マガジンのカバー画像

本や映画や音楽について

222
本や映画や音楽についてのあれこれ
運営しているクリエイター

#映画感想文

誰も正しくないし誰も悪ではない。高密度な映画『ありふれた教室』

気になっていた映画『ありふれた教室』が良かったです。 99分とコンパクトなのに密度はぎっしり。誰も正しくないし、誰も悪ではない。それぞれの立場でそれぞれに傷つき、それぞれに動いてそれぞれに悪化する。シンプルな内容とはいえ状況の刻一刻とした変化(悪化)をグラデーション的に見せるのは難しいはずだけど、ダレることなく緊迫感を維持したまま撮りきる手腕がすごい。ラストの対比も鮮やか。 世界的な傾向だと思うのですが、この映画にも明確な悪や敵は登場しません。事件の犯人すら明示されていな

濱口監督は本当に悪い人だよなあ…と実感できる映画『悪は存在しない』

いやまあ、濱口竜介監督作品を観るのだから居心地の悪さを感じるに決まっていて。嫌だなあ…と覚悟して足を運んだのですが(褒めてます)そんな気持ちで太刀打ちできる訳もなく。いやはや凄い映画でした。最期のあの場所、あの空間をぼくはずっと忘れないと思う。放り出された。 『悪は存在しない』は解説も解釈も読みたくないなと思う映画でした。ぼくはもう受け取ったんだから。宙ぶらりんなままあの場所のことを考えていくんだと思います。たまたま読んだこの随筆でふとあの場所を思い浮かべたり。 映画好き

ぼくやあなたの映画。『夜明けのすべて』

いい映画でした。というか、とてもいい映画でした。タイトルやポスターの印象でよくある邦画恋愛物かと思っている方こそ観た方がいいと思います。全然ちがうので。恋愛の要素を丁寧に省いた姿勢に作り手の矜持を感じます。こういう映画が作られること自体が素晴らしい。 『夜明けのすべて』はとても良い映画です。それは間違いない。では、どう良い映画なのか?となるとぼくはまだ語るべき言葉を持ちません。ひとつだけ確かなのはここには何か新しいチャレンジや取り組みがあり、それを見事に達成しているという手

2023年に観た映画

2023年に観た映画リストです。 ◎は心を揺さぶった作品 ⦿は面白かった作品 リンクが貼ってある作品は感想noteを書いたものです。よかったらご覧ください。 『PERFECT DAYS』⦿ 『TALK TO ME』⦿ 『窓ぎわのトットちゃん』◎ 『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』 『ゴジラ -1.0』 『オープニングナイト』 『アメリカの影』 『さよならほやマン』◎ 『君たちはどう生きるか』⦿ 『オオカミの家』⦿ 『王立宇宙軍オネアミスの翼』 『ウィシェフ

泣くしかないから笑うしかないじゃないか。映画『PERFECT DAYS』

泣くしかないから笑うしかないじゃないか。そんな映画でした。ぼくは好きです。小津安二郎の雰囲気を感じさせつつも、ジム・ジャームッシュの『パターソン』にも通じる感じ。ラストの役所広司はさすがの圧巻。グッときました。 Webサイトも良くて。キャストページに掲載される登場人物の説明を読むとちょっとしみじみするので映画を観てからがお薦めです。美術館の作品の脇によくある解説のような役割。写真屋の店主が翻訳家の柴田元幸さんみたいだな…と思っていたらまさかの本人だった。

引きずり込まれました。映画『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』

いやいや、ちょっとこれはとんでもない。引きずり込まれました。「これぞ映画!」の王道感にあふれているのに「新しい才能に直面している!」という観客としての高揚感もあって。最高でした。主役のソフィー・ワイルドもめちゃくちゃ魅力的で。だからこそ切ない。 監督のダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ兄弟は映画制作の第一歩としてYouTubeで名を成した方らしいのですが、まさしく新しい才能の登場だと思います。お近くの映画館でやっていたらぜひ。お薦めです。 主人公の軽率さが気にな

とても素晴らしかった映画。『窓ぎわのトットちゃん』

世間の評判がよく、「この人の目利きは参考になる」といつもTwitterを楽しみにしている方々の評判も高いのに自分は全然ダメでしょぼんとして帰るという映画が続きました。『ゴジラ-1.0』『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』ぼくは両方ダメでした。 がっかりしながら観終わってTwitterで感想を漁るも絶賛ばかりでさらにしょんぼりするという負のループ。みんなが「いい!」と評しているところが自分にとっては「あまり好きじゃない」ということばかりで。信頼している方の絶賛コメントを読んでも全然共感

誰もが好きになる映画じゃないかもだけど、ぼくは大好きだし、ぼくが好きな人に観てほしい映画だったし、こういう映画が好きという人が好き。#さよならほやマン

誰もが好きになる映画じゃないかもだけど、ぼくは大好きだし、ぼくが好きな人に観てほしい映画だったし、こういう映画が好きという人が好きです。相生座ロキシーで上映中なので長野市近郊の方はぜひ。 キャスティングが奇跡のように機能している映画でした。アフロ(MOROHA)、呉城久美、黒崎煌代、松金よね子の存在感が素晴らしかった。特に呉城久美さんが凄かった。同じ台詞を他の俳優に言われてもこんなに揺さぶられないと思う。後半ボロボロ泣いてしまった。弟役の黒崎煌代さんも本当に素晴らしかった。

見逃すべきではない傑作『怪物』

『怪物』監督 是枝裕和/脚本 坂元裕二 本当に素晴らしい映画でした。重いテーマを扱っているので最初の一章は帰りたくて仕方がないんですが、二章、三章と進むに連れてそんな自分を恥じるような優れた映画でした。 三部構成で視点が変わることについて「技巧が鼻につく」といった感想や、いじめやハラスメント、LGBTについて「物語のために利用している」といった批判をたまに目にしますがぼくは全くそう思いませんでした。 この映画は基本的に観客巻き込み型だと思います。「安全な場所でエンタメを

Controllable / Uncontrollable を描く映画『TAR/ター』

自分が何を観たのか未だに分からない。とにかく" 語られない映画 "ではある。 スクリーンに写っている物語の裏側で語られない物語が蠢いている。多くの登場人物が目で何かを語り、その物語は語られない。不穏さと不可解さ。不可視な領域。 主人公が陥る状況は自業自得ではあるがそこには他者というブラックボックスが介在する。そこから出力された解もまた自身の一部であって。つまりは不可知。Controllable / Uncontrollable をテーマとする映画ではあるが、制御を司る主人

傑作でした。映画『対峙』

映画『対峙』傑作でした。「辛すぎる…」と20回は思ったし、終始丸まって観ていましたが。それでも。 脚本も役者も撮影も全ての焦点が一つに絞られている。そして、それは明らかに成功している。映画のラスト、「明日のための練習なんです」と何でもないセリフが胸に響きます。 とても一言で語れるものではありませんが、たまたま見たニューロンの動画に共通性を強く感じました。お互いを感知し繋がろうとする神経細胞。ぼくたちは細胞単位で他者と関わりたいと思っている。意味や正しさを乗り越える欲求であ

10年後に目から鱗が落ちた高畑勲の傑作『となりの山田くん』

『思い出のマーニー』を劇場で観たときにぼくは全然面白くなかった。でもその数年後、仕事でとても信頼していた同僚女性から「ジブリで一番好きなのは思い出のマーニー」と言われて。もしかしたらぼくの理解力不足で、人間的に成長した際に再鑑賞したら分かるのかも…と思いました。まだ観ていません。 だから、映画でも本でも漫画でも人の感想を聞くのって大切なんですよね。ただ、ぼくは心がとても狭いので、信頼している人の感想しか響かないという弱点があるのですが。 高畑勲の『となりの山田くん』も劇場

『フラッシュダンス』と『サタデー・ナイト・フィーバー』

『フラッシュダンス』『サタデー・ナイト・フィーバー』を映画館で観る。共に未観だったのでこういう企画はありがたいです。 1983年公開『フラッシュダンス』 1977年公開『サタデー・ナイト・フィーバー』 古い映画を観て、古さが障壁になることはほぼないのだけど、『フラッシュダンス』はくっきりと古かった。80年代臭がすごい。MTV的スタイルと言われるけれど、ぼくはカラオケ映像を連想しました。つまりはフラッシュダンス的亜種としてカラオケ映像も80年代の系譜なのかもしれない。 『

果たして達成しているのだろうか。映画『DAU.ナターシャ』

プロジェクトの概要 本プロジェクトは、2007年4月に撮影が始まり、当初は長編映画として計画されていたが、開始してすぐにロシア出身のイリヤ・フルジャノフスキー監督により映画、科学、パフォーマンス、精神性、社会性、芸術性、実験、文学、建築を組み合わせたユニークで壮大で学際的で絶え間なく変化するプロジェクトに変わった。 2009年9月、ウクライナ・ハリコフの廃墟となったプールの敷地内に「物理技術研究所」が建設された。実在したソヴィエトの研究機関にインスパイアされた、この広大な機