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真夜中のダンサー 3夜

 1&&&4、1&&&4…人体はそんなに器用な構造じゃない。絶対にラグがある。&を意識しろ。ラグを考慮した上で手足を、全身を振り回せ。

 何だ?もう朝4時だぜ?今日は何もなかったから午後8時頃に起き出して、ポストに請求書しか入ってないのを確認して、さっきまで妻とこうやって、今君と話してるみたいに近況を話し合って、「僕そろそろもう1回死なないとダメな感じ?」「いや、まだ大丈夫。投機に突っ込んだ分をこのあいだのFRBの発表前の高値のうちに売り抜いたから、下手にここが底値だと思って買いに走らなければ、半年は毎日バーガーキングで胃もたれするまで食べても問題ない」みたいな、切実なのかそうじゃないのかよく分からない話をしたばっかりだ。
 そうだよ。そこなんだ。例えばだよ?君が生きてるのがものすっごくつらくて部屋で首を吊ったとしよう。でも君は死ねない。死んでいるのにだ。頭蓋骨と胴体の、胸骨と腸骨の、体のありとあらゆるジョイントが様々な面で徐々に断線してきているのを君の魂は感じ続けながら、誰かが不審に思って君の部屋のドアを開けて君を葬るまで、あるいは葬ってもらえてもなお苦しみは続く。大ざっぱに言うと吸血鬼ってそんなもんさ。だから僕は彼女が好きだけど彼女を眷属にはしない。絶対にだ。だってさ、詐欺師が最初の自己紹介で「あなたを騙しに来た詐欺師です」なんて名乗らないだろ?もし名乗ったって「ずいぶんつまらないジョークを言う人だな」で終わりさ。だろ?でも当時の僕は馬鹿だったから「変なやつだなあ」と思いながら相手にしちゃったんだ。これでも大昔は大工だとか庭師だとか蚤の市での行商だとかちょっとアレな肉屋とか色々な仕事してたんだよ?何しろフランスでギロチンが廃止されたのは1977年だ。ベトナム戦争の少し後まであの国は「人道的な死刑」をやってたんだ。まあ僕が逃げ出してからずううっと後のことだし、今となってはどうでもいいよ。バスティーユから始まった暴動で国家転覆なんてずいぶん派手にやったもんだ。でもそれも「民意」ってやつなんだろ。お陰で国を捨てる決心ができた。
 何の話だっけ?そう妻だ。何で彼女を眷属にしないのかって話だ。僕と君が知り合ったのはあのFPSのクラン内での交流がきっかけだったはずだ。君にも分かるだろ?どこかにロクに動きもしない狙撃手がいて、リスポーンポイントを狙える場所に根を張って、リスポーン直後の、これから前線に行こうってやつらを狙い撃ちだ。ご丁寧にあっちのチームは弾薬をスナイパーに補給して、ついでに自分もブッ放して何人か餌食にするアモがいる。ちょっと大袈裟かもしれないけど僕らが経験してきたのってそういうことなんだよ。それを誰よりも愛する人に味わって欲しいと思えるかい?僕の答えはノーだ。だから彼女を下僕にもしない。もちろん本物の吸血鬼にもだ。ああクソッ、あんまり楽しくもない話をしちゃったね。今これ以上話すとものすごく愚痴っぽい話を数時間続けそうだから僕から切るよ。じゃあまた。

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