見出し画像

無可、無不可という。

おはようございます。
こんにちは、こんばんは。

また、1つ無事?に歳を重ねる事ができました。
30代最後となりましたが

まずは沢山の方からとってもあたたかなメッセージをいただき、心より感謝です。
ありがとうございました。


どんな一年だったか振り返ると
色んな事がありました。


幸せな事、悲しい事、楽しいこと、悔しい事、嬉しい事

乗り越えられたものも
乗り越えられなかった事も

沢山泣いて
沢山笑って

色んな方と出会って
たくさんの学びをいただき

たくさん学んだのに、すぐ忘れて焦ったり
忘れた事さへ忘れてしまい。
それなのにのんきに、えへへってしたり

上を向いたり、下を向いたり
後ろを見たり、前を見たり

去年の12月に育ての親とも言える祖父とのお別れがあり
心にぽっかり穴が空き

でも、もらった無限の愛を感じると
いつも心があたたかくなり

でもすぐに、祖父に対して出来なかった後悔も感じたり

そんな振り子のようにいつも揺れ動いている自分を感じる一年でした。


12月生まれだと
今年の振り返りと、1年の振り返りがいつも一緒になっちゃうのですが

そんな感じの1年(雑)

本当に言えるのは
周りの方々に心底、心底、心底助けていただき、励ましていただいた1年でした。

夜中まで話を聞いてくださったり

会いに行きたいって言ったら本当に時間を作っていただき、会う機会をくださったり

気にかけてくださったり

ハグしたり

ありがとう、またね。って言える事が嬉しくもあり

今この瞬間起きている事が
色んな出会いの奇跡の積み重ねで

あたりまえじゃないからこそ、大切にしたいです。


そして…

先日、今更ながら
『無可無不可』
『可も無し、不可も無し』
の禅語の意味を知りました。

可もなく、不可もなく。
当たり障り無い事。
そんな意味でしか知らなかったこの言葉。

禅語では

『あれは良い、あれは悪い』という判断を自分でせず何事にもまっさらな状態で向き合う。
と、いうような意味

やる前から出来る、出来ない。を決めたり
良い、悪い、楽しい、苦しいを決めない。

自分のフィルターをつけずに
ゆっくりと、まっさらな状態で向き合う。

セルフジャッジして
良い、悪い、できる、できないを勝手に判断する思考回路から

ふわっと自由にこの言葉を聞き心が軽くなりました。


目を閉じ
また呼吸を整え、姿勢を整え
背骨を一つ一つ丁寧に積み上げるように感じると

座ってる床と触れている部分を根っことして
、その根っこからあたたかなものが

心を、身体を優しく包んでくれて

慈悲の瞑想の

私が、大切な人が、今日出会う人が、生きとし生けるものが、幸せでありますように

という一文が溢れてきます。

誰かの幸せを願える事が
自分の幸せを願える事が

毎日を豊かにしてくれているのかなと思う
さんきゅうの歳。

ありがとうございます🙏

みなさまにとって
素敵な師走のひとときとなりますように。

今日も、素晴らしい1日となりますように。

愛を込めて

shanti shanti shanti
imaiami

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?