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ここ4年間で改まった「考え方」について色々と書いた

今の生活形態(フリーでグラフィック系のお仕事をしながらの自立生活)を目指し始めたのは4年前だったのですが、下準備を始めた頃と比べるとだいぶ考え方が変わったな〜 と思う事が増えました。

(「広告〇〇賞を取りました!」とか「自分の名義で本を出せました!」とか「ツイートがバズってアニメ化決まりました!」とかそんなスンゴイ出来事があったわけではなく「日々地味に仕事に向き合っているうち何となくそういう感触を掴んだ」ような感じ。毎日自転車に乗る練習を繰り返してたら、ある日突然乗れるようになるあの現象と同じようなやつです)

特にここ3ヶ月ほどはこの【考え方が変わったなと自覚する感覚】を頻繁に味わうようになったので、「ようやく、地に足をつけた生き方を確立できたってことなのかしら」と解釈するようにしてます。

とりあえず、【フリーランスになりたくして仕方がなかった4年前】〜【今この記事を書いている今】までの間に起きた考え方の変改について、さくっと書き残しておきます。


お金より、【お金に比重を置かない姿勢】の方が大事だった(※ただしお金は大事)

数字の部分にばっっかり注目すると、働いててもぜんっぜん楽しくなかった。いやその、お金は大事なんですよ。「ボランティアで仕事を受ければ超絶幸せになれるよ!」って話でもないです。

【市場がフリーランスに求めているもの=専門性】で、専門性を常に高め続けるには「もっといい仕事をするぞ〜!orしたいぞ〜!」と心を燃やしてくれる燃料が必要で、この燃料は【モチベーション】って呼ばれたりしている。

私のモチベーションがブワアっと湧いてくるスチュエーションは「前の自分よりいい絵が描けたし、お客様も喜んでくれたぞー!」という実感を骨身から感じられた時でした。

モチベーションは向上心に直結している燃料なので、とにかくモチベーションが常に一定量湧き出ている状態を保たなければいけません。「前作ったものよりも、いいものを作りたい」という気持ちが消えると(色々な意味で)死にます。もちろん、収入を上げるために数字にこだわる姿勢ももんのすごく大事。だけど、本当に重要なのは前者の方だと確信するようになりました。自分にとって何が旨味なのか見誤らないよう気をつけねばならぬ。


リソースの有限性を自覚したら、罪悪感がなくなった(万能である必要はない)

体と脳味噌は基本1人1個しかない。だから一人で仕事をする誰もが必ずぶち当たるのがこのリソースの話だった。限界値とも呼べると思う。

「限界値」についての話題ってネガディブな面が強調&拡大されてしまう側面が強いけど、個人的には「リソースの有限さを知る事=目茶苦茶良い面もあるぞ〜!」と思っています。具体的に良い点を上げるならば、分別基準を作れるようにしてくれた点だ。もっと突き詰めれば「(限界値を自覚できたお陰で)罪悪感なく取捨選択できるようにしてくれた」こと。これができるようになると、それまでは本当にぼんやりとしか描けなかったお客様像(どの業界の・どんな悩みを抱えている人なのか)を明確にイメージできるようになりました。

描ける枚数の限界値を知る事で、潔く時間を振り分けられるようになったのは個人的大大大発見でした。


「働く事」を小難しく考える必要はない事を知った

今思い返すと、「働く事」に対して長い事コンプレックスを抱いてました。学生時代にいくつか接客業系アルバイトをやってみたりしましたが、一人で絵を絵を描いている方が楽しい内向性がバリバリの人間ゆえ、人(お客様・シフトを管理していた正社員の人)が怖くて大体上手くいかないうちに辞めていました。専門学校卒業のタイミングでリーマンショックが起こったりもしてなかなか就職活動に身を入れられず、そうしているうち「働くことは難しい事だ」と更に思い込むようになってしまったりした。(自分は人とうまくやれない。コミュニケーション能力低すぎ。など、とにかく自己否定を並べ続ける感じ)

この自己否定と見せかけた自己防御は20代が終わるまで続き、「上手に働く方法」を身につけなければお先真っ暗になるルートしか自分には残されていないのだ.  と信じ込むようになっていたし、自営業に転身した当初もこの思い込みは健在でした。

開業届を提出してから自分の絵を売り込むために色々動き回りました。大活躍している先輩方にアドバイスを求めたり、そこで聞いたご意見をもとに自分なりに市場調査をしてみたり、心が折れそうになった時はテンションを復活させる気分転換方法を模索してみたりした。そんな風に2年間位「思いつく限りの行動」を文字通り続けてみた結果、実は「働くこと」を小難しく考えなくても良い事がわかったし、「上手に働く方法」なんていうものは存在しない事がわかったりもしました。

(おそらく、出かけた先々で出会った人の数だけ「働き方(と働き方に対する意識の持ち方)」を見て学べたおかげで、ガッチガチだった脳味噌が少し柔らかくなったのではないかと)

今年は感染症の世界的流行が起こったりしてて、今現在ほとんどの人でそうであるのと同じように、私も「人の力ではどうにもできない状況下」に置かれている真っ最中なわけで。それでも、『自分が持っているスキル資源で人を喜ばせたい』という自分の本能に忠実に従い、それを達成できであろう術の全てを(力み過ぎない姿勢で)学んでいこう と思っています。

今は、「働くこと」の定義が幾分シンプルになりました。「人を喜ばせる方法を考え続け、かつ実行し続けること」だと思ってます。
「働くことは怖いことだ」と思ってたけど、それは経験不足からくる思い込み、点と点のつなぎ方を知らなかっただけだったんじゃないかな〜と、今は解釈できるな。

※20代までの自分だったら「世界は不景気に飲み込まれてしまった。ますます【上手に働く方法】を知っている人しか働き続ける事ができなくなりそう。もうおしまいだ」と本当に思い込んでいかもしれない。


今後目指したい将来像【人を幸せにするグラフィックをつくる人】

「人を幸せにするグラフィック(イラスト/デザイン etc)」をつくれるようになりたいです。

これは友人の言葉がきっかけになって出来た、新しい目標です。一緒に買い物に出かけた時、商品棚にきれいに並べられた革細工の財布を手に取って眺めながら彼女が一言「きれいな物って、眺めているだけで楽しくなっちゃうんだよね。見てるだけなのに幸せになる〜」と言ったのを聞いた時

その一言があまりに府に落ちすぎたので、勝手に目標に組み込ませていただいた次第です。

※彼女は非クリエイティブ畑の人なのだが、「超本質的なめっちゃいい事いうやん・・・」としばらく衝撃を受けてしまった事は内緒にしている。

クリエイティブ(絵とか、デザインとか、映像とか、音楽とか.  人が手を加えて形づくったもの全て)って本質的には「心に潤いを与えてくれるもの」だ。お仕事・お仕事以外の制作活動を通して、「見ている人を幸せにする」ものをつくれる人になりたい。心底なりたい。

と、今はそんな事を考えながら日々を過ごしておりますのでnoteやTwitterでの真面目ぶった情報発信は(もともと少なかったけど)ますます少なくなりそうです。そういうやり方を追求しすぎると、【ネットルール内でしか人を喜ばす事ができないヤツ】になってしまうような気がするので。

多分これからも仕事がうまくいかない時期が来て、その度落ち込んだりするだろうし、どうにもならない状況に置かれて悩む場面と沢山遭遇する事になるんだとと思います。

けど、人生なんてコントロールできないのが大前提なんだから、縮こまらずに瞬間瞬間を思う存分生きていこうと思います。

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