見出し画像

『聖女再臨《千年後の聖女教会に冒涜されたので、ザマァァァな復讐を果たす》』|愛夢ラノベP|【#創作大賞2023】【#ファンタジー小説部門】

『聖女再臨《千年後の聖女教会に冒涜されたので、ザマァァァな復讐を果たす》』
愛夢ラノベP


【あらすじ】(285文字)

 千年前、聖女は四人の仲間と、サタン封印作戦で最後の悪魔クゥロヴァを封じた。
 千年後、聖女はクローバーと名乗る少女に起こされる。そこで、アポカリプスの改編を知らされる。悪女派は聖女を冒涜し、聖都を地に落とした。それどころか世界は聖女の存在すら忘れていた。
 聖女は呆然としつつも、クローバーから聖都奪還の方法を聞き、悪女派なる派閥の討伐を心に決める。
 そのために、聖女はスイスの首都ベルンを訪れる。発展した街に驚きながら、クローバーから四人の仲間の謀反を教えられる。聖女は怒り、四人を懲らしめる事にするのであった。
 やがて聖女はクローバーに導かれ、冒険を始める。


第零部 サタン封印作戦
第一節 聖女福音《黙示録》

 ――『アポカリプス 千年聖都説』――

 高慢な天使、嫉妬をした天使は神に挑む。そして、神に破れて堕天使となる。自由意思を得た天使もまた自ら堕天使となる。
 堕天使はサタンと呼ばれ、人間界に悪影響をもたらす。特に、四体の上位サタンと八体の下位サタンは凶悪である。
 そのようなサタンを滅するため、神は女性に力を与えた。聖なる力の恩寵を得た者は聖女と呼ばれた。
 しかし、生まれたばかりの聖女は未熟である。自身の力を高めるためには、暫く時間を要する。そこで、聖女は自身と共にサタンを封じる。
 ――千年後、聖女が再臨を果たし、サタンを滅する。
 その後、聖女は全ての死者を甦らせ、最後の審判を行う。すなわち、悔い改めた者を天国に導き、それ以外を地獄に堕とす。
 こうして世界は恒久の平和を約束される。



第零部 サタン封印作戦
第二節 千年前の最終決戦

画像1

 ――上空1万メートルに浮かぶ聖都、今夜は聖夜。
 雲海の白、夜空の紺、月光の黄色、眼下に広がる蒼海の青。後ろに築かれた城塞はレンガ造りの御城。四方には小さな正八面体の聖石が浮かぶ。
 いつも通りの平穏な日常だが、今からサタンを征討する。
 正当なアポカリプス通りの激戦が目に浮かぶ。精巧に跡形もなく負けるイメージが思い浮かぶ。
 いや、弱気になるな。サタンは勝たん! 私しか勝たん!
 信じるは、世界の終焉を記す黙示録。聖女はサタンの抑止力、これから千年の逃避行。千年聖都説には未来が記されている。それこそ神の御意志なのだ。

「ふわあぁあー、余は退屈じゃ」とウィズは欠伸をする。

 ウィズ――身長は百三十九センチ、年齢不詳の魔女、自称エターナルフォーティーン、Aカップ、本好き、怠惰。
 修道着を身につけた聖女見習い。とんがり帽子もマントも靴も全てが無難な黒。長い髪も瞳も杖も全部が真っ黒。
 なぜかフワフワと浮遊している。おそらく魔法の効果だろう。

「はぁー、ウィズは怠惰ね。これから四大悪魔の生き残り、クゥロヴァを封印するのに……」

「聖女こそ肩の力を抜くのじゃ。空を舞うガレスみたいに暑苦しいぞい」

「あの傲慢な天翼人と一緒にしないで。ガレスも離れ過ぎないで」と天を仰ぐ。

 ガレス――身長は百八十二センチ、翼が生えたイケメン男性、十代の天翼人、自己評価が高い。
 天使のような真っ白な翼を動かし、白いローブを身に纏った短い金髪の男子。

画像2

「貴様ごときが我に命じるな。我を誰だと心得る?」

「上から目線の偉そうな羽の生えた男」

「我を見下すな! 我は誰よりも気高き戦士、頂は我の物だ」

 はいはい、そうですか? あぁ、面倒臭い。強いけど、頼りになるけど、自己評価が高すぎるのよ。
 私は隣に佇むアールヴに目を向ける。
 アールヴ――身長は百七十二センチ、女性、Dカップ、凛々しいハーフエルフ。
 黒髪のショートボブ、尖った耳と翠の鋭い眼が特徴的。茶色い麻布のようなローブを纏い、弓を背負っている。

画像3

「メサイア、もう右腕は完治したのか?」とアールヴと視線が交錯、思考が困惑。

「えっええ……この通り、以前よりも腕は軽いわ」と右手をグーパーして見せる。

「それは良かった。ところで、さっきから妾の顔を見ているが、何か顔についているか?」

「いやいや、他の人と違って、アールヴは静かで偉いなぁーと思っただけよ」

「エルフは叡智をもった森の守護者。サタンごときに動じない」

「アールヴは凛々しくて勇敢ね」と嫌みを言っておく。

「ギョギョ、北西にサタンの影。ウオー! 世界が終わっちゃうわ」とマーメルが絶叫。

 マーメル――全長は百五十五センチ、十代に見える少女、Cカップ、半魚人の人魚姫。上半身が人、下半身が魚。怖がりの悲観主義者。
 ワカメのような緑のロングヘアー、貝殻のブラジャーをし、両手に水掻きがある。

画像4

 そのマーメルの見つめる空にサタンの群れ。歯は鋭く、口は裂け、頭部にヤギのような角がある。蝙蝠のような漆黒の翼を動かし、尻には矢印のような尻尾がある。
 空を覆う無数の黒い翼。ガレスがサタンに吐いた物は白い唾さ。どちらも汚ない点で同じ。

画像5

「いよいよ、最終決戦ね。ここでサタンを封じるわ」

 私はハープを構える。上半身ほどの大きさの竪琴は盾になったり、武器に使ったりできる。
 さらに、宙に浮く聖典アルスノトリアを紐解く。淡い白光に包まれた聖書には呪文が記されている。その表紙には、真っ黒な悪魔と後光が射す神が描かれている。
 ふと私の姿が水溜まりに映る。その姿に目が移る。
 シルバーブロンドの長髪に整った顔立ち、スラッとした細身の体型。まだ十代の私は、真っ白なチュニックに、金色のスカプラリオを着こなし、髪には白薔薇を模したファシネーターを付けている。
 フフッ、今日の私も神々しいわ!

「ウィズ、魔法の詠唱を始めなさい。先制攻撃よ」

「闇を払う太陽神よ。その陽光は人類の希望にして、生命を導く灯火なり……」

 ウィズは詠唱を始めた。杖を天に掲げ、黒いローブが靡く。

画像6

「憎き悪魔よ。我より高く飛ぶ事は許さん。聖弓リュケイリオン!」

 ウィズの時間を稼ぐため、ガレスが空に弓を射つ。放たれた一矢は遥か上空で閃光を放つ。無尽蔵のライトアローがサタンを討つ。

「メサイア、どっどうしよう? 妾には為す術がない……ぴぇーん!」

「アールヴ、落ち着きなさい。エルフの力を使えば良いのよ」と実は弱虫のアールヴを宥める。

「ふぅー……纏えや風、切り裂け風。万物を引き千切る烈風となりて、敵を消し去る刃となれ」

 アールヴが自然に乞う。森羅万象に願う。すると、ハーフエルフの声に風が耳を貸す。
 我らに力も貸す。トルネードが渦巻く。サタンは舌を巻く。ついでに尻尾も巻く。そんなサタンを風が細切れにした。

「さすがアールヴ、やれば出来る子! それに引き換え、マーメルは……」

「ギョギョ! このままではマーはメサに捨てられる。すぅーはぁー、ララバイ」

 マーメルは人魚の美声を響かせる。眠りに誘う子守唄!
 物静かな世界へとバイバイ。サタンは夢想、もはや無双。夢の世界でも宜しくな!

「ウィズ、呪文はまだ? マーメルが敵の動きを止めた今がチャンスよ」

「……今、その地底すら照らす神聖なる輝きで邪悪なる魂すらも滅したまえ。ホーリーバースト」

 その刹那、ウィズの光魔法が発動する。一閃の光が炸裂、一斉に敵は錯乱。世界は光に包まれ、視界はホワイトアウトする。
 私は「ホオゥー!」とシャウトする。
 天から貫く一条の光の柱。その大規模な一撃が眠った悪魔を凪ぎ払う。その命をも祓う。一味郎党、一網打尽。

「ウォッシャー、私が出る幕もなくサタンを倒したわ」と跳び跳ねる。

「ウオー! メサは用なし……って、マーが悪口を言うと消されるかも」と落ち込むマーメル。

「その通りよ。聖女の悪口を言ったら、神罰が下るわ。私は神に認められた存在なのだから」

「いや、貴様は能なしだ。我の足元にも及ばぬ」と私を見下すガレス。

「ふわあぁあー、余のグリモアに不可能の三文字はないのじゃ」と誇るウィズ。

 確信した余の勝利、確定した世の条理……の筈だった。やがて光が消え、星空が瞬く。そこに一匹のサタンが飛ぶ。
 クゥロヴァ――四体いる上位サタンの最後の一体。全身が黒く、細長い体。ギラギラの赤い目に、鋭い歯が特徴的なサタン。

「まだ終わっていない」と呟くアールヴ。

「クゥロヴァ、ウィズの魔法を交わすとは……フフッ、そう来なくっちゃ」とガッツポーズをする私。

「ウオー! メサ、笑い事ではないよ。クゥロヴァが聖都に侵攻している」

「あらあら、信仰心がないのかしら? 皆、手出しは無用よ。ついに聖女の見せ場が来たわ」

「その過信……貴様は本当に聖女か? 我には悪女に見えるぞ」

「ギョギョ! メサは聖女にあるまじき目立ちたがり屋」

「ふわあぁあー……高慢な聖女が戦うなら、余が出る幕もない」

 その時、クゥロヴァが「Uchronie」と呟く。

「えっ、今のクゥロヴァの言葉は何かしら?」

「メサイア、今の呪文は……」と説明するアールヴを無視して、私は攻撃体勢に入る。

「まぁ、問答無用、粛清するわ!」

「いや、妾の話を……」と戸惑うアールヴ。

「音域、ニ長調《増強の戦律》」

 私はハープを奏でる。力強く弦を弾く。自身を鼓舞する音色が聖都を包む。音譜が頭に浮かぶ。音符が空に浮かぶ。
 竪琴オルペウス――このハープを演奏する事で、様々な効力を得られる。
 旋律が流れる。額に汗も流れる。暫く時間も流れる。すると、魔力が滾る。力がみなぎる。

「憎キ人間ヨ、ココデ滅ブガ良イ」

 クゥロヴァが魔術書を紐解く。黒革のボロボロの書物。それを指でなぞるだけで、悪魔は簡単に呪文を扱える。

「今さら魔術書『アブラメリンの書』を使っても無意味よ」

「愚カナ聖女ヨ、悔イ改メヨ。ティアインパクト」

 クゥロヴァが右手を前に突き出す。すると、巨大な黒い球体が生まれる。突然の窮地。
 しかし、黙示録の通りなら、勝利は目前。勝ちは必然。
 私は悠然と聖典アルスノトリアを開く。聖都に祭られた四つの聖石が輝きを増す。私の力もますます増す。

「一閃の煌めきよ、闇を穿つ瞬きよ。今、万物を照らす一条の光となりて、跡形もなく敵を塵へと変えよ。アポロディア」

 詠唱に成功、凄まじい光線が放たれる。神々しい聖女の放つ星光、陽光のように光合成を促進するほどの清光。どちらも譲らぬ攻防戦、天に描いた五芒星。
 他方で、クゥロヴァも引かない。負けず劣らず、ティアインパクトを発射。
 衝突するティアインパクトと光線。一歩も譲らぬ応戦、錯綜する二人の交戦。

画像9

「クウゥウー、悪魔のくせに強敵ね」

「グヴゥウー、聖女ノクセニ難敵メ」

 長々と続く膠着状態、チカチカと眩しく視覚障害。拮抗した状況を破る攻略法なし。
 聖都の上空で、白いラインと黒い球体が交錯する。接点でバチバチと七色の火花が散る。それは夜の空を飾る花火のように、漆黒の空をレインボーに彩った。
 その時、聖都から何かが撃たれた。横を見ると、仲間が私に語りかける。ウィズが呪文を唱える。

画像8

「全てを焼き払う炎神よ。紅蓮の烈火は敵を燃やし、灼熱の風は大地を均す。今、いかなる物質をも消し去る却火で悪魔を烏有に帰せ。プロメテイム」

「ギョギョ! メサが押されている。マーも加勢しないと、世界が滅んじゃう。トビウオの乱舞!」

「貴様は情けない。我が助力しよう。光陰の矢!」

「押し寄せる濁流よ、引き寄せる激流よ。怒濤の如く荒れ狂う海嘯のような水流で、顕然する敵を排除せよ」

 マーメルの歌声に合わせて、海から飛び魚が跳ねる。アールヴの願いに呼応して、大海が天へと道を築く。
 ガレスの射た矢は空を引き裂き、ウィズは火炎放射のように真紅の焔を放った。
 銀色の魚群、藍色の洪水、金色の一矢、深紅の火炎。色とりどりの攻撃がクゥロヴァの攻撃を押し返す。

「マサカ……我ガ負ケルノカ?」

「「これで終わりだ!」」

 私たち五人は息を合わせる。呼吸も視線も合わせる。全員の力が合わさる時、クゥロヴァに黒い球体が弾き返された。
 ティアインパクトが四大サタンを呑み込む。
 超新星爆発のような爆破が起こる。爆音が轟く。爆風が吹き荒れる。

画像10

「これで十二体、全てのサタンを封じられるわ」

 私は天に、いや神に祈りを捧げる。その祈祷が地獄への門を開く。クゥロヴァが奈落の底に堕ちていく。
 私は竪琴を奏でる。
 聖都に響くオラトリオ、神の威を借る聖譚曲。聖職者は祈祷を、信徒は聖書の朗読を空にする。その空の色は夜の黒。

「「聖女、万歳! 聖女、万歳!」」

 聖都に集う人々が満面の笑みを浮かべる。パチパチと拍手喝采、バチバチと花火満載。
 あぁ、なんと幸せな時間。皆が私を慕う。皆が私を敬う。サタンは天災、私は天才。これこそ私腹の時……いや、至福の時。
 今宵は最大の大功、今夜は最高の大勝。
 聖女こそ崇高な大将、私こそ崇拝の対象。

「ウオー! 勝った……でも、これでメサともお別れ」と涙するマーメル。

「マーメル、泣く必要はないわ。千年後に私は再臨する。人魚は長生きだから、また龍宮で会おうね」

「えぇ、あの日みたいに唄合戦をやろうね」とマーメルは笑った。

「ふわあぁあー、余も聖女と同じ時間を寝て過ごすぞ」

「ウィズは怠惰ね。ちゃんと聖都の書庫を管理しなさいよ。そして、再び本の世界に招待しなさい」

「メサイア、不老のエルフに別れの言葉はない。生きていれば、必ず会えるからだ。だから、妾から挨拶はない」

「私も、さよならは言わないわ。アールヴ、またジュラ大森林地帯を案内してね」

「あぁ、自然の加護がメサイアにもあらん事を」とアールヴが祈る。

「我は誇り高き天翼人だ。我より高尚な生き物はいないが、貴様は我に次ぐ才覚を持っていた。我から誉められたのだ、胸を張れ」

「はいはい、ガレスは偉大ね。これからも空を守るのよ。そして、千年後にまた空を飛ぼうね」

 私は別れを終えて、一歩を踏み出す。勇気を絞り出す。
 聖都の真下には、マントルを掘ってできた深い穴。何ともホッとできない不快な場。中心核まで覗ける深淵、そこに今から飛び込むシーンへ。
 今から私はサタンと千年の時を過ごす。そして、再臨を果たして、増幅した力で悪魔を滅ぼす。
 それが私の役目、それこそ聖女の務め。

「では、皆さん。暫しの別れよ。千年後が待ち遠しいわ」

 私は目を瞑る。そして、身を投げる。重力に身を委ねる。やがて意識を失う。
 感動的なラスト、寛大な聖女のロスト、サタンを封じる多大なコスト。もちろん、理不尽と呪った日もあった。でも、今は運命を受け入れた。
 あぁ、なんて素晴らしい別れ。
 皆が私を頼っている。
 皆が私を慕っている。
 千年の別れは辛い。でも、皆のために私はサタンと眠りにつく。
 千年なんて暫しの別れ。
 また会える日を夢見ている。
 そう思いながら、私は笑いながら、サタンと共に地底に墜ちた。深い深い眠りに落ちた――目覚めた世界で悪夢を見るとは知らないまま。

画像7





第一部 聖女再誕
第一章 千年後の世界

「もし……もし……聖女様、お目覚め下さいまし」

 優しい少女の声。私の深い眠りを越え、耳に届く音は恋する天使のような美声だ。
 しかし、人の安眠を妨げる声は、やはり悪魔その物の襲来にすら感じられた。

「あっ……うん……もう食べられないわ。一人でフルコースなんて贅沢なのよ。ブクブークに太ったら、修道着が破けちゃうわ」

「聖女様、それは夢です。まやかしに騙されないで下さいまし」

「あら、こんな所に美味しそうな肉まんが……はぁーむ」

「うわあぁあー、このクソ聖女。私の頬っぺたを噛むな、夢遊病か? あっ、つい本音が……」

「うっうん……今、クソ聖女と言いわれたような?」

「いえ、何も……気のせいですよ」

「あぁ、空耳か……ふわあぁあー」と欠伸をする。

「寝ぼけないで下さいまし。もう千年もの時が経っております」

「千年……千年って、嘘よ。そんな馬鹿な。あっ、痛い!」

画像11

 私は岩に頭を打ちつける。痛みで目が回る。頭上で黄色いスターが廻る。
 しまった、ミスったー!
 痛い目を見た後、辺りを見回す。薄暗い洞穴、揺れ動く松明。そんな場所で一人のシスターと目が合う。その子は修道着が良く似合う。

「聖女様、大丈夫ですか?」と額を撫でられる。

「えぇ、コブができた程度よ。そんな事より、あなたは誰かしら?」

「私は聖女見習いのクローバーにございます。以後、お見知りおきを」

 クローバーは深々と頭を下げ、右足を半歩ほど下げ、修道着の裾を吊り上げて挨拶をした。
 クローバー――身長は百四十センチ、ロリ美少女、人間、Bカップ。
 四つに束ねた緑髪のセミロング。緑の修道着から、おそらく聖女見習いだと推察する。なぜかボロボロの黒皮の手帳を抱き締めている。
 どことなく四つ葉のクローバーを連想させる。

「クローバー、世界の情勢を教えて。サタン封印から千年が経ったのね?」

「はい、外をご覧くださいまし」

画像12

 私は岩のベッドから起こされ、クローバーに手を引かれて洞窟を歩く。ゴツゴツした岩肌が裸足に突き刺さる。それが気に触る。やがて明るい入り口を通過した。
 てっきり拍手喝采、笑顔満載で迎えられると思っていた。
 しかし、そこには誰もいない。外はビューンと吹雪いていた。真っ白なビュー、真っ白な思考。
 粉雪が顔に当たり、手足が凍える……というか、寒すぎるわ!

「ちょっと! 私は世界を守っていたのに、出迎えはクローバーだけなの! なんか心まで寒いわ」

「えぇ、千年後の世界は平和になり、聖女様の存在は忘れられました」

「なるほど、皆が幸せで良かったわ。そうか、私は忘れられた……って、忘れないで!」

「私に言われましても、皆は平和ボケをしていて、世界はサタンの存在すら知りません」

「それは何かの冗談よね?」と凍えながら訊く。寒さが身に堪える。

「フフッ、寝起きの聖女様に嘘なんてつきませんわ」とクローバーは爆笑した。少しイラッとする。

「じゃ、本当に私は忘れ去られたの?」

「はい、歴史から消え去っております。どの文献にも聖女やサタンの話はなく、強いて言えばファンタジー小説に書かれるくらいです」

「なっ何ですって!」

「それどころか、男尊女卑や女性蔑視すら行う国まであります」

「はぁ? なぜ性別で人を見下すのよ。訳が分からないわ。そもそも、ここは……どこかしら?」

「エベレストの中腹です」

「おかしい、私は地底に落ちた筈よ。なぜエベレストで目覚めるのよ。クローバー……これは一体どういう事かしら?」

画像13

 周辺を隈無く見渡す――轍なき一面の銀世界、足跡なき白い雪、あとは美しい雪原。
 あれ? 空に違和感を抱く。
 何かが変。でも、異変の原因は不明よ!
 振り向くと目に入る物は、朽ちた石柱や崩れた神殿、そして私に似た石像の首。その周辺に砕け散った破片。何となく見覚えがあるハープの形、スカプラリオや白薔薇を模したファシネーターの原形だ。
 これは……私を祭る神殿が破壊されているじゃない!
 なんたる雪辱、あり得ぬ不名誉!

画像14

「クローバー、私の偶像が粉々よ。こんな侮辱がある?」

「聖女様、落ち着いて聞いて下さいまし。実は、アポカリプスが書き換えられたのです」

「嘘……聖女福音の黙示録は変更なんて不可能よ。いや、執筆者なら或いは……」

「私にも原因は分からないですが、本当にアポカリプスが改修されたのです」

「どう変わったのよ?」

「聖女見習いの私は内容を知りません。ですが、千年の間に、変更を真に受けた人間が聖都を凋落させました」

「はあぁー、なんて非常事態……あの天空に浮かぶ都が地に戻っているだと!」と頭を抱える。悩みも抱える。

 たしかに、天を見上げると、あるはずの聖都は跡形もない。エベレストの上空には雪雲が浮かぶのみ。
 違和感の正体に気づく。私の聖都がない、その事実に傷つく。
 私の行く末に暗雲が立ち込める。ただ私は立ち竦む。そして腹が立ち、拳を握る。

「しかも、不幸な事に聖都は湖に落下し、そのレマン湖は凍りました。だから、聖都には誰も入れません」

「一体、誰の仕業よ?」

「首謀者は、聖大致命女(せいだいちめいじょ)マリナ」

「聖大致命女マリナ……知らない名前ね」

「当然です。聖大致命女マリナは、聖女様が眠った後に再臨されました。そして、自身が本物の聖女と名乗り、聖女教会の悪女派を組織したのです」

「クローバー、その聖女教会の……えーと、悪女派って何かしら?」

「悪女派とは、偽物の聖女を世界の敵と見なす派閥です。つまり、聖女様を悪く言う連中です」

「いや、私が世界の敵……そんな事はあり得ないわ」

「もちろん、私は聖女様を信じております。しかし悪女派は、アポカリプスに偽の聖女が世界を滅ぼすと書かれている、と聖女様を貶めています」

 ウゥゥゥ……腹立たしい。悪女派が世界を救った私を貶めているだと……それが本当なら許せない。
 私が千年も眠っている隙に、随分と好き勝手な事をしてくれたじゃない。良いでしょう……仕返しをしてやるわ!

「話をまとめると、私を冒涜した犯人は悪女派なのね?」

「はい、さすが聖女様、物分かりが光速ですね。聖女様は悪女派を滅ぼせば良いのです」

「そのために、私は何をすべきなのかしら?」

「簡単な話です。聖玉を探し、レマン湖の支配者を倒し、聖都を奪還するのです。そうすれば、聖女様への信仰心も元通りですよ」

「ウオォー、分かったわ。千年後の聖女教会に冒涜されたので、ザマァァァな復讐を果たす!」

「その意気です。あと、こちらを返却しますね」

「こっ……これは! クローバーは気が利くわね」

「はい! 戦闘に必要かと思い、竪琴オルペウスを持参しました」

「本当に良い子ね。それと、アレも頂戴」と手を差し出す。

 すると、クローバーは「アレ?」と首を傾げる。

「いやいや、聖典よ。聖典!」

「あーぁ……聖典アルスノトリアは……」と目が泳ぐクローバー。

「もしかして……」と勘繰る私。

「ありません」

「まっ、まぁ問題ないわ。私は強いもの。でも、聖石は聖都にあるのよね?」

 クローバーは「ヘヘッ」と可愛く舌を出して笑った。

「フフッ……もしかして……」

「聖石もありません」

「それじゃ、私の本領が発揮できないじゃなーい」と悲鳴が雪山に木霊する。

「このクソ聖女。贅沢を言うなよ。あっ、つい本音が……」とクローバーは低い声で呟く。

「えっ、うっうん? 今、何か言わなかった?」と聞き返す。

「あぁ、また私は自分の中の愚かな存在に乗っ取られたのです」

「えっ、何……二重人格という事かしら?」

「よく分かりません。ただ、時々おかしくなるのです……でも、聖女様はハープがあれば、悪女派を倒せますよね?」

「まっまぁ、そうね。私は世界の救世主。ハープがあれば、怖いもの無しよ……ヘックシュン!」

「あっ、寒いですよね。とりあえず、首都ベルンに向かいましょう。そこで、暖かい料理でも食べながら、作戦を練る事にしましょう」

 こうして、まんまと私はクローバーの説明を真に受けて、悪女派を倒す事になったのであった。
 もちろん、改変されたアポカリプスの内容など知る由もない。



 ――アルプス山脈の北、スイスの中部平原に位置する首都ベルン。時刻は昼過ぎ。

「やっと首都ベルンに到着です。あれ、聖女様は大丈夫ですか?」

「はぁはぁ、本当に凄い雪ね。千年間も寝ていた体には堪えるわ」

「フフッ、聖女様は雪ダルマみたいです」

「それはクローバーも同じよ」

 私たちは、お互いに雪を払う。緑の髪を撫で、肩をトントンし、洋服をサーと擦る。
 四つ葉のクローバーに積もった雪を払うように、優しくクローバーを撫でる。

「ところで、クローバー。肝心のベルンはどこよ?」

「いやいや、目の前にある街ですよ。ベルンは蛇行するアーレ川の畔に築かれた街です。まぁ、千年も経つと面影は無くなります」

「これが街? 随分ときらびやかね」

 そこには魔法なんて存在しないのに、圧倒的にファンタジーな世界が広がっていた。
 中世の面影を残す旧市街、ゴシック様式の大聖堂、石橋の下を流れる水色の小川。
 そんな昔の風景をファンキーでファンシーな物が取り囲む。正体不明のクレイジーな飛翔体、縦長でグレーな建物、レインボーに煌めく電飾など始めて見る物しかない。
 千年の間に聖女という存在が要らなくなった、そう直感的に理解する。

「いや、様変わりし過ぎよ! 原形が真ん中しかないじゃない」

「まぁ、今は西暦二千五十年です。スイスの首都ベルンもまた歴史ある街並みと近代化したシステムが融合しています」

「でも、どことなく既視感があるわね」と記憶の糸を辿る。

「いや、そんな筈はありません。聖女様が生きた千年前には産業革命はおろか、機械すら無かったんですよ」

「うーん……そうなんだけど、本の中で見た気がするのよね?」

「さすがに見間違いですよ。ほら、よくご覧くださいまし」

 眼下に広がる風景は昔と違う。古き良き旧市街が醸し出すヒストリー。しかし、郊外は機械化が進んでいる。
 そんな発展のストーリーに、あんぐりと口を開ける。それを見かねて、クローバーは手取り足取り説明する。

「中央にある大聖堂が昔の旧市街です」

「それは知っているわ。あの真ん中の高い建物はベルン大聖堂でしょ」

「はい、その周辺を取り囲むコンクリートジャングルが近代化を果たした都市部です。主にベッドタウンとして使われています」

「ジャングル……と言う割に、植物なんてないわ」

「フフッ、コンクリートジャングルとは高層ビル群という意味ですよ」

「ちょっと、馬鹿にしないで。ところで、その半透明の小さな物は何よ?」

 私はクローバーが取り出した小さな硝子を指差す。彼女の右手の人差し指には透明な板が乗っている。球体を半分に切ったような構造だ。

「これはスマi(すまあい)です」

「お住まい?」

「いいえ、スマアイ……スマートアイの略です。コンタクトレンズのように両目に着ける事で、検索や情報の閲覧が可能です。原理は簡単で、非常に薄い液晶ディスプレイで眼球に映像を転写し、視神経から脳波を読み取ることで……」

「クローバー、頭が痛いわ。一度に説明しないで。理解が追いつかないから」

「分かりました。徐々に文化を理解しましょう。まずは、街の探索です」

 クローバーはスマートアイを両目に装着した。そして、何やらブツフツ独り言を呟きながら、先進的な街並みを通り抜ける。

「クローバー、石柱が天に伸びているわ。たぶん空を突き抜けるわね」

「聖女様、それはビルです。空までは届きません」

「うおぉー、箱が宙を飛んでいるうぅー!」

「あれはエアカー、空飛ぶ電動自動車です。周りが見ているので、お静かにお願いします」

「うっ、首が痛いわ」

「ずっと空を見上げているからですよ」

「ちょっと、あの四角い場所に人が捕まっているわ。助けないと」

 ビルの壁面に女性の姿、電脳テクノロジー本社という場所の説明をしている。よく分からないが、ロボットとか潜水艦とかを製造している会社らしい。

「聖女様、あれは大型液晶モニターです。映っている女性はアナウンサーですよ」

「つまり、監禁されている訳ではないのね?」

「はい、あれは遠くの映像を……ちょっと聖女様、勝手に歩かないで下さいまし」

「クローバー、凄いわ。半透明の薄い男性が話しているわよ。意外とイケメンね」

『お客様、何か御用ですか?』

「聖女様、それはバーチャルヒューマンです」

「婆様はヒューマン……当たり前じゃない」という返答にデジャブを感じる。

「バーチャルヒューマン! CGで作られた架空の人です」

「これ、人間じゃないの!」

「そんなに騒ぐと人目につきます。こっちに来て下さいまし」とクローバーが私の袖を引っ張る。

「クローバー、あそこに歩く銀色の骨格が……」

「それは警備用の自律型二足歩行ロボットです」

 前人未到の大都会、前代未聞の大冒険。大興奮の私とは裏腹に、クローバーはハラハラしている。
 私が見たい物は先延ばし。クローバーには、機械の進歩は他愛もない。そんなに興味がないのかい!

「ハァハァ、やっと新エリアを抜けました。クソ聖女のせいで時間がかかった。あっ、つい本音が……」

「クローバー、もう一つの人格が出てきていない?」

「いえ、何も……」

 クローバーは右手で口を隠す。少し様子がおかしい。だが、そんな事より衝撃の事実を目の当たりにする。

「あれれ、ちょっと聖女像が壊れているわ!」と石像をかき集める。

「聖女様、みっとも無いので、お止め下さいまし」

「クローバー、離しなさい。なぜ誰も私の石像を祭らないのよ」

「今は、深海魚系アイドルとか魔女っ子ブイチューバーとか翼の生えたナンパ師とか、なにかと有名人が人気なのです」

 クローバーは大型ディスプレイを指差す。遥か頭上には薄い板に何人もの美女が踊る映像。でも、その人たちは私よりブサイクだ。

「なっなんて破廉恥な! 皆、おみ足や臍を出しているじゃない」

「千年後の世界では、ごくごく自然な光景です」

 その時、行き交う人々が何かを笑う。私とすれ違った人や私を二度見した人がクスクスと嘲笑をした。
 しかし、その人たちの言葉が分からない。ただ、明らかに私を見下している。

「ムムッ、何やら不穏な感じがするわ」と睨み返す。

「そう言えば、聖女様は現代の言葉が分かりませんよね」

「えっ! この千年で言葉も変わったの?」

「はい、スイスには四つの公用語があります」

「こっ……行為後? クローバー、やらしい話はダメよ」

「そそそっそんな話はしていません。公用語です。その国の基本的な言語ですよ」とクローバーは赤面した。

「まぁ、何でも良いけど、あの子たちは何て言っているの?」

「もっもちろん、聖女様を褒め称えております」とクローバーの目が泳ぐ。

「クローバー、私に嘘は通じないわよ」

「でっですよね? でも、聖女様は知らない方が良いですよ」

「やはり何かやましい事なのね。だって、私を指差して笑っているもの」

「ハハッ、気のせいですよ。無視して進み……」

「クローバー、何とかして言葉が分からないの?」

「まっまぁ、できない事もないですが……後悔しますよ」

「私は後悔なんてしないわ」

「本当に大丈夫ですか?」

「問題ないわ。私に会話の内容を教えなさい」

 クローバーは「仕方ありませんね」と黒皮のボロボロの本を紐解く。その本の一節をなぞると、本が光った。
 その瞬間、街の人々の雑音が意味を持った雑談に変わる。

「何、あの洋服……フフッ」

「コスプレかしら?」

 二人のピシッとした黒い服を着た成人女性が笑う。その近くで、二人の成人男性がヒソヒソと話す。

「タイムスリップでもしたのか?」

「そんな事はない。映画の撮影だよ。そうじゃなきゃ……プハッ、あんなダサい服は着ないだろ」

「あいつら、無礼よ。粛清してやるわ」と息巻く。

 おいおい、明らかに私の服を見て笑っている。この聖女様の容姿を笑いのネタにするとは……ようし良いだろう、殺ってやる。
 私がハープを構えると、クローバーが飛びかかる。凄い力で竪琴を奪おうとする。

「だから、言ったじゃないですか? 聖女様、お止め下さいまし」

「クローバー、離しなさい。私の偉大さを知らしめるのよ」

「そんな事をすれば、逆に悪評が立ちます」

「そんな風評なんて吹き飛ばしてやるわ。私を冒涜する民は皆殺しよ」

「これだから、ゴミ聖女は……その性格が信仰心を削いだのだ。あっ、つい本音が……」

「クローバー、本当に二重人格なの?」と睨みつける。

「もちろん、私は嘘をつきません。それより聖女様の行動は得策とは言えません」

「グヌヌ、クローバーには他の策があるの?」

「もちろん、まずは腹拵えをしましょう。こっちに美味しいパンケーキがあるのです」

「パンケーキ?」

「はい、ふっくらした生地に、フルーツが盛り沢山のデザートです」

「良く分からないけど、果物は好きよ。クローバーは気が利くわね。ちゃんと私の面倒を見るなんて」

「いえ、私が聖女様の付き人をする事は宿命なのです。サタニア家は呪われた家柄なので……」

「サタニア家?」

「いえ、何でもありません。まずは、パンケーキのお店に向かいましょう」

 私たちはベルン大聖堂を横目に歩き、時計塔を素通りする。いや、やっぱり気になる。

「ねぇ、あの低い塔を登ろうよ」

「ダメです。パンケーキが待っています」

「少しくらい良いじゃない」

「あれはツィットグロッゲという時計塔で、特に見る場所もありませんよ」

「本当に?」とクローバーを疑う。

「強いて言えば、アインシュタインは、あの時計の針を見て、特殊相対性理論のヒントを得たそうです」

「えっ、特殊……なんて?」

「聖女様、花より団子ならぬ理論よりパンケーキです」

 クローバーはグイグイと私を導く。やがてブンデスハウスと呼ばれる連邦議事堂に着く。
 パルテノン神殿のような外装に、エメラルドグリーンの見張り台が三つある。両脇に西棟と東棟を備える。連邦議会議事堂と政府各省庁のオフィスの入った建物のようだ。
 この議事堂の向かいにはブンデス広場がある。活気ある商いの声に、色鮮やかな青果が並ぶ情景は飽きない。

「ここがパンケーキのお店です」

「ウゲッ、長蛇の列」ととぐろ……いや、舌を巻く。

 ――待つこと一時間、ついにパンケーキにありつく。

「お洒落な店内ね?」と店内を見渡す。

「女の子らしいピンクの壁に、白いクリームのような床と天井ですね」

「しかも、お菓子を連想させる装飾品は遊び心を感じるわ」

「たしかに、可愛いデコレーションのおかげで、お菓子の城内に入ったみたいですよ。はい、これがメニューです」

「うわぁー、凄い華やか!」とメニューにかじりつく。

「王道の苺とチョコのパンケーキとか、季節に合わせたパンケーキとか、目にも鮮やかな物ばかりです」

「よーし、私はモンブランパンケーキにするわ」

「じゃ、私はカボチャとキャロットのパンケーキにします」

「それも美味しそうね」

「フフッ、じゃあ半分個にしましょう」

「さすがクローバーね。その意見は採用よ」

「すいませーん、注文をお願いします」

 可愛いメイド衣装の店員さんに、迷惑をかけて注文をする。すると、写真通りのパンケーキが運ばれてくる。それをクローバーと分ける。

「はぁーん、うーん! 柔らかくて香ばしい栗の味がする」

「モグモグ、こっちは南瓜と人参のペーストが見事にマッチしたデザートです」

「こらこら、クローバー。お口にクリームが付いているわ」とクローバーの口を人差し指で拭い、クリームを取る。

「聖女様、ありがとうございます」

「なんて幸せなの……って、私たちの目的を忘れているわ」

「ハッ、そうでしたね。パンケーキは悪魔のように人を魅了してしまうのですね」

「このパンケーキのように、上手い事を言わないで。これからの計画を練らなきゃ」

「でも、やる事は決まっていますよ」

「聖玉を探し、レマン湖の支配者を倒し、聖都を奪還するのよね?」

「さすが聖女様、ちゃんと目的を覚えていましたね。ナビゲーションシステムより正確無比ですよ」

「その比較は分からないけど、とりあえず昔の仲間に助力を求めよう。ほら、四人の頼れる味方がいるのよ」

「それは……止めた方が宜しいかと」とクローバーの顔が陰る。

「なぜ?」と隠し事を嗅ぎつける。

「その……言いづらいのですが……」

「私の仲間について知っている事を教えなさい。まず、ガレスは何をしているのよ?」

「その……ガレスは消息不明です」

「でも、ガレスの事だから、きっと空を飛んでいるわ。私を待ちながら……」

「いえ、何と言えば良いのでしょうか? ガレスは悪女派の言葉を信じて、聖都が空に戻らないように画策しています」

「何! あのガレスが私を裏切っている訳」と思わず立ち上がる。

「聖女様、落ち着いて下さいまし。人が見ております。お座り下さいまし」

「クソッ、風の聖石を取りに行った恩を忘れるとは……ガレスは許せないわ。マーメルは何をしているのよ?」

「マーメルはレマン湖の龍宮に戻られました」

「人魚だから、水中を泳ぐ姿は似合うわ……って、レマン湖は凍っているわ。大丈夫かしら?」

「まっまぁ、人魚なら生きていますよ」とクローバーは目を逸らす。

「クローバー、何かを隠しているわね。人魚のように、目が泳いでいるわ。真実を話しなさい」

「絶対に大声を上げないで下さいまし。レマン湖を凍らせた犯人は人魚です」

「ハァッ! マーメルも私を裏切ったの」とテーブルを叩く。

「聖女様、落ち着いて下さいまし。人魚も悪女派に騙されたのです」

「クソッ、悪女派には困ったものね。ウィズは寝ているのね?」

「さすが聖女様、ウィズは聖都の書庫で寝ております。スパコン並みの予想能力ですね」

「その喩えは分からないけど、アールヴは森を守っているの?」

「えっ、えぇ……アールヴは千年樹を守護しているとか、何とか風の噂が……」

「クローバー、たどたどしい話し方ね。アールヴも謀反を起こした感じがするわ」

「すみません。正直に申し上げます。聖都の聖玉を盗んだ黒幕はアールヴです」

「タァー! あのハーフエルフ。私が地の聖石を守った恩義を仇で返したのか!」

 怒りが沸点を越える。腸が煮えくり返る。体内で復讐心が芽生える。やがて我を忘れる。
 千年前のサタン封印作戦は何だったのか?
 私は誰のために千年も寝ていたのか?
 四人との信頼関係は、たった千年で失われるほど脆い絆だったのか?
 許せない。許せない。許す事などできる筈もない!
 私は立ち上がる。少し狼狽える。血圧が上がる。怒りが込み上げる。そして、声を張り上げる。心の底から本心を訴える。

「あの四人。悪女派に教唆されても、私を信じるべきでしょ。必ず粛清してやるわ!」

「聖女様、お気持ちは分かりますが、我を取り戻して下さいまし」

「冷静になれないわよ。千年前の私の功績は何だったのよ。はやく栄光の日々を取り戻さないと」

「はぁ、このバカ聖女。その傲慢さが招いた悲劇だろ。あっ、つい本音が……」と肘をつくクローバー。

「クローバー、小言が漏れているわよ?」と顔を近づける。

「いえ、今は聖玉の回収が先かと思いまして……」

「フゥー、それもそうね。聖玉がないと、聖都は浮上しないわ。アールヴを締め上げて、事情も聞かないとダメね」

「それでこそ聖女様です。何かの勘違いかもしれませんものね」

「でも、クローバーは聖玉の場所を知っているの?」

「ご安心くださいまし。聖玉はジュラ森林地帯にあるはずです」

「なるほど、エルフの迷える森に聖玉を隠した訳か。でも、アールヴとの日々を私は忘れていないわ」

「つまり、ジュラ森林地帯を抜けて、エルフの隠れ里に入れる訳ですね」

 クローバーは薄ら笑いを浮かべた……ように見えた。まぁ、気のせいだろう。

「当たり前よ。私を誰だと思っているのよ?」

「世界を救う聖女様に違いありません」

「もぅー、クローバーは褒め上手なんだから。よーし、目的も決まったから、ジュラ大森林地帯に行こう」

「では、ベルン中央駅からヌーシャテルに向かいましょう」

「ヌーシャテル……あぁ、ベルンの北西にあるヌーシャテル湖の湖畔の町ね」

「さすが聖女様、千年の時を経ても地名を覚えているとは御立派です。1テラバイトの容量をもつパソコンも吃驚でしょう」

「その喩えは分からないけど、私は聖女よ。記憶力も一流なのよ」

「一流なのに、あの日の出来事は忘れているようだが……。あっ、つい本音が……」とクローバーが呟く。

「えっ、何か言った?」

「いえ、何も……あっちがベルン中央駅ですよ」

 私たちはパンケーキを平らげて、クローバーの案内で駅へと向かうのであった。
 ――午後2時頃のベルン中央駅。
 人込みに目が回る。首を長くして待つ乗客に目を見張る。真っ白な細長い乗り物に目を奪われる。

「凄い人ね」と目が眩む。呆然と立ち竦む。

「そりゃ、昼時の中央駅ですからね」

「クローバー、あの白い生物は何かしら?」

「あれはリニアモーターカーです。生き物ではありません」

「なるほど、新種の白蛇ね」

「違います。リニアモーターで駆動する乗り物で、超電導磁気浮上式鉄道とも呼ばれています」

「蝶、天道虫に非情……どういう意味かしら?」

「超電導磁気浮上式鉄道。磁気で電車を浮上させて、筒状と円柱状の固定子と回転子からなるモーターを帯状に展開して直線運動……」

「クローバー、分かったわ。あのリニアに乗るわよ」

「ちょっ、ちょっと説明は終わってませんよ。もう聖女様、置いていかないで下さいまし」

「急がないと、たしかヌーシャテルには馬でも丸一日はかかるのよ」

 私たちはリニアモーターカーに飛び乗る。暫くすると、凄い速度でスイスイと発進する。
 スイス連邦鉄道沿いの風景が物凄い勢いで過ぎ去る。
 色々な風景が目に飛び込む。煉瓦造りの旧市街、似たり寄ったりの没個性的なビル、街を抜けると広がる田園風景、やがて訪れるヌーシャテル城。

「聖女様、到着ですよ」とクローバーが席を立つ。

「……って、もうヌーシャテル? 三十分しか経ってないわよ」

「リニアモーターカーは高速鉄道なんです。さぁ、降りますよ」

「ちょっと、この後はどうするのよ?」

「後はヌーシャテル湖を抜けて、ジュラ森林地帯に向かうだけです」

 私たちはヌーシャテル駅で下車した。そのままクローバーに連れられて、湖畔の近くにある小屋に着く。
 そこには大きな四角い箱があった。四つの黒い円盤が地面に接し、白いフカフカの浮き輪が装着されている。

「クローバー、この変てこなボックスは何かしら?」

「それは水陸両用のホバークラフトです」

「ホバークラフト?」

「なるほど、聖女様は初見ですね。これも乗り物の一種で、あの四つのタイヤで陸地を走行できます」

「あぁ、あの四つの円盤が回転して前に進むのね」

「さらに、ホバークラフトは空気圧で海面や湖面も移動できます。側面の白い浮き輪はスカートと呼ばれ、ゴム製でクッションの役割があります」

「すると、あの一台でヌーシャテル湖を抜けられるのね」

「さすが聖女様、ご明察です。私はホバークラフトを借りてきますね」

 クローバーが小屋に入っていく。そこで、お金を支払うとホバークラフトを借りられるらしい。暫くすると、クローバーが戻ってきた。

「聖女様、ホバークラフトに乗って下さいまし。私が運転します」

「えっ、クローバーが運転するの!」

「もちろん、私は聖女様のためなら、ホバークラフトも運転しますよ」

 クローバーが志願するので、私たちはホバークラフトで出発する。
 最初は、ヌーシャテルの街並みが過ぎ行く。煉瓦造りの家や観光地のデュペルの館が目に飛び込む。
 街を抜けると、一気に大自然が目に入る。
 目的地のジュラ山脈は、スイス西部の多くの州に股がっている。中部平原の北に位置し、国土の約1割を占める地域だ。

「聖女様、ヌーシャテル湖に着きました。今からホバークラフト走行をするので、かなり揺れますよ」

「ちょっと、クローバー。凄いガタガタ……うわあぁーあ!」

 ブオーンと空気を吐き出す音と共に、ホバークラフトは湖面を走る。というよりも、浮上しながら真っ直ぐ進む。
 あまりの速度に、頭に着けた白薔薇のファシネータが飛びそうになる。それを右手で押さえる。
 涼風で体が冷える。クローバーの荒い運転に肝を冷やす。
 どこまでも続く深緑の森、透き通る湖面、雲ひとつない青い空。湖面を覗くと魚影が見え、遥か遠くの森をアイベックスが歩く。
 アイベックスはヤギ属の哺乳類である。牛のような茶色の胴体、頭部に生えた二本の立派な角、細い四本足という見た目だ。

「なんか懐かしい景色ね」と呟く。

「千年前、聖女様は大自然が残っていたジュラに来てますからね」

「昔を思い出すわ。アールヴと会った日も、こんな感じだったのよ」

 目を瞑る。脈打つ心音が刻一刻と過ぎ去る時を刻む。私の体内には確実に千年前の日々が息づいている。
 記憶の糸を辿れば、自ずと過去が甦る。
 思い返すのは、アールヴとの出会い、そしてアールヴとの冒険の日々である。




第一部 聖女再誕
第二章 聖玉奪還
第一節 千年樹とエルフ

 ――千年前、ジュラ大森林地帯。時刻は昼過ぎ。
 どこまでも続く深緑の森、透き通る湖面、雲ひとつない青い空。湖面を覗くと魚影が見え、遥か遠くの森をアイベックスが歩く。

「あなたがアールヴ?」

「聖女様、お初にお目にかかります。妾が次期エルフの長、アールヴと申します」と深々と頭を下げられる。

 アールヴ――身長は百七十二センチ、パッと見は二十代の女性、Dカップ、凛々しいハーフエルフ。
 黒髪のショートボブ、尖った耳と翠の鋭い眼が特徴的。茶色い麻布のようなローブを纏い、弓を背負っている。
 どことなくデックエルフに似ている。デックエルフとは、闇エルフとか黒エルフとか呼ばれる存在だ。
 エルフ族は、一般的に不老不死と言われ、身体能力が高く、知恵と魔力を有する。ハーフエルフも似たような存在だ。

「そんなに改まらなくても……メサイアと呼んで構わないわよ」

「滅相もございません。サタンを討伐する聖女様は、エルフにとっても大切な存在なのです」

「フフッ、ハハハッ! アールヴは分かっているわね。そうよ、私こそ世界を救う存在なのよ」

「えっえぇ、存じ上げております」とアールヴは目を背ける。

「うん? 私は無礼な真似でもしたかしら?」

「いえ、特に問題はありません。ただ……まぁ、先を急ぎましょう」

「アールヴ、言いたい事があれば、言っても良いわよ」と微笑みかける。

「あっはい、その……妾が想像していた聖女様は、おしとやかで清楚なイメージだったのです」

「なるほど、私が清楚ではないと?」

「滅相もございません。十分に清楚ですが、思ったよりも上から目線だったので……」

「まぁ、聖女も所詮は人間なのよ。それよりお腹が空いたわ。はやく迷いの森を案内して」

「そうですね、もう日暮れも近いですから」

 アールヴは一歩を踏み出す。私も歩き出す。森に入ると、幻想的な風景に目が飛び出す。

「なんて美しいの……」と言葉を失う。

「この辺りは人の手が入っていません。原初の自然が今も残っています」

 ジュラ大森林地帯は鬱蒼と生い茂っている。アッと驚くほど高い木々も、圧倒的に多い雑草も、圧巻の動物も生き生きとしている。
 そこをアールヴは颯爽と歩いていく。
 あまりの速さに追いつけず、私とアールヴはバラバラになる。疲労で頭は真っ白だ。

「ちょっと、アールヴ。速すぎるわ」と叫ぶ。

「あっ、すみません」

 アールヴは立ち止まる。そこには偶然にも白い薔薇が咲き乱れていた。まるで雪が降ったように足元は真っ白だ。

「はぁはぁ、やっと追いついた。あら、綺麗な薔薇ね」

「ここは白薔薇の楽園です」

「凄くフレグランスな薫り、それに目にも鮮やかな景色ね」と鼻をクンクン、目をパチクリさせる。

「はい、ここは迷いの森の目印になっています」

「たしか、白薔薇には花言葉があったわよね?」

「色々と意味がありますが、妾が好きな言葉は永遠の愛と永遠の忠誠心ですね」

「素敵な言葉ね。覚えておくわ」と微笑む。

「休憩は終わりです。少し速度を上げますが、死ぬ気でついて来て下さい」

 その言葉の通り、アールヴは速度を上げた。私は「待って」と声を張り上げた。しかし、アールヴは容赦ない。
 心臓も悲鳴を上げる。息も心拍数も上がる。それでも何とか足を挙げる。

「アールヴ、どこまで行くのよ?」

「あと少しです」

こうアールヴは言ったが、彼女の言葉は嘘だった。それから2時間、広大な森を歩かされた。
 霊験あらたかな大樹林、その名もフォレストラビリンス。
 靄で何も見えない怪奇煙(かいきえん)。
 壮大で雄大な大瀑布、フォールンダイビング。
 そんな大自然を目印にして、アールヴはエルフの隠れ里へと向かう。私もヘトヘトになりながら、アールヴの足跡を追う。

「……何やら森が騒がしい」とアールヴが立ち止まる。

「ちょっと、アールヴ。急に止まらないで、もう着いたの?」

「聖女様、後は底なしの沼地を抜ければ、千年樹に到着です」

「嘘、まだ歩くの!」

「まぁ、どちらかと言えば、泳ぐ感じです。底がないので、絶対に溺れないで下さい」

「もっと安全な道を通りなさいよ!」

 私が怒鳴った瞬間、アールヴが私を突き飛ばす。いや、そんなに強く押す必要はないじゃない。
 そう思った私の横を、黒い炎が灯った矢が掠める。危機一髪のところを間一髪で交わす。

「何よ、今の燃える矢は?」

「うっうぇーん、怖かったよ」と唐突にアールヴが泣き出す。

「えっ、いや……アールヴ、落ち着いて」と宥める。

「グスン、冷静ではいられません。危うく死ぬところでした」

「アールヴのおかげで私は無事よ。だから、泣き止んで。ヨシヨシ」とアールヴをあやす。

「ふー、はぁー、すみません。取り乱しました」

「平常心を取り戻して良かったわ。アールヴって、意外と泣き虫なのね?」

「はっはい、次期エルフの長として恥ずかしい限りです。この事は秘密にしておいて下さい」とアールヴは顔を赤らめた。

「分かったわ。それより今の攻撃は誰の仕業よ?」

「……おそらくデックエルフかと……」とアールヴの目が泳ぐ。

「クソッ、闇エルフども。この高潔で清廉な聖女の命を狙うとは……許せない!」

「そっそうですね。見つけ次第、懲らしめましょう。さぁ、すぐそこが千年樹ですよ」

 目が泳ぐアールヴの先導で沼地を渡ると、やっと千年樹に辿り着く。
 ――千年樹メタセコイア、樹齢千年を越える大樹。
 見上げると、見渡す限りの枝葉がしなる。その緑は屋根のように地上を覆い、木漏れ日を生み出す。
 見下げると、茶色の幹が顕現する。太くて逞しい幹は、くり貫かれている。その空洞がエルフの家となっている。

「あまりに雄大な光景に、幽玄さすら感じるわ」

「まさに自然が織り成す造形美ですよね」とアールヴが朗らかに笑った。

「アッ、見とれている場合ではないわ。私は地の聖石を授かるために、エルフの長に会わなければならないのよ」

「話は伺っております。聖女様、こちらです」

 私はアールヴに導かれるままに、エルフの里を抜ける。長い道中が終わって気も抜ける。
 ある女性のエルフは白薔薇で花冠を編み、ある男性のエルフは弓で鳥を撃っている。小さな子供のエルフは走り、年老いたエルフたちは会話で油を売っている。
 やがて千年樹の内部へと入った――エルフの長と謁見するために。






【作者から一言】

 この作品は、GAとファンタジアとHJの1次落選作である。
 当時、聖女が眠りから覚めたら、自分の存在意義を失っている。そんな設定を思いついて、物語を完結させた。
 ただ、今、読み返すと古臭いファンタジーという感じがする。また、文体を変更している過渡期であり、やはり読みにくい部分がある。頭の中に自分の理想があるけど、まだ文体に表せていない……そんな感じ。だから、1次落選も納得していた。
 そんな中で、第28回スニーカー大賞と第36回前期ファンタジア大賞で1次を通過した。非常に嬉しかった(が、全く改稿しておらず、読む人によって評価が異なる事に疑問も感じた)。
 もっとも、率直に評価してくれた下読みには感謝したい。
 ありがとう!
 ただ、スニーカー文庫に言いたいのは、作品タイトルとペンネームが両方とも間違っているという事。
 担当編集も忙しいし、あまり細かい事は気にしないので、メールなど送るつもりはない。
 ただ、応募したデータを確認したが、誤字はなかった。そのままコピペすれば、間違えないのに、わざわざ入力したのか、そう思った。しかも、あの文字数で5箇所も誤植している(何ならタイトルに、『←これが追加されている)。もはや故意でやっているとしか思えない。
 編集部にとっては些細なミスでも、応募者にとっては大切な名称だと知っておいて欲しい。そして、この時点で落ちていると思った。さすがに受賞作は誤入力しないからだ。
 選評は最終結果発表後に送付予定らしい。どのように評価されたのか、気になる所だが、ペンネームやタイトルを間違えている時点で、正確に読んでいると思えない。
 もちろん、評価シートの公表はしない。自分の中で咀嚼して、担当編集が誤字脱字をしないような作品を書き続けたいと思う。
 本作については、あと何社か応募して、受賞しなければ、例のごとくメンバーシップに全文を掲載予定だ。
 それまで待っていただければ幸いである。


(タグまとめ)

#ライトノベル
#ショートショート
#小説
#聖女再誕
#なろう
#追放もの
#ザマァ
#なろう系
#異世界転生亜種
#転生もの
#追放系
#復讐譚
#第28回スニーカー大賞
#愛夢ラノベP

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?