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韓国の新型ロケット「ヌリ」がちゃんとスゴイ件

2022年6月に2号機で初めて打上げ成功した韓国の新型ロケット、「ヌリ」(計画名:KSLV-2)について、ネット上や報道だと下に見ている雰囲気を感じた。自分の認識は全く違って、素晴らしいロケットが出来ていると思っている。

韓国は最新トレンドを捉えた合理的で高レベルのロケット開発を成功させている。この事実は広く知られるべきだと思う。
一般的な概要については下記リンクを参考にして欲しい。ここでは私のようなロケット技術者からヌリがどう見えているかを書く。

経緯

韓国は政府が宇宙機関KARIを設立するのも遅く(本格活動は1989年から)、予算の問題もあり宇宙関連技術の発達は遅かった。また、地理的・技術的側面での難しさに加えて他国に頼れるため、国産ロケットを作る気持ちが弱かった。
とにかく地理が悪い。
ロケットは他国の都市上空を飛ばすことは現実的ではない。このため、日本と中国とフィリピンの隙間を縫うように南側に飛ばすしかない。それでも沖縄など南西諸島上空を飛ばすことになる。
北朝鮮も同様で、朝鮮半島からロケット打上げは地理的な制約があまりに大きい。

韓国は地理的な問題で日本・台湾・フィリピンの隙間でしかロケット打上げが出来ない
ヌリでも沖縄含む南西諸島の上空を飛んでいる。
この地図上では南西諸島を書かない工夫がされている。
(参考:KSLV-2 press kit)
北朝鮮が2012年に打ち上げたUnha-3(銀河3号)の推定される軌道
北朝鮮は韓国以上に気を使う相手が多い。
軌道投入するロケットは狭い隙間を通るし、それでも石垣島の上空を通る
(引用:BBC

韓国産の人工衛星打上げはアメリカ・ロシア・日本など外国のロケットを使っていた。例えば、2012年にはKOMPAT-3という韓国衛星の打上げは日本のH-2Aを利用していた。
アリラン(KOMPSAT)のような多目的(観測目的と言っているが安全保障目的も視野に入れている)衛星の打上げを日米露に頼るのは心許ない。安全保障と言えば、北朝鮮が高頻度にミサイル打上げてるような状況でもある。
そこで、徐々にKARIはロケット開発に力を入れるようになる。

前身となるロケット 羅老(ナロ、KSLV-1)

観測ロケットKSRシリーズ3機種開発のあと、
軌道投入可能な羅老(KSLV-1)が開発され、KSLV-2という流れ
引用:KARI

KARIは観測ロケットKSR(Korea Sounding Rocket)シリーズを3機種開発した後に、KSLV(Korea Space Launch Vehicle)シリーズに開発を移す。
この記事にメインとなるヌリの前身となるナロ(KSLV-1)は不運で残念なロケット。
韓国は技術流出の恐れ(つまり、北朝鮮に技術が流れる)があるとしてアメリカから技術導入を断られていた。技術導入できるようにミサイル技術管理に関する国際間体制(MTCR)に参加したりと政府としての努力していたがアメリカに断られる状況は変わらなかった。
そこでロシアに助けを求め、アンガラのユニバーサルロケットモジュール(URM)であるRD-151(RD-170の系統で世界最高のエンジンシリーズの一つ)を1段目とした。2段目は韓国独自の固体ロケット。
技術的な未成熟、大推力すぎるエンジン、微妙な固体ロケットモーター、地理的な条件、ロシアの高圧的な態度、と悪い条件が重なったために全備140トンもあるわりにSSO100kgの衛星打上能力しかない。価格も3回目の初成功までの打上げで500億円かかるという、コスパ悪い計画だった。
つまり、ナロロケットは無駄にデカくで能力が低くて高コストなロケット。
なので2009年〜2013年に3回打上げし、3回目の初成功をもって開発終了。
一部に独自技術を用い、射場も整備して軌道投入を成功させたこと自体は特筆するべき偉業ではあるが、技術的評価では2010年代のロケットとして微妙すぎた。
また、保管されていた上段の認証モデル(QM)の固体ロケットモーターが古物商?に売られてしまうような管理上のトラブルのような韓国側のドタバタもあった。ロシア側もRD-151という世界最高クラスのロケットエンジンを意図せずに韓国内に置いていってしまい、責任としてロシア側のロケット社長がクビになるというドタバタもあった。

ナロ(KSLV-1)
引用:KARI

韓国の事情

韓国の多目的観測衛星であるKOMPSATは日本のIGS(情報収集衛星)と大きさは近い。能力的には日本の方が多少上であろうが、近いと思われる。
また、韓国では今後偵察衛星(たぶんKOMPSATか同型シリーズ機)を12機打上げ予定。また、小型衛星のコンステレーションの計画もあり、小型人工衛星を50基程度打上げようとしている。
安全保障上の観点からも韓国内で国産ロケットを持つだけの需要がある状況。

ヌリ(KSLV-2) スペック

引用:spaceintel101.com

3段式液体ロケット。ペイロードは太陽同期軌道(SO)に1.5トンの能力。
エンジンは2機種。両方ともジェットA(灯油)と液体酸素のGGサイクルエンジン。KRE-075(推力75トン)、KRE-007(推力7トン)。
1段目:4機のKRE-075
2段目:1基のKRE-075
3段目:1基のKRE-007
エンジンはロシアのRD-151を参考にしているのかと思いきや、設計思想的には完全にSpaceXのMerlinエンジンを強く意識している。
徹底的にシンプルで確実に作れるようにし、信頼性を高くする設計思想。
射場や組立棟(VAB)もシンプルでよく出来ている。
全体として、3段式ロケットで軌道投入の確実性を上げ、エンジン開発種類を減らし、また、推力バランスが良い。
筋の良いと思われているSpaceXの技術開発方針を参考にして確実に安価な韓国産ロケットを作りに行くぞ、という思想が上手に実装されている。
技術的にオリジナリティ高いものは無く、良い意味でつまらないロケットとして完成している。

韓国の液体ロケットエンジン、KRE-075、KRE-007
引用:KARI

韓国産にするべく努力はしていたようだが、エンジンの部品全てを韓国産にすることは難しかったようで、欧州などの部品メーカーを頼ったり、性能を妥協する形で確実に作りにいったようだ。(その思想はそれはそれで素晴らしい)
また、大きな推力を発生するエンジンであるKRE-075に向けては燃焼試験設備もしっかりしたものを作っている。下記動画参照。試験回数も確実性を上げるために十分な数をこなしているようだ。

ヌリ(KSLV-2) コスト

開発費は射場込みで2000億円。(感覚的には射場費用が大きそう)
2016年には1回の打上げ費用は30億円を目標としているという記事もあった。しかし、今後も年間1回程度と低頻度なので現実的にはその打上げ費用にはならないと思う。

ヌリ(KSLV-2) 打上げ

初号機打上げは3段目エンジンが想定外に燃焼時間が短くなって失敗したが、10ヶ月後の2号機で打上げ成功。国産比率を大きくした新型ロケットを2回目で成功させるという快挙だということで韓国内では大々的に報道されたようだ。
また、初号機失敗から迅速に2号機打上げをやっている。これだけ見てもSpaceXをロールモデルとして、良い体制であることがわかる。

ヌリの開発完了によって、韓国内の人工衛星打上需要の多くを韓国内でこなせるようになった。
といっても、地理的な問題で東打ちの必要のあるものは変わらず外国頼みではある。

今後どうなるか(迷)

韓国の宇宙開発を見ていると、しばしば首をかしげる計画が発表される。

ヌリ(の改良版?)によって韓国産の月面探査機を打上げる計画図があったりする。軽く計算しても全然能力が足りないことがすぐにわかる。
明らかに技術者が書いた絵では無い。

また、Falcon Heavyを意識しすぎたような絵が出たりする。これも韓国内からの現実的な打上げを考えてない絵である。

ヌリ?によって月面着陸機を打上げようとするワクワクする謎絵
引用:tech+
LSLV-4の名前で出てくるワクワクする不思議な絵
引用:tech+

今後どうなるか

これまで見たように、ヌリ(KSLV-2)は打上げ費用は不明であるが、韓国の偵察目的の衛星打上ロケットとしては十分優れていると考えられる。
日本ではこれまで情報収集衛星のロケット打上げ費用として100億円程度毎回かけていたのに比べて、韓国の方が合理的なロケットを持つことになる。
当然、日本もH3ロケットが完成した際には日本の方が一歩進んでいることになるだろうが、情報収集衛星・偵察衛星の打ち上げ能力という意味での日本と韓国との差はほとんど無くなる。
日本のH3ロケットは静止軌道にも大型衛星と運べたり、役割が大幅に多い優秀な機体になるだろうが、一部機能としては韓国に並ばれていることは認識しておくべきだろう。

韓国の宇宙開発は大統領など政治家に引っ張られて迷走しがちである。
一方でヌリ(KSLV-2)は実コスト・今後の成功率次第では東南アジア需要も取り込む強力なロケットに仕上がる可能性がある。
韓国は一時期のグダグタからの反省で、現在では素晴らしいロケット作れる国である。
もしかしたら、韓国政府として一層の発展を考えて東南アジアの射場開拓などを本腰入れるかもしれない。
逆に、謎計画で迷走するかもしれない。

一般に、韓国のロケット開発は注目に値しないと思われているようだが、今後も色んな意味で目が離せない。

参考

追記(2023年1月1日

打ち上げ成功後には韓国航空宇宙研究院の政治的な内紛が起こっているようで、技術部分以外でのトラブルで今後の動向が不安定に見えるので注目。


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