意図的に、水溜まりを踏み歩く。

 シナセンの基礎科を卒業して、研修科に進級した。今日、その初日だった。

 昨夜、あまりにも行きたくなくて、「朝が来ない方法」とか調べてた。朝は来た。

 雑談が苦手だということに、最近ようやく気がついた。一対一なら、集中して話せる。しかし、三人以上になると、話を聞いて、何の話をしているのか整理して、相槌を打って、今話を振られたら何を答えよう……などと考えてしまう。よって、私は聞き役に回ってしまう。人ってこんなに黙っていられるんだと驚くほどに、声を出さないでいられる。すごいなぁと思う。

 そういうことを調べていたせいで、目が覚めたのは、同期との待ち合わせ時間の30分前だった。かなり焦って、遅刻の連絡をして、電車に乗って、駅構内を歩いた。

 幼い頃から、臨機応変に対応することが苦手だ。最近はこだわりも強く、この電車に乗ると決めたら譲れず、基礎科時代も、毎週同じ時間の電車に乗り続けた。その時間に乗れば、授業が始まる時間より、かなり前に駅に着くので、一本先のものに乗っても遅れることはないが、同じ時間に乗った方が安心する。それゆえ、仮に遅延するようなことがあれば、パニックになり、思考が停止してしまう。高校時代、毎日同じ道で学校に行き、同じ道を帰っていた。簡単に寄り道をできないのだろう。面倒な性格だと自覚している。

 シナセンに向かうために経由する駅を歩く時、BUMP OF CHICKENの『Flare』をイヤフォンで聴くと決めている。それを聴きながら、泣いた。泣きながら、歩いた。本当にどうしようもなかった。「昨夜 全然眠れないまま 耐えた事 かけらも覚えていないような顔で歩く」という歌詞が、刺さった。全然、そのかけらを覚えていたけれど、自分自身のことを歌ってくれている気がした。

 研修科の教室は、事務局と同じ部屋だった。机を囲んで、座る形。勤めたことはないが、社内会議みたいだった。私含め、クラスは八人らしい。同期は三人、私、先輩が二人。残りの二人は休みだった。
 初日だから、という事で様子見みたいな感じで、私も同期も課題を書いてこなかった。それを知った先生が「誰も書いてきてないの?30年に一度あるかないかだよ」みたいなことを言っていた。それはないと思うが、その言い方やら雰囲気から、このクラスのことが少し解った気がした。

 先輩の一人が課題を二本読むことになり、一本目を読み始めた。聞きながら、ノートにメモする。脚本を聴くことは難しいし、慣れていない。が、必死に聞いて、メモを取り、何とか頭の中を整理させていく。雑談と似ているなと思った。
 読み終わり、感想タイム。一人一人、感想を言っていく。一言二言でいいのだが、残りの先輩も同期も、かなり長々と言っていた。しかも、ダメ出し多め。それで、順番が回ってきて、とりあえず「舞台設定が好き」などと、振り返れば笑ってしまうような当たり障りないことを言ってしまった。そして、もう一言ぐらい言った方がいいか、と「この台詞から雰囲気がガラッと変わって……」に続く言葉を探していたが、結局「良かったです」としか言えず、消え入りそうな声で、「以上です」(感想を言い終わったら、言うルール)と言った。当然だが、先生に聞こえなかったらしく、隣に座ってた同期のお兄さんが「以上です」と言ってくれた。声が出なくて、出なくて、涙が出てきて、それから他の人が感想を言っている時も、静かに泣いていた。不甲斐なかった。
 感想タイムが終わり、先生の講評に移ったのだが、ここからが、もう。先生がダメ出しをすれば、言い返し、先生が言い返し、また言い返し、のバトルが白熱していた。その様子を目の当たりにして、更に泣いた。もう意味が分からん。泣きすぎ。あんなに言い返さなければならないのか、と思ったと同時に、凄い場所に来てしまったなと感じた。

 部屋に篭って書くだけでは駄目だと、入った場所は、もはや修行場と化していた。雑談の場所ですら、空気と化してしまう私にとって、声を出さなければならない場というか。それが本当に辛く、通い続ければ、克服できるのかもしれないが、できないかもしれない。致命的かも。

 先輩が読んだ二作品目の感想タイムでは、少し余裕を持って、褒めるだけでなく、「こうした方がいいのではないか」みたいなことも言うことができた。小さいが、限りなく進歩できたと思う。

 泣きながらも、二時間経つのは早かった。
待ち合わせした同期に「泣いちゃったんですよねー」と話すと、「お茶行こっか」と言ってくれた。そういう優しさが沁みた。
 前を歩いていた同期二人も同行し、本日二回目のカフェへ。たまに、お茶に誘ってくれた同期と話しながら、四人で感想等を話し合った。相変わらず聞き役に徹していると、「大丈夫?しんどくない?」と聞いてくれたり、話を振られて、話し始めると、三人とも静かに聴いてくれたり。居場所はあるんだと感じた。このメンバーで良かったと、何となく思った。

 脚本家になる道になるならば、と入ったシナセンだが、「社会勉強のため」に頑張ろうと思う。極論、「ちゃんと声を出せるようになるため」か。そんな感じでいいかも。今は。

 来週は課題提出するつもりだが、感想を言うだけでも泣くので、朗読するとなったら、今日以上に泣くかもしれない。泣きたくないなぁ……。

 俯いて帰っていたにも関わらず、暗く、水溜まりの存在に気がつかなかった。バシャッと入ってしまい、靴が濡れた。気持ち悪かった。

 私にとって話すことは、水溜まりに入ることかもしれない。いつか、抜け出せる日は来るのだろうか。

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