異世界で自由気ままなスローライフを!1話 終わりと始まりの日
ピッピッピッ!
ピッピッピッ!
ピッピッピッ!
いつもの時間に目覚ましが鳴り響く。
今日も一日の始まりだ。
妻と娘はまだ寝ている。
起きるまでの間に、朝食を準備するため下の階に降りる。
「今日はフレンチトーストにするか」
姓は森川。名は誠。
39歳。結婚15年目。
大学を卒業して、IT系の営業会社に入社。
2年目にして、当時同僚だった女性と結婚。
すぐに子を授かり、妻には専業主婦になってもらった。
家庭を守るために働いているはずが、仕事を優先すれば、家族から非難される。
家庭を優先し、遅刻や早退、欠勤をすれば、職場で迫害を受ける。
産前産後の女性の精神の移り変わりや、目まぐるしく変化する赤子の機嫌に翻弄されながら、必死に家庭と仕事との両立を図ってきた。
どんな困難でも皆で幸せになるために頑張ろうとしていたが、今ではもう会話もなくなってしまった。
朝食を準備している時に、妻と娘が寝室からリビングに降りてくるが、挨拶はない。
いったいどこで間違ってしまったのだろうか。
コーヒーとフレンチトーストをテーブルに出すと、無言で食べ始める2人。
「あんまり味ない。砂糖」
妻が口を開いたかと思えば、出された朝食への不満。
苛立っても仕方がないと、砂糖をテーブルに出す。
お礼もなく、無言で必要な分を取る。
2人が食べている間に洗濯物を干す。
娘は無言で食べて、無言で席を立ち、学校へ行く準備を始めた。
昔は『パパ!パパ!』とよく寄ってきたものだ。
中学生。年頃ということもあってか、ここ何年かまともに会話をしていない。
妻は食べ終わり、テーブルからソファに移動し、テレビを見始めた。
「あー!ママ!」
「それ私も見たいんだから今見ないでよー!」
録画していたドラマを再生した妻に、娘が言う。
「あら。じゃあ帰ってきたらケーキでも食べながら一緒に見ましょうか」
2人は仲が良い。
「ははは。じゃあ今日はパパが早く仕事を終わらせてケーキを買って帰ろうか」
少しでもコミュニケーションを取ろうとするが、妻と娘は冷めた表情で会話を止める。
「一生帰って来なくていいんだけど……はぁ……」
どちらが言ったのかは分からなかったがかすかに聞こえた言葉とため息。
なぜ私だけが迫害されているのだろうか。
「ははは……。し、仕事に行ってくるよ……」
片付けを済ませ、職場に向かう。
電車に揺られながら、ライトノベルを読む。
「はぁ……。この時間だけが唯一の癒しだな……」
学生時代に行ったことは2つ。
剣道とオンラインゲームだ。
多少琉球空手もやったが、3か月で辞めてしまった。
剣道は中学から大学1回までやって三段を取った。
オンラインゲームは強者ランキングでトップ10に入っていたハイプレイヤーだった。
学校で寝て、帰宅と同時にパソコンの電源を入れ、立ち上がる間に準備。
朝まで仲間たちと狩りをして、素材を集めて、錬金三昧。
社会人になってから、2つに当てられた時間は激減。
結婚してからは皆無となった。
往復の電車内で異世界系のライトノベルを読み、妄想に耽るこの時間だけが自由な時間だ。
職場に着き、意味があるのか無いのか分からないタイムカードを切る。
出社してから退社するまで、ろくに休憩も取れずに働き続ける。
激務が当たり前の社畜を極めている猛者ばかりだ。
「はぁ……。今日は少し早く終われたな」
家の最寄りの駅に着き、ケーキ屋の前を通る。
「まぁ無駄だろうけど……」
無駄とはわかっているが、家族関係の修復に努めないわけにはいかない。
3人分のケーキを買い、帰宅する。
「ただいま~」
もちろん返事はない。
しかし、なんだかいつもよりもリビングがにぎやかだ。
「もぅ~wタクヤさんったら~w」
タクヤ?
誰だ?
玄関に入り、靴を脱いでいると、知らない男の名前を呼ぶ娘の声が聞こえてきた。
「タクヤさんか~。まだパパって呼んでもらえないのが残念だよw」
知らない男の声が聞こえる。
パパ?
何のことだ?
「ごめんなさいね~。あの人無駄に粘り強いからなかなか切れなくって」
男の言葉に妻が続いて何かを話している。
まさか……
バンッ!
扉を開けてリビングに入る。
そこには妻と娘と知らない男が居た。
「今の話はどういうことだ?」
聞かなくても分かる。
しかし、確かめなければ気が済まない。
「あ、あなた!?なんでここに!?」
慌ててスマホを見る妻。
夕食が要るのか要らないのかを知りたいからという理由で、数年前から退社する時に連絡をしてほしいと言われていた。
たまたま連絡を忘れて帰宅してしまったのだ。
「良い機会じゃない。もう直接言って別れた方が良くない?」
慌てる妻とは対照的に、落ち着いた表情で娘が言う。
子供にはこの状況がどれほど罪深い事なのかが分かっていないようだ。
「あの……。えっとですね……」
男は何やら言いたそうだが、困惑して考えがまとまらない様子だ。
「貴様は黙っていろ!」
男を黙らせ、妻をにらむ。
「ふ、不倫してたのよ!わ、別れてもらうわよ!」
強気な言葉で言い返せば、こちらが怖気づくとでも思ったのだろうか。
自分の中で何かが切れる音がした。
もう容赦する必要はない。
怒りのままに論破する。
後日弁護士から連絡をさせると言い、家から追い出した。
ただただ昂る感情を抑え、暴力を振るいそうになる感情を抑え、出そうになる涙を抑えた。
家族の為に捧げた人生は、どこの馬の骨とも分からない男に奪われた。
やけになり、数年ぶりに酒を飲む。
「くそ……。なんでなんだ……」
娘が小さかった頃に撮った家族写真。
笑顔溢れる幸せな家族だった時の写真を眺め、堪えていた涙が溢れ出る。
どれほどの酒を飲んだのだろうか。
気が付けば、知らない何も無いところに居た。
「マコトさん……。マコトさん……。やっと目が覚められましたね」
そこには純白の衣を身に纏う美しい女性が居た。
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