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【旅日記】会津桐下駄を買って履いたら、時間がゆっくり流れるのを感じた(福島県/郡山〜喜多方)

休日、昔ながらの下駄を履いて、町中を歩いたり、電車に乗ったりしてみた。なんだか自分が世の中から浮いているように感じた。現代人がセカセカと何かに追われるようにして足早に移動しているように見えた。

下駄を履いて歩くと、普段履いている西洋の靴のようにスタスタと歩くことができない。西洋の靴と同じ感覚で下駄を履いて歩くと、足が痛くなってくるからだ。カラン…コロン…と下駄ならではの音を鳴らしながら、ゆっくりと歩を進める。裏底にはゴムを付けないほうが情緒を感じられる。

下駄を履いてゆっくり歩いたとき、自分の周りの世界までゆったりと流れているような感覚になる。小鳥のさえずる音、建物から伸びる影、いつもと同じ道のはずなのに周りが違って見える。一方で、この緩やかな流れとは逆行する、他人のスタスタと歩く姿を見てしまうと、世間がなんだか忙しなく動いているように感じてしまう。自分と世間で流れる時間と速度のギャップ。これが違和感の正体だ。

このように、伝統工芸品に触れると今まで気づかなかった感覚を得ることがある。今回はそんな「会津桐下駄」を手に入れるまでに至った旅の記録を綴りたい。

会社帰りの金曜の夜。東京駅から東北新幹線に飛び乗って、福島の郡山まで行くことにした。郡山は前泊するために泊まるのであって、今回の目的地は「喜多方」だ。喜多方と聞いてみんながイメージするのは、やはり喜多方ラーメンだろう。だが、他にもある。会津桐下駄だ。猛暑が続く夏、素足で下駄を履いて歩けたら涼しかろう。そして、できることなら良質な下駄を現地で購入したいとも思った。これが今回の旅のきっかけだ。

会津桐は、全国でも良質な桐として知られる。東北に位置する会津地方は、盆地で夏は暑く、冬はとても寒い。この寒暖差が良質な桐を育む。そして、この桐から作られる会津桐下駄もまた、下駄として一級品というわけだ。しかし、街中で下駄を履く人を見かけないことからわかるように、下駄の需要は近年激減している。また、伝統的な桐下駄を作る職人も年々高齢化、引退することも少なくない。その中で、今でも下駄の製造から販売までを行っている、喜多方で唯一の下駄屋が「黒澤桐材店」だ。

夜中の10時、東京駅から約1時間。郡山に降り立った。普段なら東京駅で夕食を済ませてしまうところだが、今日は違う。郡山は福島県最大の都市であり、いろいろな店が駅前にある。せっかくなので、夕食も郡山の店を訪れてみたいという思いがあった。

駅前のバスロータリーに出て、周りを見渡してみると、花金だからかお酒に酔った若者たちが、ベンチに座ったりしながら楽しそうに談笑している。郡山の町を歩いたことがないので知らなかったが、若者で賑わっている街だ。

赤い提灯とベンチに座る若者たち

駅前の商店街には提灯が立ち並び、夏祭りの様相を呈していた。どうやら、来週の休日にお祭りがあるみたいだ。ある意味、お祭りのタイミングを外して来られてよかった。お祭りの日だったら、もっと人でごった返していたことだろう。

駅前の商店街を抜けて宿泊するホテルの方面へ歩いていく。横道に入ると、何やら大人の遊び場的な通りに入ってしまい、キャッチのお兄さんがどうですか?と声をかけてくる。顔を合わせたくないので、顔を下に向けてそそくさと足早に通りを抜ける。お店は最初からここに決めていた。「辰美」という居酒屋さんだ。カレー南蛮そばが美味いらしく、気になっていた。

路地裏を歩いていくと
昭和の雰囲気を醸し出す暖簾のかかったお店が見える

暖簾のかかった昭和の雰囲気を醸し出す店に、一瞬躊躇しながらも扉をガラガラと開く。中には先客がすでにいた。幸運なことに数席まだ余裕がありそうだ。カウンターの席に座ると、左側には2人連れが、右側には1人客が、それぞれカレー南蛮そばをすすっていた。やっぱり人気なんだな。私も同じものを注文することにした。

味がある店内
なんだか演技が良さそうな飾りが

ちょっと人見知りのご主人が言葉短かにハキハキと注文や会計をこなす。そして、たまに目の前においてあるビールの入ったジョッキでぐいっと一杯やる。この雰囲気がなんとも言えない。しばらくすると、お待ちどうさまという声とともに、カレー南蛮そばがやってきた。ゴロッとした鶏肉、太めに切られたネギ、なかなかにボリュームのある一品だ。そばをすすると、やや甘口の優しい口当たりのカレー南蛮だ。味から人気なのがうなずける。

ボリューム満点だったので、半分のサイズを注文すればよかった

慣れない居酒屋で蕎麦をすすり、お腹がはち切れるくらいいっぱいになったところで店をあとにする。今日は近くのホテルに泊まった。

翌朝、磐越西線に乗って、会津若松を経由し、喜多方までやって来た。駅に到着したのは8時ちょうど。駅から5分ほど歩いたところに、今回の目的地「黒澤木材店」がある。朝8時からやっているので店内を覗いてみたが、店先には誰もいなかった。ごめんくださいという一言を発すればよかったのかもしれないが、なんとなく躊躇してしまいそのまま店を後にした。タイミングが悪かったと思うことにした。ふと、朝ごはんがまだだったことを思い出して、ラーメンを食べに行くことにした。

喜多方駅
駅近くにレンガ倉庫らしきものが見える

喜多方ラーメンと言えば「坂内食堂」。坂内食堂のラーメンを食べずして、喜多方ラーメンを語ることはできない。そんな存在だ。店構えは暖簾のかかった昔ながらの中華そば屋さんといった感じ。店内に入ると朝ラーメンを食べに来た客で賑わっていた。先に注文してお金を払うスタイル。お金を払うと、幸いなことにほとんど待たずしてカウンターの席に通された。

客で混んでいたが、店の人たちが手際よくテキパキと注文を捌いていた。席に着いて程なくしてラーメンがやってきた。早い。澄み切った琥珀色のスープに、手揉みの縮れ麺。イメージした通りの喜多方ラーメンだ。まず、スープを啜るとスッキリとしたまろやかな塩味。真夏の朝、汗をダラダラ流してここまで来たので、この塩気が体に染み入る。続いて麺をすすると、プリッとした弾力のある麺で、スープが絡み合ってとても美味しい。飽きのこない味だ。坂内食堂が長く愛される理由がよくわかる。

腹ごしらえをした後、市内をブラブラすることにした。喜多方には昔の蔵が現存しており、通りを歩くと様々な種類の蔵が見られる。街の通りもどことなく江戸時代の残り香を感じる佇まいだ。喜多方市美術館にも行こうとしたが、門の前まで来て「休館日」という文字。頭が真っ白になった。猛暑日に汗をダラダラ流しながら20分以上時間をかけてここまで歩いてきたのに。急に疲れがどっと押し寄せた。しょうがないので、もと来た道を引き返すことにした。

喜多方市美術館。あれ?
えっ!閉館中…。

11時ごろ、昼が近づいてくる頃合いに、再び黒澤木材店におもむいた。ちょうどお店に宅配便が届いたタイミングで、店主の方が対応していた。その横で商品を眺めていた。宅配の人とのやり取りが終わると、お店の人が私の方を振り返って「何かお探しですか?」と優しい言葉をかけてくれた。年の頃なら60歳は超えているおじさん。

「オーソドックスな昔ながらの下駄を探しているのですが…」「2枚歯の下駄ですか?」「そうです、そうです」と答えた。「最近、昔ながらの下駄のほうがいいって言うお客さんがいてね」とちょっと嬉しそうにおっしゃっていて「まさしく、私もそうなんです!」と答えた。

2枚歯の下駄を出してくれて、「これだと下駄本体が6, 7千円くらい、鼻緒をすげると大体一万円くらいになります。下駄を履くのが初めてなら、まずは1万円くらいの下駄がオススメですよ」と私の懐事情を心配してくれている様子だった。3万円の予算を携えてやってきているので、そのくらいの値段は織り込み済みだ。むしろ安いくらいだ。

「下駄の値段っていうのは、年輪の数で決まるんです。一本1,000円の計算で、この下駄だと1, 2, …, 6本で六千円って具合に。こっちの下駄だと、大体2万円くらいですかね」と教えてくれた。「年輪の数が増えると何が違うんですか?」と聞いてみると、少し間をおいて「見栄…ですかね、数が多いほうがかっこいいでしょ」と言っていた。

実物を見ると全くその通りで、年輪の数が少なすぎるとなんだか野暮ったく見えてしまう。あと、年輪が多いほうが密度が高くなるので、耐久性に優れるのではないかとも思ったが、それは口には出さなかった。それを言わないおじさんの優しさを感じ取ったからだ。もし1万円の下駄を選んだなら、性能で見劣りしているとお客さんに感じさせてしまう。そういうことだ。

見た目の良さで「こちらの2万円のほうが欲しいです」と恐る恐る言ったら、「なら、鼻緒もつけて2万円に負けとくよ」といってくれたので、お言葉に甘えて2万円で購入させてもらうことにした。「お時間は大丈夫ですか?」と聞かれたので、「特に急いでいないので大丈夫ですよ」と答えた。

普通、下駄は鼻緒がすでにつけられた状態で売られている。だが、黒澤木材店では違う。下駄に鼻緒がついていない。これは、お客さんの足に合わせて鼻緒をつけてくれるからだ(これを鼻緒をすげると言う)。靴屋さんで足の採寸してくれるように、下駄屋さんでも同じことをする。だから時間がかかるのだ。

鼻緒を手際よく下駄に取り付けていく。30分くらい時間をかけて調整していたと思う。それまでにいろんな会話をお店の人とした。

8月から祭りシーズンが始まるようで、連日祭りなんですよという話を聞いた。平日に大人たちが祭りに参加するために会社を休むそうだ。このシーズンは仕事にならないことを企業も暗黙的に了承しているらしい。中でも、自営業の人たちは自分で裁量を決められる分、人手として駆り出される。祭りになると、朝は準備、午後からは祭り、そして夜は飲み会という流れらしい。

一方、地元の子供たちはというと、最近の子供たちはあまりお祭りに参加しない。お祭りに参加すると図書カードなどの金券がもらえるのだが、今の子供たちには興味がないのかもしれないですねとちょっと残念そうな表情で話していた。
お祭りのシーズンが終わると、一気に冬の到来を感じる季節となり、わびしい感じになるとおっしゃっていた。

最後に、下駄を履いて帰りたいと言ったら、お店の人がちょっと嬉しそうな表情を見せた気がした。私も思わずほっこりした。

途中で寄ったお茶屋さん
なんだか歴史を感じる
道端にレトロな看板が。
水戸黄門
会津若松駅 - 地元民おすすめの観光スポット①
会津若松駅 - 地元民おすすめの観光スポット②
会津若松駅 - 地元民おすすめの観光スポット③
「SAMURAI CITY AIZU」なんかかっこいい。


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