K1好き中年女が振り返るThe Match 2022の武尊選手

『K1ファンは幻想を見ていたのかもしれない』


 格闘技ファン全員が待ち望んだ大会The Matchが終わってからだいぶ経過しましたが、やはりこの気持ちを残したいので書くことにした。あの日はK1ファンからするともう悪夢で、耐えきれないショックを受けて気持ちの整理もつかないくらいだったので今になってしまったとも言える。

 まず数か月前のメイン以外の試合の発表会見にて、RISE側のYAMAN選手の言った言葉が試合前にもそして試合後にも心に突き刺さって離れなかった。

鎖国してきたK1

「鎖国してきた日本は黒船がやってきて驚くわけですよ。鎖国してきたK1は俺たち黒船に負けるんですよ」

 試合後に私はこの彼の言った言葉を『K1ファンは幻想を見ていた』と言われているような気分になった。それは山崎が負け、野杁が負け、武尊選手までが負けてしまったから。私たちが信じてきた”K1最強”は、幻想だったのだと嘲笑われているように感じた。

 The Matchが終わった直後、多くのK1ファン、おそらく武尊ファンは口を揃えて、「感動をありがとう、試合が見れただけで幸せでした」というコメントを残していたが、正直私はそんな寛大な気持ちになれなかった。あえて言うと、こんなんなら見たくなかったとも思ってしまった。武尊選手が負ける姿など見たくなった、そしてどうせ負けるとしても僅差で負けて欲しかった。それなのに、、、現実は完封されてしまった。

 ここ何年間もずっと負けない武尊選手だったから、

どんなに強いと前評判のある外国人選手にも、タイのムエタイの王者にもずっと勝ってきた武尊選手だから、負ける姿なんて観るわけないと思ってた。負けない武尊選手、それがあまりにも当たり前になってしまって、普通になってしまって、それがどんなに凄いことなのか考えることすら忘れてしまってた。いや、忘れさせてくれるほどに彼の試合が凄かったのだ。武尊選手はいつも簡単に私たちに喜びを与えてくれた。いつも簡単に私たちの願いを叶えてくれた。KOで勝って、お決まりのバク宙をして笑顔で大会を締めくくる。

でもそれは幻だった。

 あの日、The Matchの日に私たちが観たのは現実だった。

武尊選手にも叶えられないことはあるという現実。そんな当たり前のことを忘れてしまっていた私。自分の願いを武尊選手に託して、叶えてくれて当然と思ってきた私。その勝手な願いが裏切られたと憤る一方的な私。この身勝手な“私”は、きっと私だけではなく、共感する格闘技ファン、K1ファンは多くいるのではないだろうかと思う。武尊選手が今まで観せてくれてきたことは、もちろん簡単ではなかったのに。それを当然だと勘違いしてきてしまったのだ。ほんとに私たちは幻想を観てきただけだったのかもしれない。

でもあえて言うが、それが格闘技なんだと思う。ファンが勝手に期待して選手に夢を託す、それが格闘技なのだ。

総合格闘家の青木選手の涙

 総合格闘家の青木選手がシンガポールで秋山選手に負けた試合後に、カメラの前で「俺はやっぱり武尊にも天心にもなれない」と涙を流していたのはきっとそういうことではないかと思う。つまり、青木選手は格闘技ファンが自分たち選手に何を期待してどんな夢を見て、選手が何を見せなきゃいけないかを知っているのだ。30代後半の青木選手と40代後半の秋山選手の試合に、世の中の中年世代は自分たちに重ね合わせておじさんと言われる2人の試合に胸を高ぶらせている。しかもこの中年の世代は昔の格闘技黄金時代を知っている世代、魔裟斗選手やKID選手に興奮した世代。特に青木選手は昔は今よりずっとヒールの印象があった。その青木選手が今ではレジェンドと言われ、天才と言われ、継続は力なりを体現してくれている。そんな青木選手が勝利するのが観たい、特に(ここでは理由は省略するが)ヒールの代表ともいえる秋山選手を圧倒して鮮やかに勝利するのを観たい。それをやってこそ青木選手の真骨頂ともいうべき作品になるはずだった。青木選手はそのファンの気持ちを誰よりも知っていて、そして誰よりも自分の最高傑作を作りたかった。青木選手が格闘技人生でHEROになれる日のはずだった。だからこそのあの涙と「俺はやっぱり武尊にも天心にもなれない」発言になったのではないかと思っている。


 

天心選手のほうが強いとは思わない

話を武尊選手に戻す。それが現実とは言っても、相手の天心選手のほうが強いとか実際は今でも思っていない。結果が出た今でも思わない。

 なぜなら何度も武尊選手の試合を観てきたファンにはわかる気がするのだが、あの日の武尊選手はいつもと違った。
 まず入場時の顔の表情が全然違った。いつもは相手を倒してやろうという殺気みたいなものを感じる表情でそれはそれで怖いのだが、今回のそれは殺気ではなかった。なにか完全に恐怖に気持ちが支配されて振り切れていないような、あるいは他のいろんなことを考えすぎて試合に集中できていないような、つまりいつもの倒しに行く武尊選手ではなかった。
 何年も試合が実施できないことに苦悩し、アンチからの罵詈雑言に心を痛め、それでも大会を開催するために尽力した武尊選手。やっとたどり着いた世紀の一戦を前に、安堵した部分とK1を背負ってきた自分がもし負けたらどうなるんだという不安。すべてを失うと思い込んでしまった恐怖の感情。その負の感情のループが彼をいつもの勝利のループから遠ざけてしまったように感じた。だからどっちが強かったという結果は私の中ではまだ出ていない。

 いつもの武尊選手に戻った状態でもう一度試合を観たい。キックボクシングを卒業した天心選手なので二度とあるわけないのに、また好き勝手な期待をしてしまう。どうしても武尊選手をフォローしたくなる、かばいたくなるファン根性。結果が出ても負けたと認められない私の感情。それはもしかしたら、『試合を見れただけで感動でした』と言える寛大なファンに比べたら情けないくらいの女々しい(私は女なので女々しくて構わないのだが)さっぱりしてない感情なのかもしれない。ただ私は自分の感情は間違っていないと思っている。

 K1だけを本気で信じてきた者にとって、負けたということを簡単に受け入れられないのは当たり前なのだ。格闘家に自分の夢を託して、その勝利によって報われたと感じる、自分の願いが叶ったと感じる。いつまでも幻想を観ていたいのが、格闘技ファンなのだから。

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