生ビールを ふたつ ください。

きょうは、ひさしぶりにビールを飲みました。U国では3月下旬に新型コロナウイルス感染拡大対策で、スーパー、食料品店以外がほぼ閉まって、酒屋も閉まってしまいましたが、そのとき以来です。酒屋自体は、もう少し前から再開していたと思うのですが。

さて、ビールという言葉自体について言えば、日本語初心者がこの言葉を書くのに、ひらがなで「びいる」にしてしまったり、また、長音の区別ができなくて「ビル」になったりします。

しかし、それ以上に、日本語を教えていて気になるのは、「日本人って、いつもお酒を飲んでるなー」ということです。教科書の会話練習などで、お酒が好きです、お酒を飲みました、というのが、けっこうな確率で登場すると思います。たしかに、日本に留学することがあれば、飲み会も多いので、日本語学習者も最初から勉強しておいた方がいいのでしょうか。

ただ、U国は、かなり世俗化しているとはいえ、イスラム教徒がほとんどの国。特に女性はお酒を飲まないので、お酒関係の例文が女子学生に当たると、いつも、ごめんねと心の中で謝りつつ、練習してもらっています。たまにいるお酒好きの男子学生は、嬉々として練習していましたが。

じゃあ、教科書に出てくるダイアローグなどをU国風にすればいいのではないか、という考え方もあると思います。この場合、学生は、自分にとって、違和感のない例文を学習することができ、それを実際にT市街に出て、自分の頭の中で思い返したり、日本語学習の仲間と話したりできるかもしれません。

でも、一方、私がかつてロシア語を勉強したとき、ダイアローグの中の世界は完全にロシア風で、日本語に訳しても良く分からないことが多かったように思います。でも、ロシアに留学したりして、ロシアを知ってからようやく、大昔に学んだ文章が肌感覚として腑に落ちたこともありました。分かるまで時間は掛かりましたが、そうやって勉強したロシアの雰囲気は、ずっと頭の中に残っているように思います。

こう考えると、教科書のダイアローグを、日本風、U国風どちらにするか、という単純な問題ではなく、学習してから相当年月が経ってもそこに書かれた雰囲気を思い出すような、何か深みとでも言うべきものが、教科書の文中にあるべきではないかと思います。具体的な案が自分にあるわけではありませんが、例文を作るときには、単に文型の練習ができれば良いというのではなく、生活の息吹が感じられたり、自分の感情が込められたりという、そこに人間がある文章にしていきたいなと思います。

ビールを飲んで、いい気分で、大言壮語になってしまいました。皆さんも、良い夜をお過ごしください。

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