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「社会的インパクト」に混ぜられた変なものを切り分けるために

お仕事で「社会的インパクト」と言葉を発することがあります。そうすると様々な反応があります。

それはNPOの事業をする上で意識していないといけないですね。

とか

あー、社会的インパクトとか真顔でいう人、信頼していないんです。

こういう人もいます。

どっちの言い分もわかります。

肯定する人は、事業が意図する対象者の変化を明確にすることで事業の社会的意義を明確にしたり、それによって資金や人材を獲得しようと考えているのだと思います。もしくは、事業が対象者に有効かどうか評価することで改善につなげたい思いがあるのかもしれません。

否定する人は、対象者に意図した変化を押し付けることが本当の支援か?とか、変化ありきの支援ってニセモノの支援じゃない?といった、支援することの根本の問い直しの目線なのかもしれません。もしくは市民活動とは、隣人のほっとけないといった気持ちから始まるものなので、その活動による変化を測るのはおかしいといったことかもしれません。

どっちが正しくて、どっちが間違っているとかではなく、発言者の視点の違いなだけかなと思います。

とはいえ、仕事で私が「社会的インパクト」と言う時には、その否定側の視点で検討したかを意識しています。それは、実務では、変なものと社会的インパクトが結び付けられて混在していることが多くて、否定側の視点を持つことでそれを切り分けることができるからです。

これについていくつか例を挙げてみます。

対象者のポジティブな変化が前提になっていないか

ポジティブな変化が前提になってしまうと、それを誘導する支援に暗黙的につながってしまいます。

例えば、貧困家庭の訪問支援の場合、「部屋が整頓されていること」「笑顔の時間が多いこと」が対象者の変化を測る指標になっていたりすると、整頓をうながす支援につながったり、訪問時に笑い話をたくさんするなど、目的と外れた支援につながってしまいます。

部屋が前回よりも乱雑になっていたとしても、無理して笑わさなくても、それよりも対象者と支援者がコミュニケーションができている関係性が続いていることの方を社会的インパクトとしてとらえる方が適切なことが多いです。

本来、対象者のために考えるべきことなのに、自分たちが思いついたこと・自分たちでできること等、自分たちのために考えられてしまった社会的インパクトを区別する時に、「それってニセモノの支援じゃないの?」という否定側の視点は役立ちます。

活動の結果を社会的インパクトと言い張っていないか

「対象者のスキルアップのために研修を100回する社会的インパクトがでました!」と言い張っている人がまだまだ多いです。

社会的インパクトは対象者の変化ですが、堂々と活動の結果イコール対象者の変化としている指標設定をよく見ます。

「対象者のスキルアップを変化としてみなすなら、テストをしたり、事後にスキルが役立ったことを確認するヒヤリングとかしないとわからないですよね?」とお伝えしてもスルーして研修の回数を社会的インパクトと言い張るのです。

そうした人の言う社会的インパクトは、本当に対象者のことを思っているものではなく、自己満足でなりたっているので、否定側の視点を持つことで簡単に区別することができます。

ラクして・まるっとお金だけ欲しいと思っていないか

助成金をうける際に社会的インパクトを明確にすることが多いです。助成金は、数ある申請から審査をして選考されるので、より多くの対象者に効果がでそうとか、より困難を抱えている対象者を支えることができそうといった、こんな社会変化が起きることを望んでいるよと、どうしても出さないといけません。

実際、そうした活動は優劣つけられないものです。そこを選考過程で無理矢理、採択・不採択を決めざるをえません。有限な資金を分配するために必要なことです。

そうした時に「市民活動に資金提供するのであれば、社会的インパクトうんぬん言う前に、細かいこと決めずに試行錯誤ひっくるめて理解した資金であるべき!」と思ったり、言っている人がでてきます。

そういう考え方もあるかな・・・と一瞬思うかもしれませんが、実務でそうした人に向き合った時に「何のためにやっているの?」と問うてみると、だいたいよくわからない回答しか得られません。

「ごちゃごちゃ言わず任せてよ!」というなら、すっと腹落ちする説明して欲しいなと思いますし、「そんな簡単に説明してわかることではない!」と言うなら、事業にいたる長いストーリー聞かせてよ、こっちで読み解くからと思います。

実際、本当に長いストーリーを聞いて読み解いていくと、とても意味のある活動とわかることはよくあります。わかりやすい説明が必ずしもいいというわけではなく、わかりにくい説明でもきちんと聞いて理解しようとする姿勢はとても大事です。

しかし、ほとんどは説明や長いストーリーも提供せず、まるっとお金だけ欲しいという気持ちを社会的インパクトの否定とまぜているだけです。

プロジェクト管理・タスク管理ができないことを社会的インパクトのせいにしていないか

「スケジュールを立てて、それ通りに変化を起こす計画をたてるなんて意味がないニセモノだ」と言う人もいます。

これは「1年やって変化がでるかもしれないし、でないかもしれないです」なら理解します。新しい活動などはそういうこともあるでしょう。

でも、こういうこと言う人の多くは、「1年の間にやるかもしれないし、やれないかもしれないです」と脳内変換されていることが多いです。

つまり、「やれる時間ができたらやるよ」とか「超忙しいからできるかわからない」といった、プロジェクト管理・タスク管理できない人の逃げになっているケースがあります。

これも、その人のタスク管理能力のなさと、社会的インパクトを一緒に語るのは筋違いですから、実務でこれ言っている人いたらタスクレベルで見て一般的なパフォーマンスで作業が進めることができているのか確認をすることが大事です。

混ぜられた変なものを切り分けることができると、うまくいく

これまで実務でよく出会う、社会的インパクトに混ぜられがちな変なものについてお伝えしてきました。

混ぜられた変なものを切り分けることができたあとは、その事業はとてもよくまわっていきます。

それは、対象者のためにメンバーが考えられる状況が整ったからかもしれませんし、やれないかもしれない・・・から、やるためにどうしたらいいのかコミットメント度合いが高まっているからかもしれません。

素直に社会的インパクト創出に向けて取り組むことで、NPO本来の活動に立ち返ることができると私は信じています。

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