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猫の車掌、海と空

車窓から流れる外の景色は、いつもよりなんだか青色っぽく見えた。

一直線に並ぶ水平線は、空と海の境界線に混じって溶け始めている。所々に浮かぶ雲が、静かな水面に反射する。どこまでいっても、染み渡る青と白ばかり。遠くの方に、白い教会が見える。眩しい午後の陽日が窓から染み渡って、木目張の車内の中に影と光の波を描き出している。潮風が、頬を伝う。海の匂いが線路のすぐそばまで来ているみたいだ。私は持ってきた小説をカバンにしまうと、しばらく外を眺めてぼーっとしていた。
目的地はない。私は知らぬ間にこの列車に乗ってきて、そしておそらく知らぬ間にこの列車から降りるのだろう。学校の制服のままきてしまった。赤いリボンが、胸の上にちょこんと座っている。

少しすると、猫の車長さんが切符を切りに来た。私は少し慌ててしまった。だって、切符なんて買った覚えはないのだから。

「すみません、切符を持ってません。」私は言う。

「けれどね、お客さん。ポケットの中に入っているものは何ですか?」

電車の車輪の回る音。そしてまた潮風。
私は自分のスカートのポケットの中に手を入れた。そこには、四角い紙みたいなものが入っていた。

猫はそれを受け取ると、パチンと穴を開けた。

「大丈夫です。みんなはじめはそう言うんです。自分が切符を持ってないと思い込んでるんでしょうな。いいえ、持ってるんです。なんてったってこの列車に乗り込んだんだから。」猫の車長さんはそう言うと、別の車両に消えていった。そして、すぐに戻ってきた。
「あっ、そうそうもう少ししたら列車止めますね。少し休憩です。」
そしてまた、別の車両に消えていった。

私は、しばらく切符を眺めていた。黄色くて四角くて、丸い穴が空いている切符を。やはり行き先は書いていない。そして、自分が乗り込んだ駅の名前も。

そして、列車が止まる。しばらくすると、猫の車長さんが海の上にテーブルを出しているところが見えた。私はそれを眺めていると、車長さんは手招きをして私を呼んだ。

「いいところでしょう。とても綺麗でしょう。私はここを通った時いつも少しばかり休憩するんです。あっ、急いでましたか?」

私は全然と答えると、車長さんはそれは良かったと言った。

「とても疲れていたんです。今すぐにでもどこかに逃げ出したい気分だったんです。布団の中に入るだけで、少しずつ涙が溢れでてしまいそうな気持ちだったんです。一秒一秒、生きることが少しずつ怖くなって、最後には一歩も動けなくなってしまったんです。」
私は言葉を吐く。

猫の車長は白いティーカップを傾けながら、私の方を見た。

「少し休みましょう、この先はまだ長いです。いいじゃないですか、ゆっくりでも、止まっていても、逃げ出しても。今、降りてしまうのはあまりにも早いですよ。終点まで行きましょう。私も一緒に行きます。」

頬を伝った涙が、海に吸い込まれていった。
やがて、長い年月をかけて塩になることを願って。


映画を観に行きます。