見出し画像

# 臨床・社会|視線の心理学-3:見られている自分への恐怖:対人不安のメカニズム

自分に向けられた否定的な表情に視線が向きやすい?

私たちは「他人の目」をとても気にします。どのように見られているかということを知るためには、相手の表情や仕草などから読み取るしかありません。もちろん、私たちは超能力者ではないので、あくまで個人的経験から推測しているに過ぎませんが、それでも自分の推測は正しいと思い込んでいるのも私たち人間の特徴でもあります。対人不安や社交不安症に関する臨床心理学の分野では、どのように相手の表情を読み取ろうとしているかということを「視線」から読み取る研究が盛んに行われています。

社交不安症に関する実験的な研究では、社交不安の高い人と低い人(平均的な人)を集めて、自己紹介や実験者が指定した内容のスピーチを行う実験が多く用いられます。そのスピーチを聞く役割の人たちは、実験者から「否定的な表情や仕草で聞く人」「中性的な表情(否定でも肯定でもない表情)で聞く人」「肯定的な表情や仕草で聞く人」などに役割分担がされています。スピーチをしている時に、誰のどんなところを見ているかという視線を「視線追尾装置」を用いて測定し、社交不安の症状と視線の使い方の関連性について検討します。(視線追尾装置については別の記事に後ほど掲載します)

対人不安の人たちは、聞き役の否定的な表情や仕草にすぐに視線を向けていることが明らかになっています。この結果は、多くの人が「やっぱりなぁ」と思う結果だと思います。ただし、社交不安が低い人も同様に、否定的な表情や仕草には視線が向きやすいこともわかっていますので、否定的表情に対する注意の向け方だけが問題ではないということが考えられます。

肯定的な表情や仕草に対してはどうなのかというと、社交不安の高い人は聞き役の肯定的な表情や仕草に視線を向けていないということがわかりました。一方で、社交不安の低い人はこれらの表情や仕草に視線を向けているようです。このことから、社交不安の高い人の特徴は、肯定的に聞いてくれている人の存在を自覚できないまま、否定的に見られていることばかりに気を取られているということだと言えます。

自分が話しているときに否定的な表情や仕草をされてしまったら、誰でも傷ついてしまいます。しかし、そのような否定的な表情や仕草で聞いている人に注目し続けながら話すことよりも、肯定的な表情や仕草に聞いてくれている人に注意を向けて話すことの方が気分が良いのではないでしょうか?

実は見ていない? 思い込みで作られた記憶で苦しむメカニズムを知りましょう!

私は対人不安や社交不安症に悩んでいる人のカウンセリングを多く行っています。社交不安のカウンセリングにおいて重要視していることの1つに「観察することの大切さ」をあげています。具体的には、自分の見たもの(見られたこと)の感覚や記憶は、情報として正しく入力がされているかどうかを一緒に確かめます。

「私はいつも話しているときにネガティブな表情で見られることが多いです。きっと、私のアゴがガクガク震えているのを見ているんだと思います・・。」という悩みをもっている社交不安症の女性の事例です。

クライアントさんには、4名(女性2名・男性2名)の聞き役の人の前で「先週の休日」についての話を3分ほどしてもらいます(話のないよについてはカウンセラーと事前に確認済)。この間のクライアントさんと聞き役の人の顔はビデオ撮影をします。また、クライアントさんも聞き役の人も事前に練習しているところ(顔)をビデオ撮影しています。

3分のスピーチの後に、聞き役の人は退室してもらい、聞き役の人のイメージなどについて感想を言ってもらいます。その後、12名分(男女6名分ずつ)の顔写真を出して、聞き役の人が誰だったかを選んでもらいます。最後に、無音声の状態でビデオを再生して一緒に見て、聞き役の人の表情や自分自身の顎の震えなどを確認します。

スピーチを終えた際の感想は、「うまく話せなかったし、やっぱり、面白くなさそうな顔でほとんどの人が聞いていた気がします。特に、男性は嫌そうな顔でした・・」というものでした。12名分の写真から4名を選ぶ課題については、かなり迷って4名分を選びましたが、正解率は50%でした(男性2名分が不正解でした)。

とても不思議な結果だと思いませんか?

数分前には目の前にいた人で、かつ、男性は嫌そうな顔だと断定しているにもかかわらず、男性の顔写真を正しく選ぶことはできなかったのです。ここで疑問がわいてきます。本当に顔の表情を見ていたのであれば、正しい顔写真を選べるはずなのに・・何故でしょう?

実は、社交不安傾向が高い人は、否定的な顔の表情に一瞬だけ視線が向いてしまうのですが、すぐに見ることをやめてしまいます。つまり、ほんの一瞬だけみて、あとはそのような表情をする人の顔を見ないようにしていることがわかっています。短時間ではありますが、12名の顔写真から正しい顔写真を選べるほど、相手の顔をじっくりとは見ていないということです。また、顔を見ていないにも関わらず、「嫌そうに見られていた」と思い込んでしまう特徴もあると言えます。

客観的な証拠(録画映像)で自分の思い込みを打ち破る!

この記事の冒頭でも書きましたが、自分がどう思われているかということは「相手の表情や仕草などから読み取る」といういう、個人的な推測に基づいていることがほとんどです。事例で紹介した女性の場合は、実際には顔をあまり見ていないにも関わらず、「嫌そうな顔で見られていた」と思い込んでいたわけです。特に、緊張しながら話している時は心に余裕がないので、ネガティブに感じてしまったのだと思われます。

事例では3分のスピーチが終わった後に、ビデオフィードバックを行いました。まずは、自分が話している時にアゴがどのくらい震えているのかということを観察してもらいました。ビデオを見る前に、「どのくらい震えていたと思いますか?」と尋ねると、「漫画のようにガクガクしていて、ずっと震えが止まりませんでした・・」と自己評価をしていました。「練習の時はどうでしたか?」と尋ねると、「今井先生の前で話すのは慣れているし、ほとんどガクガクしなかったと思います」と自己評価をしていました。

練習場面とスピーチ場面の録画は無音声で一緒に見ることにしています。再生して数十秒後に、「この映像は、練習場面ですか?スピーチ場面ですか?」と聞きました。「これは練習場面です」と答えられました。もう1つの場面を再生して同じ質問をした時に、クライアントさんが「え?どっちが練習場面ですか・・?」と驚いていたのです。私が提示した順番は、「スピーチ場面」の次に「練習場面」を提示しました。つまり、自分のアゴがビデオで見る限りでは震えていなかったことに驚いていたのです

聞き役の人の顔についても、同じように一緒に確認をしてみました。冷静になって「観察」を行った結果、「嫌な顔はしてないですね・・・あれ、おかしいなぁ・・」と不思議がっていました

このビデオフィードバックを用いたカウンセリングをきっかけに、このクライアントさんは、自分の思い込みで自分を追い詰めていることに気づくことができました。また、このカウンセリングでは、メタ認知療法という介入方法を適用し、状況への再注意法(Situation Attention Refocusing)を用いて、相手の顔や周囲の環境をじっくり観察しながら話す練習をしました。さらに、スピーチをするときには、「どう見られているか」ということよりも「どう見せたいか」ということに目的をおけるような考え方を獲得することができたようです。カウンセリングの最終日には、「アゴが震えていることに神経を使うことよりも、伝えたいことを伝えられることに神経を使うことの方が重要だから、震えていたとしてもそのことは仕方がないと思っています。自分がどう思われるかということに神経を使うことも同じことだと思います!」と堂々と話されていたのが印象的です。

今日のポイント

どう思われているんだろうということに気を奪われていると、見ていないことでさえ「思い込み」で自分を傷つけてしまいます。自分の感情や感覚と距離を取りながら、客観的に観察する態度があれば、対人不安は和らいでいきます。

講演会などでは数百人の前で話す機会が多くあります。今では誰も信じてくれる人はいないですが、私は人前で話すのが本当に苦手でした。社交不安の研究をするようになり、「どう思われるか」ということよりも「わかりやすく伝えたい」という思いやりの心で講義をするようになってからは、無用な不安はなくなりました。
社交不安症で悩む人は非常に多く、症状も様々です。社交不安症は克服するためには、思い込みを捨てることが大事になりますが、思い込みは人から諭されても、なかなか変えることができないのも実情です。もし、自分なりに頑張ってもなかなか改善できない場合は、症状が長期化する前に専門家を頼るのも1つの選択肢だと思います。

対人不安のご相談|チャームポイント Lab.

関連記事の紹介|cotree 


心理学の知識を楽しくご紹介できるように、コツコツと記事を積み上げられるように継続的にしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。