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要注目な北朝鮮の新型ロケット:千里馬1型

イチ民間人としてロケット開発している立場からの純粋に技術的な感想文

北朝鮮のレベルと脅威

日本人は過去の印象でバカにしがちだが、北朝鮮のロケット関連技術力は高い。特に、2023年5月に打上げが実施され軌道投入失敗に終わった千里馬1型などは結果こそ出なかったが、レベルは高いと感じた。
北朝鮮は今後も、軍事や国威発揚のためにロケットの打上を続けるだろう。
しかし、地理的側面や国際関係から、北朝鮮のロケットが産業・科学用途で使われることは無いだろう。
ここで、脅威的な点は、2つ。

  • 継続的かつ同時に多機種多目的なロケット技術を自国内で開発し、打上げる能力を持っている

  • 軍事衛星を持つことができる

2023年5月31日に北朝鮮が打上げして軌道投入に失敗した千里馬1型(Chollima-1)Image: KCNA

そもそもロケットとは

ロケットという単語はややこしい。ロケット推進という単語は、自分で持ってる推進剤を用いてなんらか噴出しながら作用反作用の法則で飛ぶもの。
本来、ロケットという単語だけでは、その目的が軍事・科学・産業・趣味なのかは定義されない。また、どこまで飛ぶかも定義されない。

遊びで飛ばすペットボトル使った水ロケットも、TENGAロケットも、GPSなど役に立つ人工衛星打上げロケットも、人類のフロンティア開拓のための有人ロケットも、爆弾を搭載した弾道ミサイルも、その全てが推進方法から定義される名称としては「ロケット」である。

別の単語として「ミサイル」も多少ややこしい。人や物を攻撃する目的で目的地点を狙うものを「ミサイル」。さらにミサイルは推進方式や狙い先の種類が複数あるので、区別のためにロケット推進のものを「弾道ミサイル」、ジェット推進のものを「巡航ミサイル」などなど区別がある。

日本にとって北朝鮮の軍事的脅威は、日本に落ちてくる可能性のある短〜中距離のミサイルと、アメリカに直接喧嘩売れるようになる長距離ミサイル。
加えて、軍事的な目的で宇宙が使えるようになる人工衛星打上げロケット。
「北朝鮮のミサイル」といっても種類が違えば脅威も違う。

北朝鮮の今回打ち上げた千里馬1型ロケットは地球の周りを回る人工衛星の打上げなので、北朝鮮の主張をそのまま受け取れば言葉の定義としては「ミサイル」ではない。
日本語では人工衛星打上げロケットであり、英語だとLaunch Vehicle、朝鮮語韓国語由来の言葉だと宇宙飛翔体である。

事実上の長距離弾道ミサイル

千里馬1型であっても、いまだに一部メディアからは「事実上の長距離弾道ミサイル」という単語が出てくる。
現時点で火星15号や火星17号(北朝鮮公式が味のある動画を公開している)のような長距離弾道ミサイル技術をすでに保有している北朝鮮にとって、千里馬1型のような人工衛星打ち上げロケットはミサイル技術開発が目的ではないはず。

北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル)の火星17号
この記事に書いている千里馬1型と同じエンジンを使っている可能性がある
Image: KCNA
火星17号は将軍様がドヤるぐらいにデカい Image: KCNA

近年北朝鮮はロフテッド軌道という半端なく高い高度に上がる方法で、再突入試験を含む長距離弾道ミサイルの開発する方法を見つけている。
わざわざ人工衛星打上げによって長距離弾道ミサイルの実験する必要性は無いだろう。

そもそも、技術的難易度として、長距離弾道ミサイルと人工衛星打上げロケットは基礎技術は近いが、種目が違うような難しさがある。
端的には、再突入という狙いを定めて空力加熱に耐える必要のある長距離弾道ミサイルと、より速度(増速量)がもとめられる人工衛星打上げロケットという違いがある。

千里馬1型の技術的特徴

北朝鮮の新型ロケットである千里馬1型は液体燃料の3段式ロケットで、ペイロードが300kg(軌道は不明)であること以外は確度のある情報は少なく、よくわからない。
真偽は不明ながら、韓国語Wikiepadiaによると、使用している1段目エンジンは白頭山エンジンというらしい。

北朝鮮北西部の西海衛星発射場で、新型ロケット「千里馬1型」Image: KCNA

白頭山エンジン

Wikipediaによると白頭山エンジンは旧ソ連のRD-250を参考にしたらしい。RD-250はNPO Energomash(現在はロシア企業)が設計し、Yuzhmash(現在はウクライナ企業)が製造する推力80トンの二段燃焼サイクルで、ノズルを2つ持つエンジン。推進剤はN2O4/UDMH(いわゆるヒドラジン系の常温推進剤)

白頭山ロケットは北朝鮮がウクライナやロシアから違法に技術を持ち出して作ったと韓国語版wikipediaにはある。リバースエンジニアリングのことを指すのか、闇取引なのかはよくわからない。

1960年代に開発されたソ連のRD-250 Wikipediaより

今回の千里馬-1は地球低軌道に300kgペイロードと、ロケット設計のセオリー的に普通に考えると一段目推力100トンから200トンほど必要なはず。RD-250が2基(ノズルは2x2で4つ)で160トンであるのでドンピシャのサイズ。

北朝鮮最新のICBM(長距離弾道ミサイル)である火星17号も白頭山エンジンを使用している。
つまり、ICBMと軌道投入用ロケットという目的の違うものを同じエンジンを使うことでシナジーを生み出している。
「事実上の長距離弾道ミサイル」の話に戻ると、従来の北朝鮮の銀河ロケットシリーズは長距離弾道ミサイル開発のための人工衛星打上げロケットであったが、今回の千里馬-1ロケットは時系列だけ見ると逆で「長距離弾道ミサイルのついでに開発した人工衛星打上げロケット」なっている。

RD-250については下記リンクが詳しく、ソ連のロケットエンジンについて全体的な話を知るにはYoutubeの動画が非常に詳しい。特に動画は必見。

千里馬-1のエンジン以外の技術

射場はミニマルで合理的。
銀河-2、3号のような尾翼が無く制御出来てる点は技術向上。
そのほかは公開情報が少なく、よくわからない。
海に落下した構造物見ても、特別すごい技術でもないし、材料や工作精度なども悪くもない。良くも悪くも想像の範囲内という感じ。

千里馬1型サイズのロケットは我々含めて世界中で産業目的で開発盛ん。
仮に、仮に西側で千里馬1型がベンチャー企業として登場したら北朝鮮の国家予算規模(3000〜4000億円)の時価総額が付く企業になる。
もちろん、現在の北朝鮮発のロケットは世界市場に出てこれないので、資本主義陣営的な価値は全く無い。

技術レベルの認識

「北朝鮮に技術を盗まれるな」といった議論もまだ当然必要ではあるが、現時点の北朝鮮はもっと次のステージに行っていると認識する必要がある。
たまにうちにくる公安の方も北朝鮮をバカにした前提でうちに質問来たりくるが、まず認識改めて欲しいと釘を差してから会話している。

今回の打上げ失敗

全く新しいロケットは難しい。
重要なことは、失敗を活かして早く開発サイクルを回すこと。次の打ち上げを急ぐ北朝鮮は真っ当な開発をしている。
従来開発して成功した銀河3号などもあっさり捨てて実用レベルに近く国内技術シナジーのある千里馬1型に移るなど思い切りもいい。

北朝鮮の過去の人工衛星打ち上げ

過去を振り返ると、これまで先行研究的なテポドン、実際の衛星打ち上げロケットの銀河2号、銀河3号と実施している。
北朝鮮が公式に軌道投入目指したと発表している4回のうち2回が成功。ただし、衛星は実用的な機能は無かったか動かなかったらしい。
今回の千里馬-1はこの銀河シリーズとは違うロケットシリーズ。

北朝鮮の過去の衛星打上げの結果 英語版Wikipediaより


news.yahoo.co.jp/articles/880912952d212cbc469b98b6f82d52cc33e7f274

日本に落ちてくる可能性

北朝鮮の予告通りであると仮定すると、下記のツイートのIIPの線(点線)が注目すべき場所である。このIIP(瞬間落下地点)が途中で止まったとしてもロケットの部品が落ちてくる可能性の場所である。
日本・韓国・中国を上手に避けながら飛ばしていることがわかる。

北朝鮮はキチンと発射通告をしているので
ロケット各段の落下予測範囲が事前にわかっている
北朝鮮の過去の衛星打上的なロケットの飛翔経路
北朝鮮は四方を囲まれ、苦し紛れに津軽海峡や南西諸島の間に飛ばしている

千里馬1型の大きさ

各ツイートが詳しい、千里馬1型は「つくし」みたいに先端が膨らんでいる機体

韓国との比較

私は韓国も北朝鮮も独自にエンジン開発していると思っている。両国ともに小型ロケットを開発しながら、自由主義陣営と旧共産圏の違いが出ていて興味深い。

以前記事の通り、韓国は新型ロケットKSLV2向けに米国SpaceX社のMerlinエンジンを参考にしたKRE-075を開発した。
Merlinは現在自由主義陣営で最高のエンジンと言われている。

一方、北朝鮮は上述の通り、60年代に開発されながら現在でも通用するレベルの性能と信頼性を持つRD-250を参考にした白頭山エンジンを開発した。

安全保障領域だから、なんとも言い難いが、歴史と技術のエモさを感じている。

参考

千里馬1型の1段目などが回収された話は下記が詳しい


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