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もう一つのリューリア作戦(1)

 エルデア軍港の空は連邦の栄光ある未来を祝福するが如き晴天であり、その光はドックに入っているこの戦艦にも眩く降り注いでいた。
 ラオデギア級戦艦のネームシップであるラオデギア。クンバカルナの技術をもとに設計された新鋭戦艦であるこの艦は自動装填装置と電探連動射撃装置によって支援された12門の32fin砲を備え、アーリエリン級以上の装甲ながら巡空艦と同等の速度を発揮する。その性能は帝国のグレーヒェン級を2隻同時に相手できると言われているほどだ。
「麾下各艦準備完了しました!」
「司令官、ご命令を。」
 司令官補佐のタジ中佐、艦長のフリッチャー大佐が俺に声をかける。俺は襟を正して立ち上がった。
「よし。リューリア作戦特設独立分艦隊各艦へ。これより作戦前最後の演習を開始する!」
 低い唸りとともに主機と浮遊機関に火が入り、出力が上がっていく。ある種荘厳な光景だ。やがて船体は浮かび上がり、艦はゆっくりとドックの出口へ……

『機関室よりブリッジへ!浮遊機関の出力が増大しすぎています!』
 緊急伝声管からの一声が俺の感動をぶった切った。焦りを隠せない俺と対象的に、フリッチャー艦長は落ち着いて対応する。
「新型艦だろうが緊急時対応に変化はない。マニュアル通り対応しろ。」
『外部からの強制遮断、主機からのエネルギー供給停止、マニュアルにあることは一通りやりましたが効果ありません!浮遊機関は暴走状態です!』
 フリッチャー艦長から落ち着きの表情が消えたのが分かった。
「浮遊機関暴走につき総員対ショック姿勢!機関室要員は全員退去しろ!艦はすでに2メルトは浮き上がっている、いつ浮力が失われるか分からん!」
 艦長の怒号ののちブリッジは静寂に包まれた。永遠とも思える数秒の後、機関が蒸発したのか、ドシンという音とともに艦はドックに落下した。浮力計は0を指してピクリとも動かなかった。

「入れ」
 言われた通り部屋に入ると、エルデア軍港司令であるアジャール中将が座っていた。彼は士官学校時代に兵站学の教官を務めており、俺も教え子の一人だ。つまり全く頭が上がらない人物ということだ。
「まったく、お前はいつも予想もつかないことをしてくれるな……」
 アジャール中将は口の片側を釣り上げる独特の笑いを浮かべながら俺をなじった。
「あ、あれは俺のせいじゃないですよ!」
「じゃあ誰のせいなんだ?フリッチャー艦長か?機関室の技術兵か?」
 俺のうかつな発言に追い打ちの一撃を加える時のアジャール中将は心底愉快そうだ。士官学校時代から変わっていない。
「まぁ安心しろ。まだ調査結果は出てないが、大方新型艦に付き物の初期不良だろ。特にラオデギアは新技術の詰め合わせみたいな艦だからな。しかし、こういう誰が責任をかぶるでもない時は、その場にいる最上階級士官が責任を負うものだ。」
「そんな、じゃあ俺はクビですか!」
 俺の言葉に答える前に、中将は棚から書類を抜いて机に広げた。独立分艦隊の司令官に任命された時に見せられたものだが、あちこちに赤が引いてある。
「そんなことはせんよ、何しろ他の艦隊勤務士官連中はもう出払ってるからな。分艦隊の指揮をとれるのはお前だけだ。だが乗艦と配下の艦は変わることになるな」
 編成変更?俺がそんな疑問を発しようとすると、中将は書類のうち『リューリア作戦特設独立分艦隊編成表』と書かれたものを見せた。至るところに取り消し線が引かれている。旗艦はラオデギアから"ビルワラ級戦艦ドーヴィル"という見知らぬ艦に変わっていた。
「旗艦は戦艦が残ってただけありがたいと思うんだな。それより他の艦が問題だ。見れば分かるが、かなりの数が他の艦隊に引き抜かれてる。……まぁ大体の犯人は第四艦隊だがな」
「本当だ、重巡クラスクに軽巡バルカシュまで取られてる!」
 出発出来るかどうかすら怪しい部隊に艦を割り当てるのは戦力の無駄というのは分かるが、これでは部隊そのものが残らない。さらにリストの下にはいくらかの艦が付け加えられていた。
「ソルテガ級防空軽巡空艦アル・ティバサ、グリア級艦隊護衛艦アンティゴネ、フロテリラ級軽駆逐艦サナア……速度も航続距離もバラバラですね。」
「余りを押し付けられたんだろ。戦闘能力には問題ないようだし、ありがたくもらっておけ」
 そう言うと中将は椅子を退けて立ち上がり、書類をこちらに差し出した。
「分艦隊の出航は3日後だ。先発隊が出てからもう2日も経ってる、訓練時間が無いのは悪いがこれ以上待てないんでな。頼んだぞ、バルサム・ザーレ少将。」
 俺は中将から書類を受け取り、司令室から退出した。乗艦の様子を見なければいけないし、新しい部下たちがどんな人物なのか知っておかなければ。やるべき事は多く時間は少ない。

 エルデア軍港のドッグにはほとんど艦が残っておらず、俺に「見事に出遅れたなぁ」という感想を抱かせた。戦艦は一隻のみで、遠くからでもすぐに分かった。
「ビルワラ級戦艦ドーヴィル……これか。しかし随分と旧式な艦だな。」
「559年建造、601年に機関、観測装置、対空砲増設などの改装を実施……かなりのロートルですね。」
 副官のタジ中佐が資料を見ながら説明した。この奇妙な艦をもう一度眺める。連装の主砲塔が艦の前後に1つずつのほか、左右舷側にも1つずつ備えられ、艦首には8門もの狙撃砲砲口が開いている。艦橋は低く、艦尾砲塔の直前には大きな副艦橋が伸びていた。全体的なデザインがガンノット級に近い分、違和感が際立つ。
 艦橋に上がるとその古さはますます明らかであった。計器類は訓練で乗ったガンノット級よりなお古く、窓にはめ込まれたガラスやドアノブも明らかに工作精度が低い。あちこちにペンキが塗り重ねられた跡があり、共振観測装置の紙テープ式出力装置が、板張りの床にねじ止めされている。
「全く、うってかわってとんだボロ船だなぁ」
「私にとっては慣れ親しんだ物に近くてやりやすいですね、何しろ私もロートルですから」
 後ろからした声はラオデギアの艦長、フリッチャー大佐のものだった。
「大佐!よかった、大佐は引き抜かれてなかったか!」
「ええ、ラオデギアのクルーはほとんどドーヴィルに移っています。ザーレ少将、ようこそドーヴィルへ。」
 俺は大佐と握手を交わし、胸を撫で下ろした。歴戦のフリッチャー大佐がいれば、この艦は大丈夫だろう。

 我らがリューリア作戦特設独立分艦隊は、戦艦・重巡の主力戦隊と、軽巡・駆逐の前衛戦隊からなる。前衛戦隊は進路を偵察し、あるいは敵航空機から主力戦隊を守る。前衛戦隊の指揮官には、実力はもちろんのこと主力戦隊との信頼関係も求められる。その意味では、この女士官は最悪に近い人選だった。
「バルサム・ザーレ少将か?自分はメル=パゼル共和国軍、クロエ・ジン大佐だ。巡空艦ウィンダム艦長、及びリューリア作戦特設独立分艦隊前衛戦隊司令を務める。」
 威圧的な口調に一瞬上官を相手にしているのかと思ったが、そんなことはなかった。よく見れば相手は自分より若く、背も俺と比べて頭2つは低い。メルパゼル特有の大仰な制服のせいで、着ているというより着られている感じだ。
 とはいえ、これから背中を預ける相手をいきなり叱りつけるのもマズい。ここは穏便に行くべきだろう。
「あ、ああ。分艦隊司令官のザーレだ。ジン大佐、これからよろしく。」
 友好的に握手を差し出すと、ジン大佐は怪訝な顔でそれを受け取って言った。
「姓はクロエだ。……それはともかく、このウィンダムはウィンダム級巡空艦の一番艦、外征作戦ノウハウ獲得のため建造された、共和国軍初の巡空艦だ。ザーレ少将、貴官がこの貴重な艦の命運を託すに相応しいかどうか、私としては甚だ疑問だな。」
 そう言うと、ジン大佐……いや、クロエ大佐はそそくさとパゼンブルーの巡空艦へ戻ってしまった。
「いかにもエリートって感じの人でしたね、ザーレ少将。……ザーレ少将?大丈夫ですか?」
 頭が痛い。


[軍機]
リューリア作戦特設独立分艦隊編成表(改変後)
・分艦隊司令官:バルサム・ザーレ少将
[主力戦隊]
ビルワラ級戦艦 "ドーヴィル" (分艦隊旗艦)
オケアノス級航空重巡空艦 "アルボラン" 
ソルテガ級防空軽巡空艦 "アル・ティバサ"
ヤサール級艦隊支援補給艦 "ヤサール"
[前衛戦隊]
・前衛戦隊司令官:クロエ・ジン大佐
ウィンダム級巡空艦 "ウィンダム"(前衛戦隊旗艦)
グリア級艦隊護衛艦 "アンティゴネ"
コンスタンティン級駆逐艦 "コニス"
フロテリラ級軽駆逐艦 "サナア"

次(第2話)

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