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カミール⑨さよならのはじまり

ムハンマドをみんなで無視するという何とも後味の悪い光景を目の当たりにして、私はモヤモヤしていた。どう考えてもこのタイミングで無視など私が絡んでいるに違いない。私はカミールがこんな幼稚なことをするということに結構ショックを受けた。まあ、今考えてみると彼らは当時10代後半から20代前半の若者だ。つい最近まで高校に行っていたのだから学生気分が抜けないのも仕方のないことかもしれない。だからっていじめはいくつであろうが許されないけど。

しかしムハンマドは強かった。私とメールしていることがカミールにばれたため開き直ったのか、今まで以上に私にメールを送ってくる。ある意味このたくましい根性がうらやましい。私は、私のせいでムハンマドがみんなから無視されていると思うと申し訳ない気持ちになってしまい、メールを無視することはできなかったためこまめにメールを返していた。

そして、色々あって(ここら辺は長くなるからムハンマドの回で記事にする)、私とムハンマドが2人で歩いているところを通りすがりのリビア人(誰かは不明)に見られ、カミールにそれが伝わった。

そしてその翌日、私たちが会話をした最後の日になった。

その日、私は珍しく遅刻をした。マレーシアのバスは時刻表がないから、いつもいつ来るか賭けみたいな部分があるが、その日は賭けに負けた。待てども待てどもバスが来ないのである。

50分ほどしてやっとバスが来たが、もちろんその日は遅刻だ。ダッシュで教室に滑り込んだ。

その瞬間、空気がいつもとちがうことが分かった。カミールが、ものすごい目で私を見ている。クラスメイトはなんともいえない顔をしていて、いつも中立的な目で見てくれていたいい奴代表・アフメッドは「やっちまったな…」という顔である。

先生も、このクラスの空気の原因がわからずやりづらそうに授業をしている。

さすがににぶい私でもわかる。これは昨日、ムハンマドと歩いていたところを誰かに見られていて、それでカミールの怒りを買っているのだろう。誰が見たか知らないけど、わざわざそれをカミールにチクるなんて…。暇人め。

というか私が誰と歩こうと勝手であるし、カミールに伝わったところでなぜこんな目で見られるかわからない。とりあえず一番離れた席に座る。

いつも和気あいあいの授業が、いまいち盛り上がらず進んでいく。いつもより時間が進むのが遅く感じる時計を見ながら、授業が終わるのを待った。

そして授業が終わった。その瞬間、カミールがこちらに近づいてくるのが見えた。私は視界の端にそれをとらえていたが、気づかないふりをしてコンビニにダッシュした。何がそんなに気に入らないか知らないが、私は彼の怒りを受け止める気力はない。コンビニ前にいて、授業が始まる寸前に教室に戻った。

するとカミールが教室内で、アフメッドと大声で話していた。アラビア語だから何を言っているかはさっぱりわからなかったが、おそらく私のことだとは察しがついた。

案の定、アフメッドが私のところに来た。

「ねえ、カミールが昨日の君の行動について説明して欲しいと言ってるよ。」

なんだそれ。カミール、お前は通訳が必要な会社の重役か?そう思ったけれど口には出さなかった。

「昨日って、もしかしてムハンマドのこと?なんでカミールは知ってるの?そしてなんで私がそのことを説明しないといけないの?」

内心腹が立っていたが、何に怒っているのかわからないというキョトン顔で返事した。一応大人の対応をしたつもりだ。それを見たカミールはまたいっそうイライラしたようだ。アフメッドは「もう知らない」と言うジェスチャーと共に席に戻っていった。

そんなこんなでやけに長く感じる授業がやっと終わり、帰る時間となった。

やっと授業が終わった!と急いで教室を出ると、下のクラスはすでに終わっていたようで、人でわらわらしていた。

そして、ものすごくタイミング悪く(ある意味良く?)ムハンマドが私に近づいてきた。昨日彼との話の中で、今度写真を見せてもらう約束をしていたのだ。もちろんその約束は覚えていたけれど、こんな早く見せてくれとは誰も言っていない。焦りで服の中が汗でしっとりしてきた。またカミールにこんなところ見られたら、ややこしくなるに違いない。

一応、ムハンマドに向けて困った感じの表情をしてみたけれど、ムハンマドは全く気にしていない。彼はお坊ちゃま育ちだからか、すこしのんびりした部分がある。私はハラハラしながら彼の写真についての説明を聞いていた。

そして…やっぱりというかなんというか、きっちりカミールがそれを見ていた。教室の出口から、ズンズンこちらに向かってきている。漫画で表すと背景に炎を背負っている感じだ。目は張り裂けんばかりに見開かれている。私はもうあきらめて、カミールと話をしないといけないなと悟った。

私達のそばに来たカミールは、まず顔を真っ赤にしてムハンマドに顔を近づけ、指をさしアラビア語で何か叫んだ。怒りで顔を真っ赤にしている人はなかなか見られないな…などと余計なことを考えてしまう。ムハンマドはそれを受け「わかったよ…」的な態度をとりシュンとしてしまった。

そして次に私だ。カミールは私のたくましい二の腕をつかみ、教室の裏まで連れて行った。カミールに連行されてる途中、ああ、もうカミールとは友達でいられないかもな…と感じた。

次回、カミール最終回!



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