もう一つのリューリア作戦(2)

前(第1話)

 出港までの3日間はあっという間に過ぎていった。ドーヴィルは元々北方の辺境艦隊でモスボールされていた艦で、俺が乗り込んだ時点では完全なる稼働状態ではなかった。作戦にあたっては通信装置の再整備や冷房装置の設置が必要であり、俺とタジ中佐はこれに伴う事務処理に追われた。その上部下たちとの打ち合わせもせねばならず、ほとんど殺人的な忙しさと言ってよかった。
 そして今、俺はドーヴィルの艦橋に立ち、作戦開始の合図を行おうとしていた。
「これより、リューリア作戦特設独立分艦隊の作戦行動を開始する!旗艦に追随せよ!」
 俺の声を合図に主機と浮遊機関に火が入り、艦がゆっくりと浮き上がった。また何か起こるのではないかという艦橋要員たちの不安をよそに、艦はゆっくりとドックから出て、黒煙を上げながら進んでいった。艦橋にいる俺には分からないが、軍港の司令塔にいるアジャール中将からは、ドーヴィルに続いて各艦が連なり進んでいく様が見えたことだろう。
『エルデア軍港より、リューリア作戦特設独立分艦隊各艦へ。グラン・アーキリア。無事で帰ってこいよ』
 無線越しに投げかけられたアジャール中将の声をよそに、分艦隊は進んでいった。南、すなわち過酷な荒野へ。

「艦隊、対空警戒陣形を取れ!」
『こちらアル・ティバサ、先行哨戒位置へ移動します』
『コニスは右舷、サナアは左舷を警戒しろ!旗艦のオンボロに速度を合わせろよ!』
 出航前はまるで訓練時間が取れなかったため、多少の遅れを覚悟して航行中に訓練を実施することにした。急ごしらえで集められた速度や加速性能が異なる艦ばかりにも関わらず、フリッチャー艦長の指揮もあって戦術運動の訓練はスムーズに進んだ。我々は特段トラブルもなく最初の1日を終え、ヒグラート渓谷を越えた。

 出航から4日目、リューリア作戦開始から9日目。分艦隊は国境を出てクリリョノを通過し、ついに帝国軍の防空圏内へと入った。敵の攻撃や大きな故障もなくスムーズに前進していたが、問題が一つだけあった。未だに他の艦隊と接触できていないことだ。
「そういう訳で、今後の方針を確認したいと思う。この独立分艦隊の目的は早い話が戦線の穴埋めだから、俺としては早急に第一艦隊か第五艦隊の通信範囲に入って、各艦隊の位置を確認したいと考えてるんだが、どうかな」
「賛成です!」
「それで大丈夫でしょう」
 地図を置いたテーブルの反対側に座るタジ中佐とフリッチャー艦長がうなずいた。
「問題は第一艦隊と第五艦隊どちらに接触するかだな。第五艦隊の方が近いが、第一艦隊の方が有力だ。」
「第五艦隊の方が良いと考えます。出港時の情報では、第一艦隊はノスギア山脈に沿って移動していましたから。あのような険しい地形では無線が通じづらいことが多いので、確実に接触できるであろう第五艦隊に接触すべきです」
 フリッチャー艦長が地図を指し示しながら言った。彼らしい、経験に裏打ちされた意見だ。
「じゃあフリッチャー艦長の意見を採用して、第五艦隊と接触することにしよう。タジ中佐、航海員たちにこのことを伝えてくれ。第五艦隊の予定進路から、変針すべき方向と、いつ頃接触できるかも割り出しておきたい。フリッチャー艦長、前衛戦隊にも方針を伝えるから、通信を開いてくれ」

『ザーレ少将、私は第二艦隊と接触すべきだと考える。』
 無線の向こうで口を開いたのはクロエ大佐だ。
「第二艦隊と?西部は第二艦隊の他にも第三・第四・第六艦隊がいるから、この分艦隊の出番はないだろう。戦線中央に位置する第五艦隊に接触する方が、カバーできる範囲が広くなっていいと思うんだけど……」
 はっきりとため息が聞こえた。いや、聞かせてきたと言うべきか。
『……いいか?このウィンダムと前衛戦隊だけならそういう判断も出来るが、分艦隊にはドーヴィルとかいうオンボロがいるんだぞ。今から第五艦隊に接触しようとしても、いつになるのか分からん。それよりはあの老婦人に追いつく方が容易いぞ。』
「いやしかし、第五艦隊だって速度で言えば同じようなものじゃないか。ここからの距離も多分同じような物だし、やはり第五艦隊と合流した方がいいんじゃないかな?」
『第五艦隊は他艦隊の支援を目的とする艦隊だ。進路予測が難しく、接触までの時間が余計にかかる可能性が大きい。対して第二艦隊は第四艦隊の残敵掃討が目的だから進路も予測しやすい。一刻も早く情報が必要なのだから、第二艦隊と接触すべき……ちょっと待ってくれ、一旦外す!』
 無線受話器が机に置かれる音とともに、クロエ大佐は席を外した。
「どうした、何かあったのか?」
 無線越しに、先程の威勢を失った困惑気味の声が聞こえた。
『当艦の見張員が第二艦隊旗艦アーキリアと複数の味方艦艇を目視で観測した。……例外なくひどく損傷している。第二艦隊は撤退しているらしい』

 タジ中佐から望遠鏡を受け取ると、確かに黒煙を吹き上げながら北へ向かうオールド・レディの姿が見えた。付き従う艦は旗艦戦隊のものらしいが、その数は当初の半分程度だ。リューリア作戦開始からわずか9日目にしてこのような大打撃を受けるとは、艦橋要員たちも困惑を隠しきれないようだった。
「通信の応答は?」
「ありません。艦上構造物を集中攻撃されたのでしょう、いずれの艦も中距離以上の通信用アンテナが破損しているようです」
 これでは慰めの言葉をかけるどころか、前線の様子を聞き出すことも無理そうだ。レイテアを飛ばして直接やりとりすることも考えたが、向こうに回収用クレーンが残っているとも思えなかったためやめた。
「まぁ、ここまで撤退すればもう大丈夫だろう。できれば何があったのか聞いておきたいが……他人の心配をしてる場合じゃないな。予定通り、第五艦隊に合流するぞ。」
「了解です。各艦に変針を指示します。」
 フリッチャー艦長が通信機を取ろうとした直前、緊急伝声管からけたたましい声が聞こえた。
『敵航空機発見!!大型機4!距離およそ3ゲイアス、アーキリアに向けて飛行中!!』

 敵機はヴェーリャ364が3機とゲルグ388が1機の編隊だった。恐らく見逃されていた地上飛行場から飛んできたのだろう。大型機とはいえ万全の第二艦隊旗艦戦隊ならどうということはない相手だろうが、満身創痍の現状では極めて危険な相手だ。
「全艦アーキリアに向け回頭!アルボランに飛行隊を発艦させろ!」
 タジ中佐が口を挟んだ。
「ザーレ少将、セズレ6機で大型機4機の相手をさせるのは危険です!」
「かと言って見殺しにする訳にも行かないだろう!ここから狙い撃ちする訳にも……」
 いや、それが出来るかもしれない艦がこの艦隊にはいるじゃないか。
「ウィンダムに繋いでくれ」
 操艦中の艦長に代わって、怪訝な顔のタジ中佐が通信を繋いだ。
「ウィンダム、前方の敵機をここから狙撃できるか?」
 クロエ大佐は心底嬉しそうに言った。
『連絡が遅いぞ。もう照準中だ』
 空雷を搭載した敵機が旋回し攻撃位置につこうとした時、ウィンダムの18fin重パゼン砲が火を吹いた。精密な時限信管が仕込まれた対空榴弾は3ゲイアス先の空中で花を咲かせ、編隊の先頭に位置するゲルグ388を飲み込んだ。
『よぉし!重パゼン砲の射程から逃れられると思うなよ!』
 残ったヴェーリャ364は対空榴弾から逃れるべく、散開して第二艦隊から離れた。どこから攻撃されたのか分からず、第二艦隊の対空砲と勘違いしたのだろう。恐らくウィンダムが第2射の準備をしている時、後方を警戒していたアル・ティバサが赤色発煙弾を放った。
『こちらアル・ティバサ。当艦隊後方2ゲイアスに敵機を確認。その数20、こちらに接近中』
 ――まさか前方の編隊は囮だったのか?通信でウィンダムに呼びかけるが返事がない。前方の敵に集中しすぎている。
「クソッ、アル・ティバサと前衛戦隊は対空防御!アルボランは艦載機を防空配置に!」
 アル・ティバサと駆逐艦たちがドーヴィルと補給艦を守るように動き、航空重巡空艦アルボランの格納庫からセズレⅣ迎撃機が吐き出された。襲いかかる20機のグランビアに対して無数の対空砲弾が浴びせかけられると、グランビア隊は高度を下げて艦隊の下へ潜り込んだ。対空砲の少ない艦底から攻撃するつもりだ。
 だがその考えはお見通しだ。艦底を攻撃するべく上昇を開始し速度が低下した敵機に対し、セズレが急降下して襲いかかる。すれ違いざまに放たれた銃弾は数機のグランビアをズタズタに引き裂いた。残り10機ほどの敵機は散開しながらも攻撃を強行し、榴弾砲が放たれた。ドーヴィルに僅かな衝撃が走り、窓の外を外れた砲弾が飛んでいく。
「損害報告!」
『下部艦橋、被害ありません。装甲板に当たっただけのようです』
 艦隊の隙間をくぐり抜け上へ抜けた敵航空機隊はなおも諦めず、今度はウィンダムに向けて降下を始めた。ウィンダムはようやく気がついたようで対空砲による迎撃を始めた。敵機が次々と火に包まれる。
「このまま倒しきれるか……?」
 しかし、グランビアの1機が最後の意地を見せた。右器官と機首を吹き飛ばされたグランビアのパイロットは、自分が生きて帰れない事を悟り、左器官だけを使って真っ直ぐウィンダムに向け降下した。特攻をかけるつもりだ。敵機へ放たれた機関砲弾は俺の思いも虚しく逸れていき、グランビアはウィンダムの舷側対空砲に突き刺さって爆発した。

 戦闘が終わった後、クロエ大佐が報告のために連絡機でドーヴィルへやってきた。
「今回の戦闘での被害は対空砲一門、船員2名だ。作戦遂行に問題は無いが、左舷装甲板の支持材が負荷を受けているかもしれない。可能なら、艦隊支援補給艦ヤサールから、調査と修理のために人員を割いて貰えると助かる」
「分かった、多分問題ないだろう。」
 俺が答えると、クロエ大佐は悲しげに言った。
「それから……私を解任してくれ。前衛艦隊の指揮とウィンダムの艦長は、私の副長に引き継ぐ。」
「クロエ大佐……?」
「……私は元々この作戦に来るべきでは無かった。私より実戦経験が豊富で、ウィンダムの指揮を執るに相応しい士官など珍しくもない。軍は実戦経験を積ませるために私を送り出したようだが、私は結果としてみすみす部下2名を死なせてしまった。……私は不適格だ。私を、解任してくれ……。」
 クロエ大佐は俯き、口を固く結んだ。新任の士官にとって、部下を失うのは大きなショックを伴う。気持ちは痛いほど分かる。だが彼女も艦隊の一員だ。解任するわけにはいかない。
「クロエ大佐、司令部があなたをウィンダムの艦長に任命したんです。乗組員たちはあなたに付いてきたんですよ。」
「大佐。指揮官をやめたところで死んだ部下は戻ってこない。責任を感じているなら、指揮官としてこの作戦を完遂するんだ。それが士官としての責任の取り方だ。」
「……!」
 クロエ大佐はフリッチャー艦長と俺の言葉に感じる所があったようで、ゆっくりと顔を上げた。
「そうか……そうだな……。フリッチャー大佐、ザーレ少将、その……感謝します。」
 大佐は俺達に礼を言い、ウィンダムに戻っていった。
「大丈夫かな、彼女」
俺が不安を口にすると、艦長は笑って言った。
「大丈夫ですよ、士官の責任の話を聞いて思い直したようでしたから」
「やめてくれよ、あれは上司からの受け売りなんだから」


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