次の日は夜中に筑波サーキットを目指し、無事に到着。
そこからレースに参戦。150kmほど走り、カテゴリーで2位でした。
「レースお疲れ様でした!じゃ〜青森まで走ってきます!」
とみたいなことを言ってから宿を探しながら33kmほど走り、小山のビジネスホテルに泊まりました。
そこから日々200km前後走って龍飛崎へ到着したんですが、その時、ものすごく気持ちのいい達成感を味わいまして。
振り返りと山々があるんですが、それを全て越えて走ってきたと実感した時に目覚めちゃったんでしょうね。

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龍飛崎から帰ってきたあと、取材でSHIMANO鈴鹿フェスティバル的なやつに出て、エリートロードレースに出てスプリントで負けたしたものの10位か9位で入賞。
嬉しかったんですが頭ではもう別のことを考えており…
龍飛崎のチャレンジが終わってから二週間後には会社を辞めて何かチャレンジをすると早々に上司に報告。

最初の予定ではアフリカ大陸の縦断でした。
なんとなくサハラ砂漠を越えてみたいな〜なんて思って調べていたんですが、油田で邦人の事件が起きた関係で渡航禁止になっていたり、ビザの更新がめっちゃ面倒くさそうで。
それに誰かがやっている同じことをやってもな〜なんてモヤモヤしており、一生に一度は世界一を…ギネスを取ってみたいな。
っと言うことで、世界一大きなハートを自転車で描こうと思いつく。
ガーミンの走行ログで大きなハートの軌跡を作ろうと。
(ちょっと今はこの辺りは細かく前後を覚えてないのでざっくり)

そこからはグーグルマップで道探し。
世界中のいい感じの道はないかと探し回った結果、オーストラリアに決定。
メルボルンをスタートし、ベンディゴ、ミルデューラ、ブロークンヒルからウィルカニア、アイヴァンホー、コーバーにダボー、ウォガウォガにアルベリーを通過して再びメルボルンに戻る3000kmのハート。
ギネス申請をするにはいくつか決まりがあり、ざっくり言うと「今後更新できる記録かどうか」です。
このチャレンジはもちろんOKで、「ギネス申請の前の申請」は一年くらいかかり、ギネス申請できることになっていますが、面倒が面倒を読んでいまだに申請できていません…やればギネス通ると思うんですが。

オーストラリア、一度入ってしまえば国境はないので国境越えの時に裏金を渡したりする心配もなく、ヨーロッパと違って言語も英語のみ。
いいことづくめですが……

私は一度も海外に行ったこともなければ、英語なんで中一レベル。
テントを建てたこともない。
それでもチャレンジしたいぜ!ってことで頭のスイッチが入ってしまっているので突き進む。

その会社はこういうチャレンジは一応理解があり、上司からは退職ではなく一ヶ月で終わらないか?と言われたんですが、一ヶ月で走りきる自信も何もなかったので退職を選択。
それならボーナスをもらってから辞めたらいいとと優しく提案されたので、ありがたくその通りにしようとしたんですが…
難癖をつけられてボーナス支給が決定する一週間前に退職することに…理由は入稿がいつもギリギリだからだそうで。HAHAHA!

かなり色々はしょりながら書いているんですが、オーストラリア大陸横断&往復の前段階が一番長そうですね。
旅の模様よりは、きっかけや準備ごとの段階の方が長いので仕方ないか。
龍飛崎、ハートチャレンジと合わせてじわじわと更新していきます。

#au_samurai



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