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目に見えないものを

1月30日から「エッセンシャルマネジメントスクール」という社会人大学院に通っている。もう一ヶ月ほど「本質」について、考え続けている。

本質とは「人々が感じるそれぞれの質のなかで、お互いに共通して感じられるもの」という自分なりの定義をしている。

今日、それで、はたと気づいたのは、それでもまだ、「目に見えるもの」を「本質」としていた自分の浅はかさだ。

ことばでとらえて満足し、それがすべてを、引き連れてくると、思っていた。

ことばは大事だ。よく磨かれたことばは、「本質」をとらえるといっても、過言ではない。カウボーイが、投げ縄で、牛をとらえても、投げ縄が「牛」ではないのとおんなじ。

しかし、「ことば」は「本質」それ自体にない。だから、「行動」が必要なのだ。

「行動」し、「実践」しているなかにしか、「本質」は現れてこない。なぜなら、「世界を感じる共通な質」だから、「感じてなければ」なにもない。

こんな簡単なことに「気づく」のに、ずいぶん回り道をしている。でも、その気付きのサイクルが、「本質」なのだ。

簡単なことを、簡単に。

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