革新的大企業

 「大企業」は嫌われている。事業構造を変革できない保守的な性格が、グローバル競争での劣勢、日本経済の低迷を引き起こしたといわれる。中小企業への不当な圧力、転職の阻害、労働者の働きがいを搾取をする悪者だと見なされている。そうした「大企業=悪」というイデオロギーは、あまりにも特定の思想に毒されていないだろうか。

 善悪といった価値の議論はさておき、資本主義経済における企業組織の経済性を整理してみたい。大企業や中小企業と呼ぶとき、売上高や従業員数などの企業規模を想定している。だが元来、ビジネスの世界には中小企業しか存在しなかった。20世紀初頭まで、資本の出資者と経営の主体は同一人物であり、いわば家族でお金を出し合って商店を営むようなものだった。
 
 時を経て、技術の革新と金融の発達は、鉄道などの重工業のように資本を集約する事業を可能にし、それらは「ビック・ビジネス」と呼ばれた。そこでは、多数の株主による企業の「所有」と「経営」が分離するようになった。経営者の役割は、利潤極大化に加え、組織の調整と動機づけを通じて、長期的な発展に導くことであった。
 
 ビジネスを取り巻く膨大な情報を処理するためには、社長⇒部長⇒課長のように意思決定を階層化して、人事・経理のように社内で業務を分ける必要があった。加えて、業務を指示するための権限は、個人ではなく役職に付与され、業務手順をマニュアル化することで個人差を小さくし、安定と効率を担保した。このように、大企業は不可避的に「官僚制化」していった。

 従って大企業とは、①市場メカニズムに強い影響を及ぼし、②長期安定雇用を前提とし、③組織の歯車としての個人という特徴を前提としている。中小企業ではなし得ない経済性は、この特徴の賜物である。これらの特性をひっくり返せば、革新的になるという論調は、論理が飛躍している。大企業でイノベーションに成功する企業もあれば、100年間同じ事業を続ける零細企業もある。企業規模とは、あくまで組織を分類する1つの物差しに過ぎず、イノベーションや変革というテーマには、組織文化やリーダーシップなどの別の要素も存在する。このような冷静さを取り戻したい。

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