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趣味は「映画と読書と音楽」と言っても良いですか? vol.263 読書 伊藤計劃「ハーモニー 」

こんにちは、カメラマンの稲垣です。

今日は読書 伊藤計劃さんの「ハーモニー 」についてです。


あの「虐殺器官」の伊藤計劃さんのSF小説。

もう作者の伊藤さんは34歳の若さで亡くなっている。

作品数が少なく限られているので読んでしまうのは惜しいような気がして長らく積読していた。

読み始めると2010年の作品だが全く古びていなく、最高レベルのSF小説はいまだに未来を指し示している。

コロナの蔓延はこの小説の世界が戦争と未知のウィルスで「大災禍」によって政府が崩壊するところを予言しているようだ。

進みすぎた医療、優しく平和で、誰もの健康が管理され、白く清潔な狂気に満ちたユートピアに見えるデストピア。

そこで三人の少女が一緒に自殺を試みる。

なんだかセカイ系の匂いがするが、そこはそれだからこの清潔なデストピアにとても似合う。

そう、男が戦う「虐殺器官」(黒い表紙)と相反する少女たちが行動する「ハーモニー」(白い表紙)だからこそ良いのでは。

自分の持っている文庫本は白色でした。ハードカバーや違うデザインのものもあり。

ガンに侵されながら、この医療が発達しずぎて”死ねない”世界を書いた伊藤計劃さんの執念を感じました。



物語は、全世界で戦争と未知のウィルスの蔓延「大災禍」により、政府は崩壊し、

新たな統治機構によって新たな高度な医療社会が誕生した。

その社会では健康と幸福が義務で、体の中に体内を管理するソフトが埋め込まれ、

何か異常があるとすぐ治療される。

暴力や貧困もなくなり、害悪なお酒やタバコはもちろん無くなり、ジャングルジムさえも子供が落ちそうになったら変化して子供を守るようになっている。

死ねない社会。

完全に清潔で、健康で、幸福な、狂気に満ちた世界。

女子高生の三人、主人公トァンと健康社会を憎悪するミァハと友人のキアンは、この管理された社会に反抗するために一緒に自殺を図るが、キアンの密告で失敗し、ミァハだけが死んでしまう。

年月がたち、トァンはWHOの上級監察官になり、健康社会の監視が行き届いていない辺境や紛争地帯で活動していた。

彼女は現地で禁止されていた飲酒と喫煙をしてしまい、日本へ強制送還されてしまう。

日本に戻ったトァンはキアンと再会し一緒に食事を取るが、目の前で料理のナイフで首を切って自殺をしてしまう。

その時に「ごめんね、ミァハ」と昔死んだ友の名前を残す。

同時に世界中で何千人もの人が自殺をしていた。

トァンは捜査に当たり、昔死んだミァハが関係していると睨み、彼女の死体を引き取った人間に会いに行く。

そこでトァンの父親が人間の意志を操作している研究をしていると聞かされ、父親の研究仲間がいるバクダットへ行く。

自殺直前のキアンはミァハと通話していたことを知り驚く。ミァハは死んでいなかった。

バグダットへ行く途中にインターポールから人間の意志を操る研究をしている組織が健康社会の組織の上位に存在していて、先日の世界同時自殺に関与していることを聞く。

空港のテレビで、世界同時自殺に実行した犯人から犯行声明が放送され、「1週間以内に誰か一人殺さなければ、世界中の人間を自殺させる」と宣言した。

主人公は昔一緒に自殺未遂をした破壊願望のある友人ミァハと同じ思想だと気が付く。

バグダットで意志をコントロールする研究をしている父親に会う。

父親はまた「大災禍」が起こらないようにするために人間の意志を制御する「ハーモニー・プログラム」を研究していて、その実験体としてミァハを選んだと。

「ハーモニー・プログラム」には意識が消滅してしまう副作用があり、

先日の同時自殺は「ハーモニー・プログラム」を実行賛成派のミァハが起こしたものだと。

そこへミァハの仲間が襲ってきて、父親は娘のトァンを庇って死んでしまう。

そのミァハの仲間からチェチェンでミァハが待っている聞く。

犯行声明の期限の日、ミァハと再会したトァン。

最後はどうなってしまうのか・・・・・。二人の運命は、世界の運命は。





少女が主人公のセカイ系と思いきや、1984年並みの管理社会を描き、

壮大な物語の中で、世界同時自殺や人類の意志を制御するプログラムや

そして最後は少女二人に世界の運命はゆだねられる。

さすが伊藤計劃さん、もう物語の構成が素晴らしい。

所々に入れ込まれるプログラミング言語も、最初わからなかったが、なるほど「ハーモニー・プログラム」のことなのかと膝をうつ。

そしてテーマでもある管理社会の世界。

病気や怪我のない一見クリーンで優しい世界、

一人一人の人間の命を大切にされるが、ある意味大事な資源として管理される。

自分の体や命も、この管理社会のもの。

自殺することも許されない。

極端なことを提示するのがSFですが、なんだか暗い汚いデストピアではなく
優しい綺麗なデストピアの方が怖いですね。

主人公が紛争地帯で飲酒や喫煙するのが至上の喜びなのはなんだかわかりますw



ラストはなかなかの衝撃で。

わわわ、すごいすごい!と連発してしまった。

ガンに侵されながら伊藤計劃さんはこれを書き上げどう思ったのでしょう。

いつまでも読者の心に残ります。

今日はここまで。






人間にとって存在してもよい自然とみなされる領域は、人類の歴史が長引けば長引くほど減ってゆく。ならば、魂を、人間の意識を、いじってはならない不可侵の領域とみなす根拠はどこにあるのだろう。
かつて人類には、怒りが必要だった。
かつて人類には、喜びが必要だった。
かつて人類には、哀しみが必要だった。
かつて人類には、楽しみが必要だった。
かつて、かつて、かつて。
それは過ぎ去った環境と時代に向けられる弔いの言葉。
かつて人類には、わたしがわたしであるという思い込みが必要だった。
/P.326 「ハーモニー」より



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