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そんな時はなにもせず眠る眠る

 暴力とアルコールの問題を抱えた夫との離別に向けた協議が始まってから、早くも一か月あまりがたつ。
 弁護士を通じた協議というのは、数日から一週間おきに一手ずつしか指すことのできない将棋のようだ。一週間に一手しか指すことができないから、当然徹底的に考え抜いて、あらゆるシミュレーションをして、最良と思われる手を指す訳だが、それに対して相手が指してくる一手をまた一週間悶々としながら待たなくてはならない。
 私たちはまだ何一つ合意に達していない。
 彼の打ち手はひたすらに「僕たちは将棋なんてするべきじゃないと思うんだ」だからだ。

    *

 ぐるぐると考え事にとらわれる日々は思っている以上に気持ちに負担がかかるようだ。
 そしてその負担から逃れるように、私は眠ってばかりいる。

 平日の夜、仕事を済ませて帰宅する。食事をしたらもう眠くて堪らない。食後の楽しみにと買っておいた果物や甘いものを食べる隙すらない。そのままソファで泥のように眠り込む。はっと気づいて目覚めるのはすっかり深夜になってからだ。
 予定のない休日、家事をしたり本を読んだりする合間、眠くて堪らない。細切れに眠ったり起きたりしながらぼんやりと夕方を迎える。一日を損をしたようで悔しくて仕方がない。

    *

 「眠ってばかりいる」という体験は、実は初めてではない。

 随分昔、高校に入りたてだった頃、私はやはりちょっとした合間で倒れるように眠り込んでいた。当時は実家の自室に布団を敷いて寝ていたのだが、なんせこの「布団を敷く」という仕事がやり遂げられない。押入れから三つ折りになった布団を取り出したところで力尽きて、そのまま布団の山に寄りかかるように眠り込んでしまう。

 あまりに眠りすぎるという理由で病院にかかったのは、後にも先にもこの時だけだ。医師は少し困ったような顔で血液検査をして、貧血対策の鉄分の薬を処方してくれた。

 後になってみると、その時の私に起こっていたことがよく分かる。私は始まったばかりの高校生活の緊張に押しつぶされそうになっていたのだ。私は東京の片田舎にある公立中学から誰も知り合いのいない私立高校にただ一人で進学した。電車で通学するということ、違った場所で育ってきたクラスメイト達と過ごすということ、様々な初めての体験はわくわくすることではあったけれど、小心者の私の神経はじわじわとすり減っていたのだと思う。その疲労を癒すために、私の心と体は深い眠りを必要としていたのだ。

 高校生活に馴染んだためなのか、鉄分の薬が効いたためもあるのか、私の過眠は数か月ほどでおさまった。

    *

 その頃の私と、今の私はよく似ている。

 きちんと生活できないことは自分が自分でなくなったかのようで居心地が悪いし、眠りすぎる怠け者の自分に罪悪感を抱いたりもする。でも、それが今は必要なのだと思い込むようにしている。

 自らに言い訳をするように、うとうとしながら私は傷ついた動物が洞穴にこもる姿を想像する。
 傷を負った動物がひっそりと洞穴にこもって、静かに丸くなっている。彼/彼女はこんこんと眠る。それが自分に必要であることを理解しているし、自分の中には回復するのに十分なだけのエネルギーがあることを知っている。騒ぎ立てず、自分に必要なことを自ら実行するということが、彼/彼女の動物として矜持だ。 

 そしてまたある時には、将棋の対局中の棋士のことを想像する。
 長い闘いをする棋士は対局中にバラエティ豊かな食事やおやつをとると言う。がっつりと栄養のとれるウナギやてんぷらを好む方、軽くサンドイッチをつまむという方、どんなメニューを好むかということがキャラクターと重なるようで、棋士の食事のエピソードは面白い。
 その中で、私がとりわけ好きなのは加藤一二三氏が対局中に山盛りのミカンを平らげたというエピソードだ。ウナギやてんぷらのような粋な印象がある訳でもなく、まったくスマートでもない。ミカンの良い香りをさせながら将棋盤に向かう姿を思い浮かべると、その現実離れした姿に思わずにやにやしてしまう。しかし、加藤氏はひたすらミカンを食べながらその対局を制したと言う。
 これで良いのだ、と思う。長い対局が続く中で、スマートであろうとする必要はない。おのれの体の声を聴いて、欲するものをとれば良いのだ。
 対局中の加藤氏はミカンを、そして疑似的な対局中の私は睡眠を。

 いや、どれほどもっともらしく「矜持」などと言い訳をしても、有名な棋士と重ね合わせてみようとしても、私の実態はひたすらに眠りこけているだけだ。そのことはよく分かっている。でも、こうして自分の問題を自ら解決しようとしている自分の身体が、それほど嫌いではないとも思うのだ。

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(付録:私の近況)
問題解決にはまだまだ時間がかかりそうですが、双方に弁護士がついているので安全に安心して議論を進めることができています。大丈夫です、私は元気です。

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