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21世紀の今でも―中国・ベトナム間人身取引の現実

大きな隣国、中国と国境を接するベトナム。ベトナム人の対中警戒感は日本でも良く知られたところですが、日本における事情とは違った、陸続きならではの、そして両国の経済格差がある故の大きくてリアルな社会問題があります。それは人身取引、主にベトナム人の中国側への人身売買です(人身売買の80%は中国向けに行われているとの数字もあります。)

誘拐されて22年、感動の帰国ストーリー

最近ベトナムメディアを賑わした感動ストーリーに、22年間中国各地をさまよい、今年7月初にベトナムの故郷に帰還を果たしたHonさん(女性)の物語があります。南部BacLieu省出身の彼女は22年前、北部出身とみられるベトナム人男性に夕食に誘われ、振る舞われた飲み物を口にしたら意識を失う。「目を覚ましたら・・・、そこは広東省だった!」というところから長い放浪生活は始まります。大変不幸なことに、どんな質の悪い睡眠薬だったのか、意識が戻った後に彼女は言葉がわからなくなり、記憶も多くを失って「自分がベトナム人なのか、中国人なのかもわからなくなった」と言います。

その後、多くの中国人男性、家庭の「嫁」になり、「お手伝いさん(ベトナム語でも日本の有名なドラマの影響で「oshin」とも言います)」になり、幾つかの家を転々とすることになります。そこで、ある日テレビから聞こえるベトナム語を聞いて、突然に「わかる!」と、自分がベトナム人であるという記憶を取り戻し、そこから彼女は中国人家庭を逃げ出し、国境に向けての旅を始めます。行く街で働き、日銭を稼ぎながら徐々に国境の街に近づき、ベトナム側国境でいうとランソンに近づいたある街で、ランソンから来たベトナム人に出会い、ようやくベトナムに戻ることができた時には、既に失踪から22年間が経っていたと言います。既に82歳となっているお母さんと再会したシーンは、大きな感動と共に伝えられています。

ベトナム⇒中国の人身取引の背景

感動の再会は良かったものの、21世紀の今でもこういった人身売買が行われていることには驚きを感じます。いびつな人口政策による女性が少ない中国の男女の人口比(特に農村部、実はベトナムも女性が少ないのですが…)、ベトナムも発展しているとはいえそれよりも早く経済を発展させた中国社会の変化などが、こういった人身取引行為を加速させています。中国側にも「ベトナム嫁村」のような地域が出て(こちらツイートで紹介した中国側の事情も大変興味深く、村の在り方も変化があるようです)、もちろん隣の地域同士なので普通に出会っての幸せな国際結婚もあるでしょうが、産業化、構造化してしまっている場合も多いようです。

やはり人身取引被害者はベトナム人女性が多く、性産業に売り払われてしまう人も多いようです。子供の誘拐もかなりあるようで、うちの妻(ベトナム人)の実家周辺でも「早く帰ってきなさい、中国にさらわれちゃうよ」なんて言い方をしたりもします。都会でも子供の送り迎えを親がするのが当然なのは、バイク溢れる交通事情だけではないようです。

日本政府も人身取引対策の支援に

実は日本政府も、ベトナムにおける人身取引対策に支援を行っています。JICA国際協力機構のベトナムにおけるプロジェクト「被害者支援及びカウンセリングのための人身取引対策ホットライン運営強化プロジェクト」では、被害者救済のための電話相談ホットラインを創設し、そのカウンセラーの能力向上、効率良い救済のための省庁連携強化を目指しています。被害を食い止めるところももちろんですが、22年のストーリーのような厳しい状況を切り抜けてきた方は、無事戻ってきたとしても心に負った傷は計り知れないでしょう。今後の生活をどう立て直すかも大きな問題です。

日本では技能実習生の問題が大きくクローズアップされていますが、中国にも「うまい儲け話が…」と騙されて連れて行かれる若者もいるとのこと。ある意味「出稼ぎ」との境界線も紙一重になところが、人身取引の問題解決を難しくしています。若者の人生を金のタネにするような非道なビジネスがなくなるためには、まだまだ多くの努力が必要です。

11年間ベトナム(ハノイ)、6年間中国(北京、広州、香港)に滞在。ハノイ在住の目線から、時に中国との比較も加えながら、ベトナムの今を、過去を、そして未来を伝えていきたいと思います。