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真夜中のダンサー 7夜


 4小節のソロ、自分の引き出しを全部開けるつもりで色々な組み合わせをその4つ分、16小節だ。小節を構成するムーブは同じでも、順番次第ではすごくなめらかに見えたりとても不自然に見える。流れを意識しなきゃ。誰かとチームを組んだりバトルをしたりコンテストに出るわけじゃないにせよ、目安として区切りがないと色々把握しにくい。しかしこの引き出しの少なさ。我ながら笑いが出てくる。

 やぁ、ここはまだ夜だ。ということはそっちはまだ昼とか?何にせよまた貴重な時間をふいにしたな。教師みたいなこと言うなって?無理な話だよ、彼女は君よりずっと小さくてかわいげがあって賢い子だったけど、僕は一時期家庭教師をやってたんだ。今はもうやってないけど、あれはなかなか性に合ってたよ。たいていの子は日中学校へ行って、帰ってきてから家で家庭教師に分からなかったところなんかを教えてもらう。つまり僕らみたいな日光の下を歩いてるだけで激しく体力を消耗するようなやつにはうってつけだった。これでも少しは「教えるための勉強」なんかもしたんだぜ?
 その時期僕は車のバックシートで寝てた。バックシートの足元にはどうにか手に入れた輸血パックや酒瓶や読みかけの本やコインランドリーに行って洗濯しようと思って忘れたままの服なんかが散乱してたっけ。その頃僕は吸血鬼の友達が協会が放った吸血鬼ハンターから逃げようとしたのを手伝ったという疑いをかけられて追い回されてたんだ。彼とはクラブで会って同族だと分かって意気投合して数週間毎日一緒に遊んでたけど、ある日突然彼が店に顔を出さなくなって、「何かあったんだな」と察してその晩のうちにアパートを出たんだ。もちろん協会は僕の名前も住所も電話番号も9桁の社会保障番号も知ってる。僕の携帯電話は鳴りっぱなしさ。当時僕は西海岸に住んでた。お気に入りのモトローラを投げ捨てるためにゴールデン・ゲート・ブリッジまで行ったのを思い出すよ。まぁ後々疑いは晴れるんだけど、疑わしいというだけで無理やり協会の特製カクテルを飲まされて首を切り落とされたくはなかったからね。
 でも僕にだって一応慕ってくれる教え子の前から突然消えて嫌な思い出を残さないようにしようとするくらいの良心は残ってた。彼女にお別れを言いに言った時のことを思い出すよ。お互いにそうとは知らなかったけど、普段あまり家にいなかったご両親は吸血鬼ハンターだったんだ。僕の教え子の両親が交代で僕らの仲間を殺して回ってるんだ、あの時の気まずさといったら。それは協会とみんなで決めたことだし、彼らだって僕らを死ぬほど憎んでいる人だけじゃないっていうのは分かってたさ。でもいざお互いを目の前にすると何も言えなかった。お父さんはレイカーズのTシャツを着てたし、お母さんがたまに差し入れてくれたパンケーキは僕が焼くより何百倍もおいしかった。僕らは月並みな別れの挨拶をした。彼女には最後に「君が賢いままこのご両親の下で育てば、いずれまた会えるよ」と言っておいた。皮肉を込めた予想としてね。彼らが家の庭の前で手を振ってくれていたけど、その時にはもうどうやって新しいナンバーの車を手に入れて逃げるかしか考えてなかったよ。何事もトライ&エラーだよ。だって僕だって今こうやって必死にダンスの練習してるんだぜ?いい歳こいてみっともないと言われればそこまでだけど。
 そういえば次のイベントで新マップが出るらしいじゃないか。僕らのクランでランク上位を目指してみるかい?何事もトライ&エラーだよ。あのゲーム内じゃ何回死んだって時間内なら甦れるんだし。君もスナイパー一辺倒じゃなくたまには一緒に前線に飛び込もうよ。気が向いたらでいいさ、でもたまには僕にもスナイパーをやらせてくれよ。じゃあ僕はゲームをやるよ、君はどうする?イベント前に練習するかい?よし、じゃあまたゲームで。

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