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おれんじでいず[短編小説]

 高校生である僕らにとっての一大イベント、学校祭が終わった。「学祭マジック」という言葉が蔓延るこの時期には魔法の恩恵を受けたであろうカップル達が校内を歩く。もちろん僕はその恩恵を受けそびれたのだが…。
 恩恵は受けられなかったものの学校祭は非常に興奮し、終わった後は友人の家で後夜祭をすることになり、僕は後夜祭を飾り付けるお菓子とジュースを買いにコンビニへ向かった。すると、なんと憧れの隣のクラスの女の子とジュースコーナーで鉢合わせてしまったのだ。話し掛ける絶好のチャンス。僕は古着屋で買ったヨレヨレになった柄シャツを最大限までピンと伸ばし、1週間後にある近所のお祭りに誘ってみた。
 僕の手じゃ届かないと思っていた君は、案外あっさりと
「いいよ。」
と言った。僕を見る眼差しにはあまり感情が見えなかったけどそれさえにも興奮してしまった。僕にもギリギリ魔法が使えたのだ。
 約束を取り付けた僕は大量のお菓子とジュースを持って興奮冷めやらぬまま友人の家へ向かった。後夜祭ではその話でもちきりだった。

 君と祭りに行くと決まってからの1週間は長くてとても短かった。高校生の僕は大した服も持っていなかったので前と同じ、自分的にはイカした柄シャツを着て行った。君とちゃんと話した事もないのにうまく話せるだろうか。もしかして、僕を弄んだだけで待ち合わせ場所には居なかったりして…。などと考えている間に待ち合わせ場所に着いてしまった。
 1時間に相当するような5分が経った頃、遅れて君がやってきた。君は
「ごめん!」
と僕に告げた後すぐに
「どこいこうか!」
と、僕の腕に手をかけてきた。提灯が浮かぶ会場内に和太鼓が騒ぐ。和太鼓の音なのか、僕の心臓の音なのか、僕にはもうわからなくなっていた。
 綿アメコーナーの前に差し掛かる。僕が口を開く前に君は
「綿アメって甘いだけじゃん?だから私、綿アメはあんまり好きじゃない。」
と呟いた。
 君は今どんな気持ちで僕の腕に手をかけているのだろうか。さして話もした事のない僕にコンビニで声をかけられ、約束の場所へ出向いて僕の腕に触れて歩く。僕に好意があるなんて到底思えない。僕はやはり弄ばれているのだろうか。けれど、この状況は事実で、感じた事のない幸福感が僕を包んでいる。このまま祭りが一生続けばいいと思った。僕なんて本当どうしようもない男だけどどうですか?出来れば君と過ごしたい。喉元まで上がっているが声にはならず落ちていく言葉が、その辺に落ちている吸い殻みたいだった。
 徐々に日も暮れてきて空がオレンジ色に染まる。それに合わせて僕と君もほのかにオレンジ色に染まる。取り柄もお金も無い僕の横で君は今何を想っているのだろう。僕の抑えきれないこの気持ちと、空のオレンジ色はやがて藍色に飲まれていくことだろう。永遠には続かないのならば、その前に君と踊ろう、踊りたいと思った。

 ぎこちなく他愛も無い会話を交わし、時に何かを頬張りながら歩く時間はあっという間だった。僕は緊張で掠れた声をしゃんと正し、体内にある全部の勇気を振り絞り君に聞いた。
「僕は1週間前、君を祭りに誘ったよね、君は今どんな気持ちで僕の横にいてくれているの?」
「うーん、なんだろうな、私は君のこと全然知らないから知りたいなって気持ちかな。」
と、言っている君の目元に涙が浮かんでいたのを僕は見逃さなかった。提灯の灯りで光る涙さえも美しかった。少々気まずかったので話題を音楽に変えた。君も音楽が好きみたいで、話が弾んでいたがどう考えてもこの歳の女の子が聞くような選曲ではなくて、きっと前の男は歳上で、その男との思い出を振り返るように音楽の話をしているのだろうなと僕は思った。
「甘いだけの歌詞はあまり好きじゃない。」
と、言っていた君。それは本当に君の言葉だったのだろうか。こんなよくわからない男とお祭りに来てくれるだけでも幸せなのに僕は何を嫉妬しているのだろうか。前の男と比べられる位置にさえ付いていないのに。思考がぐるぐる回り始めて、いても立ってもいられなくなった僕は口を開いていた。
 「こんな取り柄もお金も無いどうしようもない僕だけど、どうですか?その辺のやつより君を幸せにしたいという気持ちは熱いから。それだけで付き合って欲しい。」
 君は俯いた。しかし君の頬がほのかにオレンジ色に染まっていくのをまたしても僕は見逃さなかった。夕日のオレンジだろうか。どうか僕の事でありますように。程なくして君は口を開く。
「とっても嬉しいし、今すぐ飛びつきたい気持ちなんだけど、それはあなたを傷つけてしまうと思うんだよね。私、前の恋愛を引きずっちゃっているからさ。」
「それでもいい。君が言う、前の男の愛に飲まれる前に今、君も踊ろうよ。僕が守るから。」
「ありがとう。でも、ごめんね、今日はちょっと疲れたからまた今度お返事してもいいかな。今日は楽しかった、ありがとう。またね。」
そう言って君はゆっくりと染まっていく藍色の中に消えていった。僕の気持ちと、一瞬見た君の頬のオレンジ色が哀しみに飲まれてしまう前に僕は踊る、何もかも忘れてしまいたい気持ちと鳴り止まない和太鼓の音に体を委ね、僕は踊った。

 僕の魔法は一夜で溶けてしまった。「学祭マジック」効き目は短いと聞いたことがあるが、本当だった。あの日魔法の恩恵を受けていたカップル達も別れ始めていた。魔法は呆気ない。君はあの後どうしたのだろうか。コンビニから始まったあの日までの1週間を僕はおれんじでいずと名付けて押し入れの中にある木箱にそっとしまい込んだ。

ヨレた柄シャツをピンと伸ばし
君を祭りに誘ったね
提灯浮かぶ 和太鼓騒ぐ
甘いだけの綿アメは好きじゃない

どうしようもないけどどうですか
その辺に落ちてる吸い殻みたいだね
オレンジ色に染まる
取り柄もお金もない僕の横で
僕の気持ちとオレンジ色が
藍に飲まれる前に君と踊ろう

掠れた声をしゃんと正し
君を祭りに誘ったね
涙が浮かぶ 灯りで光る
甘いだけの歌詞はあまり好きじゃない

どうしようもないけどどうですか
その辺の奴より気持ちは熱いから
オレンジ色に染まる
君の頬がどうか
僕でありますように
僕の気持ちとオレンジ色が
愛に飲まれる前に君も踊ろう

僕の気持ちと オレンジ色が
哀に飲まれる前に僕は踊る

おれんじでいず/いむいぱぴ子

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