#38 "メモ書き"の危険な落とし穴~認知症【中核症状】にみられる「失語」「失認」「失行」とは?!~
【認知症】=【忘れる】というイメージが強いので、在宅介護で、ついついやってしまうのが、【メモ書き攻撃】ではないだろうか?!
認知症、初期症状のうちであれば、このメモによる「指示」や「情報共有」は有効だが、認知症が中度~重度に進行すると、「メモ書き」による、「指示」や「情報共有」は、不可能になってくる。
これは認知症の【中核症状】のひとつ、【 失語・失認・失行 】が、発生してきている為だ。( ”周辺症状”ではなく、”中核症状” )
1、失語とは?
例えば、私の母の場合、
言葉は流ちょうに話せていたし、視力も良かったので、「字が読めなくなっている。」というのに、中々、気づけなかった。
字が読めなくなっているのに、いくら「メモ書き」を、冷蔵庫のドアに一杯貼って来ても、伝わらないよねー。(喧嘩の1番の原因になりやすい。)
そして、字が読めなくなっていれば、当然、字も書けなくなっている。言葉の意味も理解できなくなっている、ということ。ふつーに、おしゃべり出来ていても。
母のこの症状に気づいたきっかけは、「○○時には帰ります。お留守番をお願いね。」と、母に直接、口頭で伝え、その上で、「メモ書き」して置いてきても、5分も経たないうちに、私を探しに、外へ出てしまうなど、”一人で留守番が出来なくなった”事に疑問を持ったこと。
2、失認とは?
これも、私の母の場合、
・「メモ」が何か?を、忘れてしまう。
➡️ 「メモを見て!」と言ってもわからない。
・「時計」が何か?を、忘れてしまう。➡️ 時刻がわからなくなる。
・「臭覚」「味覚」が衰えるので、カビが生えたパンとか食べてしまう。
・「カビが生えたパン」というのが何か?わからなくなる。
・「りんご」を見せても、「りんご」とはわからなくなる。
3、失行とは?
これも、私の母の場合、
・身体にどこも不自由な所はないのに、「着替え」が出来なくなる。
これは、「季節や気温にあった着替えが出来ない。」という【見当識障害@中核症状】から先に始まり、そのうち、ズボンの履き方を忘れてしまう、セーターの腕の通し方を忘れてしまう等、着替え、そのものの動作が出来なくなる。
・ハミガキのやり方(動作)を忘れてしまう。
・ハサミや包丁、家電など、「道具の使い方」を、忘れてしまう。「道具」ということさえ、認識できなくなる。
この中核症状における【失語・失認・失行】という症状は、「意思の疎通がとれなくなる。」ことから、「制御不能状態に陥る」という、とても深刻な状態。
下記の様な、「命に関わる危険」が発生する可能性が高くなる。
つまり、携帯電話などによる「遠隔介護」のみでは、全く通用しなくなる。24時間、人の目や介添えでの「見守り」による介護体制が必至であり、家族だけでの「在宅介護」や「老々介護」も限界域に達してくる。
本人が足腰元気で動き回っていられる状態であれば、尚更。
しかし、これらの危機を、最も敏感に感じているのは、実は、認知症を患っている本人自身であることが多い。
認知症を発症し、言葉やモノや家族の名前を忘れても、生体的生理的に「自分に命の危険が迫っている」ことに対しての、「不安」や「戸惑い」「恐怖」という「感情/感性」は、忘れてはいない。失っていないのだ。
そして、「わからない。」とか「出来ない」と、誰かに言えば、「怒られる」とか「バカにされる。」という「負の感情」も、忘れてはいない。
だから、出来なくなっている事を隠そうとしたり、その場では、わかったふりをしたりもする。後になって逆ギレしたりもする ―――。
介護者が「メモ書き」を残したのに、それを、「忘れた」と言って、とぼけたり、メモ書き通りに、”ミッション”を遂行できなくなっている時は、この深刻な中核症状(失語・失念・失行)が発生している可能性を疑い、24時間見守れる様な『介護体制の強化』を検討しなければならない段階と考える。
実際に、私自身が父や母に迫っている「危機」を感じ、家族だけでの在宅介護には限界を感じた事案。これにより、私は母の施設への入所を心に決めた。
その頃、日本国内では、コロナ禍が猛威を振るっていた・・・。
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