長期療養への決意!きっと良くなる!〜治療開始へ〜
とある日、本当に突然に。
突発性難聴
と診断されたのだけど。
四六時中、キーンと甲高い耳鳴りと両耳が詰まった感じに加えて聴こえにくさの症状まで実に様々。
わたしは最初は目眩発作の症状が前駆症状であって。数日間は半回転の目眩が続いて、どうにもこうにもならなかったのです。
耳は平衡感覚を司る器官。
耳の奥には内耳、三半規管というカタツムリ状のものがあって。人間にとっては、とてつもなく大切な平衡感覚を維持してくれる大事な役割を担っている器官です。
しかし。
そこが障害をうけると、ふらついて、まともに歩けなくなったり。身体を支えることができなくなったり。
それだけじゃなく、ご飯を食べるときもお箸で食べようとしても上手に摘むことができなかったり。口もとまで箸を運ぶことさえ上手くできない。いつもなら簡単にできるコンニャクや豆さえも。うまく食べられない。そんなこともあって、お箸からスプーンに切り替えて食事をする生活へチェンジ。
字を書こうにもバランスが取りにくかったり。書きにくかったり。手にもチカラが入らない。
歩くにしても支えがないと歩けず。室内は壁を支えに。外出するときは傘を杖代わりにして歩く。
ちょうどタイミングよく梅雨の時期だったので傘を持って歩いていても誰も不思議に思わなかったのが幸いでした。
そんな大切な器官が障害を受けてしまったのだけれど。病院でする治療といってもステロイドや血流改善のクスリを出されるくらい。
わたしは軽度の難聴で内服しながら自宅療養をしています。
ステロイドの内服は約2週間。
早期に治療できたおかげで聴力の低下は防ぐことができました。
しかし。
感音性難聴になると、なかなか回復するのに時間がかかる。聴こえているのに音としてハッキリと認識できなかったり。聴き間違いをすることが増える。
原因不明で明確な治療方法もない病気ということもあって。わたしは元々、通院していた鍼灸院で治療をすることになったのです。
ふらふら状態の身体で。やっとの思いで、ほぼ毎日通院。しかも、自分で車を運転して!
今、思うと。あんなフラフラ状態で、よく行けたなと自分で自分を褒めてあげたいくらい。
難聴って芸能人が罹患してテレビのニュースで話題になったこともあって。前々から知ってはいたけど。
いざ、なってみると生き地獄状態!
耳鳴りが酷いとテレビの音やスマホのプッシュ音さえ聴き取れない。おまけに自分の名前までも聴き取れないという世界。
梅雨の時期で毎日、滝のように雨が降っていたのだけど。その音さえも耳鳴りでかき消されていく。耳が詰まった感じも加わると、なおさらのこと!
もし、聴こえなくなったらどうしよう。
社会から孤立したみたいで独りぼっちの世界。
生まれてはじめての経験。
疎外感が半端なくて。
毎日が不安で。心細くて。辛くて。
しかも。ひとり暮らしだし。
そばにいてくれる人は誰もいなかった。
それが余計に不安を招いて負のループに。
針治療をしたら、きっと良くなる。こんな辛い想いして頑張っているんだから早く治る!
そう自分に言い聞かせて。
だけど。いくら頑張っても治療の結果は出ない。
治療費もかさみ20万ほど費やしても。あまり良くならない。
針治療は効果がないのでは?
頭の中に、この言葉が浮かぶ。
今まで9年間。ほかの病気でも治療してきたし。
きっと良くなるって自分に言い聞かせて頑張っていたのだけど。3ヶ月に渡って、ずっと、ひとり暮らしをしていて。
もう、いい加減。心も身体も限界!実家に帰ろう!
そう決断できたのも。鍼灸師の先生の心遣いも気遣いもない言葉や態度に。わたし自身が疲れきってしまったから。
頑張って治療しよう!
って。正直言って思えなくなって。この人に私の身体を、ずっと預けていて良いのだろうか?
このまま自分の身体にあった治療ではなくて人体実験みたいに。あーでもない、こーでもないと言いながら治療を続けていくのか。
わたしの体調が不安定ということもあって。鍼灸師の先生はお手上げ状態。
「僕の読みが甘かった。ほんとなら、もっと良くならないといけないはずなのに。もっと良くなるはずなのに。申し訳ない」と。
それに加えて
「梅雨だから治らないんだ」
「もとが悪いから治らないんだ」
たしかに。
わたしは持病持ちだけれど。そんないい方ある?
いくら治療が上手くいってないからって。八つ当たりみたいに患者に対して、そんなこと言う?
もう、呆れて何も言えなかった。
それからというもの。鍼灸師の先生とは信頼関係も崩れてしまって。必要最低限の会話しかしなくなって。
いつしか針治療に行くことさえも嫌になって。
だけど。
やめるキッカケをみつけることができなくて。結局ダラダラと続けてしまう。
8月。大型台風が四国を直撃してくれたおかげで私は針治療を辞めることができました。【台風を理由にして治療に行けませんと言ったきり、そこから疎遠に…】
そして。
新たに別の選択肢と出逢うことになるのです。
自分に合った治療方法を見つけるって。
簡単なようで実は難しいことだなと。
身をもって経験しました。
それに相手との相性もあるし。
うまくいっていれば何も言うことはないのだけど。ストレスになると毎日が辛くなって。本当に、これでいいのかな?と。頭の中でぐるぐる考え込んで。
そんな時、誰かに相談したら良かったのだけど。
できる相手もいなくて。
ずっと。
1人で抱え込んで。
うまく治療がいってないだなんて。親にも友だちにも職場にも言えず。
もっと早くに相談しとけば良かったのかな?と。今になって思ったりもするけど。
その時の私には余裕なんて言葉は一切なくて。
何かに洗脳されてるかの様な毎日だった。
何が言いたいかっていうと。
自分の直感には従ってもいいんだな。アレ?これ、おかしいなって思ったら1度、立ち止まってもいいんだよ。無理してまで、突き進めなくてもいいんだよ。
って。
あのときの自分に言ってあげたい。
まだまだ完治には遠いけど。
自分にあった、やり方で。
この病気を。
いつか克服できますように。
突発性難聴の後遺症と向き合いながら社会生活をしています。聴力障害あり。趣味のカメラと、わたしの生きたしるしを残しています♪