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聞き書き001|飯室織絵さん|働くって何だろう

飯室織絵(三十八歳)
ゲストハウス『1166バックパッカーズ』宿主
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「働く」ってことは自分としてもずっとテーマで考えてきたんですよ。

働くって何なんでしょうね。
収入を得ることが「働く」であれば、今の自分は宿業で収入を得ているのでそれが答えになるはずなんですけど。
うーん。
働くって何なんですか、稲田さん。

1166バックパッカーズでは職業訓練のための高校生受け入れもやりましたし、就活中の学生、ビジネスマンも泊まりにきてくれるのですが、そんな人たちと「仕事」について話している中での発見もあります。

例えば高校生が「(就職先に)大切なのは福利厚生」とか言ったりしてて。そういう言葉を使うと大人が安心するから、そう言っているのかもしれませんよね。

就活生の話を聞いてると、日本の就活のシステムは大変そうだなあと思ったりします(海外のシステムを知っているわけではないんですが)。
エントリーシートとか、SPIとか、そういうのを聞いていると、実際に働き出すまでにどんどん熱量を奪われていく感じがします。

あと、学校と自宅の往復生活では、関わる大人も限られてきます。
自分のやりたいことを実現できる職業があるのかもしれないのに、その職業を知らないがゆえに先へ進めないでいるかもしれない。
もしくは職業として存在していないけれどもそれで食べてゆければ仕事と呼べる、そういう考えがそもそもないかもしれない。

そう考えたとき、ゲストハウスはいい存在なんじゃないかと思います。
いろいろな職業の人がくるし、中には働いてなくて数年旅をしているけれどちゃんと生きてる人もいる。いろんな人に会えます。

スタッフ採用に関しては、妊娠前は自分がほぼ毎日宿にいたので「この人と働きたい」と思った人を一本釣りしていましたが、妊娠・出産後はスタッフに任せる時間も増えてきたのでなかなかそうもいかなくなって、サイトで公募を始めたりしました。
連絡をいただいた方とは、実際にお会いするまでにメールで何度かやりとりをします。

今スタッフが三人いるのですが、一週間を三人で回すので、それぞれが週二、三日程度の勤務になります。
それでは金銭的にも不十分だと思いますし、時間を持て余すことにもなるので、メールでやりとりしている中ではそういう勤務形態を楽しむことができる人だろうか、みたいな質問もしますね。

で、
「私がこの人と働きたいと思うか」
「その人がどうしてもここで働きたいって思っているか」
「この人が入ることで宿の世界観が広がるんじゃないか」
そのどれかが一つでもあれば、お会いしようと思っています。

スタッフの一人は広島の二十代女性です。二年目ですね。そうそう。さっき出かけていった人です。ナノグラフィカの喫茶で掛け持ちバイトをし、自分の興味のある図書館や神社に出かけたりしているようです。

二人目は十代の男の子で。草津の人です。社会経験の少なさで悩んだんですが、メールでやりとりしていたら「親が書いているんじゃないか」と思うくらいしっかりしていて。
実際お会いしたときの印象として、落ち着きもあって、物腰も柔らかく、(あまり重要視はしていないのですが)英語も話せて。ここで働きたいっという意志も感じました。
いろいろ悩みましたが、「彼と一緒に働くのも面白いかもな」という自分の勘を信じることにしました(笑)。今はロジェ食堂でも働いています。

三人目が今月から新しく加わる滋賀県出身の三十代の女性です。
もともとパン屋で働いていたけれど、山にはまって、アウトドアショップに転職して。でもやっぱりパンもやりたい、山もやりたい。その二つを叶える場所として長野に移住を考えているときに1166バックパッカーズでスタッフを募集しているぞって教えてくれる人がいてつながりました。ゆくゆくは自分でパン屋をやりたいんじゃないかな。

私は「泊まる人」「地元の人」「働く人」の三方良しが大切だと思っていて。

だから、スタッフが気持ちよく生活できているか、仕事だけじゃなく、暮らしとして不自由ないかというのは気になっています。スタッフがモチベーションを上げるためにいろいろやらなきゃなと。
宿を休館にして、スタッフ皆で他のゲストハウスに泊まったりする研修旅行もその一つですね。
皆で同じ物を見て「これいいね」だとか「これ、うちでもやりたいね」なんて気持ちを共有したり、体験したり、それぞれがどんなことを好きかを改めて知ったり。

就活生は働き始めたときに当初のモチベーションやテンションがどこまで継続しているんだろうとは思います。
採用されたからゴールじゃなくて、そこからスタートするんだよというのを周りはどうやってやるんだろう。
どうやってやっているんですか。

話はかわりますが、ゲストハウスはどうしたら成立するかというと、宿泊機能があるだけじゃだめなんです。
ゲストはただガイドブックをなぞるように旅するのではなく、いかに地域に片足を突っ込めるか、みたいなところを重要視しています。だから、まわりにガイドブックに載っていないような美味しいお店や観光地、そして面白い人が必要。
だから、私やスタッフが近隣の店でご飯食べるのも、町の清掃に参加するのも、人と会うのも広義での仕事になるから、だんだん働くことと暮らしていることの境目がなくなってくるんです。

そこまでわかってはいるものの、今は育児との両立などであまり宿に入れないんで、やりたいことができないのがストレスだったりします。
新しく備品を入れたくても、ラウンジを走り回ってる子どもの手が届くから危ないなとか、夜にイベントをしたいと思っても子どもの寝かしつけの時間だったり。なかなか動けなかったりします。
子どもが生まれる前は寝てるとき以外は宿の働くことを考えられたのに、今は十分の一くらいです。

子どもがかわいくって、一緒にいる時間が幸せなのは、疑いようもない事実で。
それは当たり前のことなんですが、仕事したいな、働きたいなと思うことが、もう言葉もわかりだした子どもに「子どもがいなければいいのに」なんて伝わっていたらどうしようとか思ったりします。
仕事をしながら子育てをしている多くの母たちが同じ気持ちを通過しているんでしょうね。

何というか、それぞれにとって「しっくりくる働き方」が存在するんじゃないだろうかとずっとどこかで思っているんですよね。

そういえば、この宿を始めたのが2010年だったんですけど、そのときに働き方研究家の西村佳哲さんがファシリテーターの『自分の仕事を考える3日間』というイベントが大阪であって。
いろんな働き手の人の話を聞いて、参加者同士でも語り合ったりする内容で面白かったです。登壇者の話を聞いて「すごいなー」って終わらせるだけじゃなくて、隣の人と感想を交わしたり、自分で考えてみたり。

その西村佳哲さんが言っていて面白いなあと思ったのが、「お客さんでいられない」という視点です。
(私の解釈ですが)例えば喫茶店にいって、美味しい珈琲を飲んだと。
そこで「わー美味しい!」で終わると、”お客さん”。
「悔しい!自分だってもっと美味しくできる!」みたいに、小さな炎が灯るような感覚になるとそれが、”仕事”になるかもしれない。

そういうことなんですけど、わかります?

いいですよ、借りていってもらって。
今のわたしとしておすすめは『ひとの居場所をつくる』です。

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1166バックパッカーズ
築八十余年の建物をリノベーションした長野市善光寺門前にあるゲストハウス。バックパッカーだけでなく、地元からも親しまれ、さまざまな人に愛着を持たれている宿。

飯室織絵
1980年兵庫県出身。カナダ、オーストラリア、日本国内で働きながら10年間で20回の引っ越しを経験。就職で長野県に縁があり、2010年に長野市善光寺門前に素泊まり相部屋の宿泊施設・1166バックパッカーズを開業。ガイドブックに載っている情報だけでは満足できない観光客と地元民を緩やかにつなぐパイプ役を目指す。2012年に結婚、2016年に長女を出産。家事と育児と仕事のバランスを模索中。

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