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俳句は生きる姿勢 ~俳人 仲栄司さんに聴く(2)俳句とイノベーション

ここまで、「俳句は生きる姿勢である」という、俳句を真正面に見据えた俳句観についてお話を伺ってきました。ここから、「物事は多面体である」という栄司さんの言葉に習い、別の角度から俳句を捉えていきたいと思います。

俳句とイノベーション

ーー 俳人としての活動以外に、どんなことをされていますか?

昨年、大手企業を定年退職して、今は、準公務員という立場で、新しい仕事をしています。加えて、「熱帯と創作」という、東南アジアにおける日本の文人を中心とした作品鑑賞の連載も執筆しています。あと、10月からは障がい者の就労を支援する企業の顧問も務める予定です。それから、友人と新しく「安心して失敗できる場づくり」を始めようかという話もしています。

ーー ずいぶん様々な活動をされているのですね。そうした活動と俳句との接点はありますか。

好きなことをすぐやろうとするのですが、最近はもっと家族のことを考えて行動をと反省しています(笑)

接点というところでは、最近、新しい仕事で「1分間スピーチ」ということで話す機会があったので、「俳句とイノベーション」という話をしました。

そもそも、イノベーションとは何か。最初は、何か新しいことを発明することだと思っていました。しかし、どうも違うようだと。調べてみると、一般的には「新たな価値の基軸を打ち立てること」と言われているとわかりました。「価値の軸を変える、ずらす」とも言えるかもしれません。

そのとき、これは俳句だ!と思いました。先ほど、俳句で最も重要なのは「着眼」ではないか、という話をしました。着眼、つまり、何に感じて着目するか。これが俳句の出発点で、個性になっていくものです。そして、良い「着眼」とは、人とは違うものの見方、感じ方があること。つまり、これまでの価値の軸をずらしたり、新たな軸を打ち立てたりしていることなのです。

ーー なるほど! たしかにそうですね。

それと、もう1つ。イノベーションを起こすときに大事なのは、「変えてはいけないものは何か」を見極めることだと。

これは、俳句に当てはめると「有季定型」です。有季、すなわち、季語を入れることと、定型、すなわち、五・七・五で詠むこと。この2つです。これを逸脱すると、俳句ではなくなります。俳句という定型詩を選んだ以上、「有季定型」は変えてはいけないものです。

変えてはいけない「有季定型」という詩形の中で、人と違う着眼によって新しい軸を打ち立てる。こう考えると、俳句にはイノベーションが重要。というか、良い句には、常に小さなイノベーションが起こっている、と私は思うのです。

ぎりぎりの裸

ーー 新旧が交差するところに、イノベーション、つまり良い俳句が生まれるということですね。

一つ例を挙げますね。私が好きな句に、櫂未知子さんのこういう句があります。

ぎりぎりの裸でゐるときも貴族 櫂未知子

この句の季語は「裸」、夏の季語です。句またがり(文節が、五・七・五になっていないこと。この句は、五・九・三)ですが、きちっと十七音にまとまっている。つまり、「有季定型」の形を守っています

同時にこの句は、「裸」という言葉が持っている本来のイメージ、たとえば、淫ら、とか、はしたない、という価値の軸を、「貴族」と言い切ることで見事にずらしている、いや、新しい価値の軸を打ち出しています

ここに着眼のポイントがあり、発見があるのです。この句からは、はしたなさとはほど遠い、人間の気品を感じるのではないでしょうか。「ぎりぎりの裸」にもかかわらず。

「ぎりぎりの裸でゐるときも貴族」。こういうイノベーションを感じる句を、私は詠んでいきたいと思っています。

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失敗できる場

ーーいま日本中が起こそうともがいている「イノベーション」が、この短い詩の中で起こっているというのは面白いですね。小さな実験室みたいです。

俳句もビジネスの世界も、一緒だと思うんです。なぜなら、経済活動自体は本来、広い意味で文化と不可分だから。

俳句でもビジネスでも、イノベーションを起こすには、相手や自然を尊重し、多様性を受け入れ、自分の常識を疑い、違和感にこだわり、失敗する。そういうことが大切だと思っています。同じなんだと思います。

ーー 失敗する、も大切ですね。

イノベーションに、失敗は必要です。そのためには、安心して失敗できる「場」が大事だと考えています。

仕事でいうと、それは職場です。だから「たくさん失敗しろ」と私は思っています。失敗すると、弱い人の気持ちがわかるようになる。それが価値の軸を増やすし、想像力を高めるからです。イノベーションには、それが必要なんだと思います。それでいま、若い人たちが安心して失敗できる場をつくっていきたいと考えているんです。

俳句でいうと、それに当たるのが句会です。俳句では、たくさん作ってたくさん捨てろ、と言われます。私も、たくさん作って、たくさん捨てています。いろいろ試して、たくさん失敗する。そして、また挑戦する。みんな、それを繰り返しているのです。

失敗がイノベーションを生む。それは、俳句も、仕事も、同じなんだと思います。

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俳句とビジネスは、つながっている。つながることで、お互いに学び合うことができる。両方の世界に根差してきた栄司さんだからこそ見えるその架け橋に、豊かな知恵が行き来する。そんな世界が見えるような気がしました。(つづく)


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