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グリーンラッシュと合成カンナビノイド

 現在、世界規模でグリーンラッシュと呼ばれ、大麻を合法化しレクリエーショナルドラッグとする動きが活発になっている。

 アルコールより弊害が少なく依存性のない太古から使用されている麻であるが、科学的研究も活発化しており、人工カンナビノイドの合成も進んでいる。合法ハーブの流行が一昔前にあったが、CBDを始めまたもや様々な規制外のカンナビノイドが日本でも流通し始めている。最近では合成カンナビノイドの一種であるHHCが日本で規制されたのは記憶に新しい。
 現在までにどのようなカンナビノイドが発見されているのかを見ていきたい。

 大麻はアサ科1年草の薬用植物アサ(Cannabis sativa L.)を指す。大きく2種類の大麻があり、Cannabis sativa(サティバ)とcannabis indica(インディカ)は、何世紀にも渡り世界中に群生しているイラクサ科の植物の一種で、縄や布地を作る繊維、薬用ハーブや嗜好品といった様々な用途に使われてきた。

 ドラッグとして使用される大麻の花穂部分はマリファナ、マリワナ、ガンジャ、バッズ、草、野菜、93など隠語を含めた様々な名称で呼ばれている。
 これらカンナビス(大麻)にはカンナビノド類、テルペン類、フラボノイド類、フェノール類などを含めて500種類以上のさまざまな化合物が含まれている。

 その中でもカンナビノイドと呼ばれる生理活性物質は、104種類あると言われている。カンナビスの主成分でハイの元となるのはTHC(テトラ・ヒドロ・カンナビノール)と精神作用のないCBD(カンナビジオール)である。 
 THC及びCBDは、1960年代にイスラエルの化学者メクラム氏によって発見された。THC濃度が0.3%未満の産業用大麻と呼ばれているアサの品種にCBDは、1~15%ほど含まれていると言われている。レクリエーションドラッグとして様々な交配がされたものにはTHCが最大25〜30%含まれている。
 交配されたカンナビスは作ったグロワーなどにより様々な名称が付けられており、数百種類に及ぶ。例えば「スカンク」という名前がつくカンナビスは栽培するときに放つ刺激の強い香りからきている。他にも、AK47やデストロイヤーなど、パンクな名前がついたものもある。

 日本では、1948年に制定した大麻取締法によって、カンナビノイドを多く含む花穂と葉の利用を禁止されており、大麻取締法第四条によって、医師の交付、患者の施用の両方が禁止されている。現行法では、茎および種子由来のCBDであれば利用することができる。
 また、都道府県知事の許可があれば、農家には大麻栽培者免許、麻薬取締官や大学等の研究者には大麻研究者免許が交付され、アサを栽培したり、研究したりすることができる。しかし、これらの免許取得は厚生労働省の指導や通知の細かい規定をクリアするのが非常に難しいとされている。

 現在、カンナビノイドは、Δ9-THCタイプ(18種類)、Δ8-THCタイプ(2種類)CBDタイプ(8種類)、CBNタイプ(10種類)、CBCタイプ(8種類)、CBGタイプ(17種類)、CBTタイプ(9種類)、CBEタイプ(5種類)、CBLタイプ(3種類)、CBNDタイプ(2種類)、未分類なもの(22種類)が発見されている。

 また、植物性の天然由来のカンナビノイドはフィトカンナビノイド、誘導体などの関連物質は合成カンナビノイドと分類されている。

THC:Δ9-Tetrahydorocannabinol(Δ9-THC)テトラヒドロカンナビノール

 マリファナの主要な精神活性物質であり最も有名な成分である。1964年にイスラエルの科学者メクラム氏によって化学構造が同定された。
 Δ9-THCタイプとΔ8-THCタイプがあるが、前者の方は精神作用が強く、後者はその25%程度しかない。
 一般的にTHCというとΔ9-THCのことを指す。マリファナにはTHCが3~25%含まれ、品種によってその含有量が異なる。
 THCには痛みの緩和、吐き気を抑え、けいれんを抑え、食欲増進の効果がある。この食欲増進効果は俗に「マンチ」と呼ばれ、カンナビスを吸引すると食べ物が非常に美味に感じるのはTHCの効果である。がん患者に対して処方されるカンナビスは痛みの緩和効果だけでなく、この食欲増進作用を狙っている。
 THCによる「ハイ」な効果は通常、生体内の内因性カンナビノイドが、カンナビノイド受容体に結合することで引き起こされる。THCはカンナビノイド受容体である脳内のCB1、CB2の両方と直接結合し、神経伝達を刺激し促進する。
 また、THCは、脳神経に広く分布しているCB1に対してより高い親和性をもつ傾向があるため、精神に強い影響を与える。それによって、視覚や聴覚、味覚などが鮮明に感じられるようになったり、気分が高揚したり、欲求が高まったりするのだ。これらをエンドカンナビノイドシステムと近年では呼んでいる。
 また、THCは、新しい記憶を作り、注意を向ける役割を担う脳の領域である海馬と前頭葉眼窩皮質の機能を変化させる可能性があると言われている。そのため、人の協調性、反応速度、思考、バランス、姿勢に影響を及ぼすとされている。
 これらの影響に加え、THCは脳を刺激して、快感に関係するドパミンなどの脳内化学物質を放出させる。これが多幸感を呼び起こすと言われている。さらに近年ではドイツのボン大学とイスラエルのヘブライ大学の研究チームは、THCの少量かつ定期的な摂取は、脳機能の経年的劣化を防ぐ働きがあることを発見し、「少量のTHCの摂取は、成熟層や老年層の動物の認知能力を深いレベルで長期間に渡り改善することが分かった」と研究者らは述べている。

CBD:Cannabidiol、カンナビジオール

 CBDはTHCが0.3%未満の産業用品種に多く含まれており、THCに次ぐ有名な成分である。
 この成分は日本では規制対象外のため、オイルとして広く流通している。美容にも効果があるとされ、女性を中心に人気があるようだ。
 THCのような精神作用を引き起こさないカンナビノイドであり、海外ではCBDを10%以上の高濃度に含む品種も開発されている。
 2009年の文献レビューでは、抗不安、抗てんかん、神経保護、血管弛緩、抗けいれん、抗虚血、抗ガン、制吐、抗菌、抗糖尿、抗炎症、骨の成長促進についてCBDの効果があるとされている。
 さらにCBDの抗酸化作用はビタミンCやビタミンEよりも高い抗酸化作用がある報告もあり、 抗炎症作用と過剰な皮脂の生成をコントロールする能力がありにきびを改善するという研究結果もある。これが美容業界に受けたのだ。
 日本で流通しているCBDオイルは大きく2種類に分けられる。産業用大麻の成熟した茎、種からCBDを含む全草成分を抽出し、大麻取締法の禁止薬物であるTHCを除去したブロードスぺクトラムタイプと、CBDのみを単離、精製しオイルに溶かし込んだCBDアイソレートタイプがある。アイソレートタイプはCBDのみの効果が得られ、ブロードスペクトラムは含まれるモノテルペン類やポリフェノール類が入っているのでCBD単体で摂取したときより、アントラージュ効果により他の作用も増幅されると言われている。
 CBDの作用メカニズムについては複数種類あり、その一つに内因性カンナビノイドシステム(エンドカンナビノイドシステム:ECS)がある。
 エンドカンナビノイドシステムはヒトだけでなく、脊索動物のホヤ類、脊椎動物の魚類、両生類、爬虫類、鳥類のすべてに存在している。カンナビノイドに反応するためエンドカンナビノイドと呼ばれているが、生存に必要な何らかのシステムであると考えられる。CB1、CB2というカンナビノイド受容体は細胞間コミュニケーションに関わっているとされている。
 また、CBDはエンドカンナビノイドシステムを整えるだけでなく、セロトニン受容体や、PPARγ受容体(抗糖尿病作用や抗動脈硬化作用、骨代謝や抗炎症作用に関わるタンパク質)に作用するとも言われている。

CBG:カンナビゲロール(Cannabigerol)

 植物内ではTHC、CBD、CBCの前駆物質として存在している。1964年に発見されたカンナビノイドの一つで、CBGは麻の植物内ではカンナビゲロリン酸 (CBG-A) という酸性型の物質として存在しているが、麻が成熟するに従ってCBDやTHC、CBCなどのカンナビノイドに変化する。
 主に抗菌作用をもち、炎症を抑え、ガン腫瘍を抑制し、骨の成長促進をすることが様々な研究から明らかになっている。

CBN:カンナビノール(Cannabinol)

 CBNはTHCの分解によって生まれる副産物である。THCの10分の1程度の精神作用があるとされており、痛みの緩和、炎症を抑え、睡眠補助の作用があることが明らかとなっている。
 全体の1%程度しか採取される量が少ないため高価に設定されていることが多い。他の成分に対しアントラージュ効果を起こしやすいとされており、CBDなどと混合されていると値段が高い。
 カンナビスが古くなるにつれて、THC は時間とともに徐々に CBN に分解されていくため、古くなった乾燥大麻はCBNの含有量が多くTHC含有量が少なくなる。光と熱はこの変換プロセスを加速させるため、冷暗所に保存したほうが良いと言われるのは上記の理由からである。

CBC:カンナビクロメン(Cannabichromene)

 THCやCBDとは異なる構造を持つが、研究は発展途上である。疼痛の軽減、炎症を抑え、ガン腫瘍を抑え、骨の成長促進の作用があるとされている。また、最近の研究では神経の新生にも関与していることが示され、神経変性疾患への治療へ応用が期待されている。

THCV:テトラヒドロカンナビバリン(Tetrahydrocannabivarin)

 THCとよく似た構造を持つが、植物体内ではCBGを前駆物質とせず、別系統のCBGVを前駆物質としている。食欲を抑制し、発作とけいれんを減らし、骨の成長促進を刺激する作用がある。中央アジアやアフリカ南部の品種にこの成分が含まれている。

CBDV:カンナビジバリン(Cannabidivarine)

 CBGVを前駆物質した精神作用がなく、てんかんの治療に有用であることが示されている。野生のネパール種にはこの成分の含有量が高いものがあるそうだ。

CBL:カンナビシクロール(Cannabicyclol)

 天然のアサにCBLを生成する品種があり、精神作用はない。薬理作用はまだよくわかっていない。

CBND:カンナビノジオール(Cannabinodiol)

 CBDから派生した化合物であるが、薬理作用は知られていない。

CBE:カンナビエルソイン(Cannabielsoin)

 植物体内のCBDAやCBDに対して光や酸化されるとCBEが作られる。また生体内でCBDの代謝によってもCBEが作られるが、薬理作用はまだ知られていない。

CBT:カンナビノトリオール(Cannabitriol)

 日本在来種、ジャマイカ種などの天然のアサで生成する品種があるが、植物体内の生合成の経路や薬理作用は知られていない。

THCO:THCアセテートエステル(Tetrahydrocannabinol-o-acetate)

 THCOは、正式にはTHCOアセテートといい、THCのアナログ化合物である。これは合成カンナビノイドであり、CBDを変換した酢酸カンナビノイドである。
 THCOは、THCの3〜10倍の効果があり、高揚感も得られるとされている。THCO低用量はメスカリンに最も似ているとされ、視覚はやや鈍くなり、身体的には鎮静作用があるらしい。
 アセチル化されたTHCは、アセチル化されていない通常のTHCよりバイオアベイラビリティ(生体利用率)が高いと言われている。ちなみに、THCPと呼ばれる合成カンナビノイドは、THCOよりもさらに強力で、デルタ9THCの30倍以上の効力があると言われている。
 「K2」や「スパイス」などの合成カンナビノイド(脱法ハーブ)と比べるとリスクはないと言われているが、市場に出回り始めたばかりなのでその結果はまだ得られていない。このTHCOも肺にダメージを与える有害な副産物が生成される可能性は否定できない。

THCB:テトラヒドロカンナビブトール(tetrahydrocannabinol)

 2019年にイタリアの研究者によってTHCPと同時に発見された新しいカンナビノイドである。
 THCよりも強力であり痛みの減少、反応時間の遅延、深い睡眠の効果があるとされている。THCBは天然由来の植物性カンナビノイドであり、医療用大麻にも含まれている。THCBはTHCと比べて約13倍親和性が高いと言われており、そのため他の成分と結びつきやすくより強いアントラージュ効果を期待できる。
 THCBを発見したチームによるとTHCBはΔ9-THCと同様にCB1受容体、CB2受容体に作用することが報告されており、またマウスを使った実験では鎮痛作用と抗炎症作用を持つ可能性が示唆されている。
 THCBはアルキル側鎖に4つの炭素を持つΔ9-THCの同族体であり、通常のΔ9-THCはアルキル側鎖に5つの炭素を持っており、この炭素数が増えるとより強い精神作用を持つと言われている。
 THC-Bは自然に大麻に含まれる主な精神活性成分であるΔ9-THCと密接な関係にある植物性カンナビノイドで、Δ9-THCとはペンチル側鎖をブチル側鎖に置換しただけの相違点しかない。THCBは、ヒトのCB1受容体(Ki = 15 nM)およびCB2受容体(Ki = 51 nM)に対してΔ9-THCと同等の親和性を示したらしい。

THCP:テトラヒドロカンナビフォーロール(tetrahydrocannabiphorol)

 2022年3月7日に厚生労働省からHHC(ヘキサヒドロカンナビノール)と共に危険ドラッグ指定されており既に規制薬物となっている。
 Δ9-THCP(デルタ9-テトラヒドロカンナビフォーロール)は2019年にに発見された。構造はTHCとほぼ同じだが、体内にあるカンナビノイド受容体CB1と結合する能力がTHCと比較して約33倍あると示唆されており、THCよりも強烈な陶酔感を引き起こし、ごく少量で早く効果が現れると報告されている。
 現在確認されている向精神作用のあるカンナビノイドの中では最高強度を誇っている。産業ヘンプに含まれるTHCPは極微量のため、製品化するには成分を合成するしかなく、市場に出ている全製品が合成である。
 現在合成カンナビノイドはその生成方法などに問題が多く、健康被害リスクが大きい可能性が高い。

THCH:テトラヒドロカンナビヘキソール(Tetrahydrocannabihexol)

 THCHは2020年にイタリアの研究チームがCBDHと共に単離に成功した。THCPやTHCBの単離に成功したのも同じ研究チームである。
 THCHはアルキル側鎖に6つの炭素を持つΔ9-THCの同族体であり、通常のΔ9-THCはアルキル側鎖に5つの炭素を持っており、この炭素数が増えるとより強い精神作用を持つと言われているため、THCHはΔ9-THCより強い精神作用を持つと考えれられている。

HHC:ヒドロキシヘキサヒドロカンナビノール(Hydroxyhexahydrocannabinol)

 HHCはテトラヒドロカンナビノールの水素添加物である。
 2022年3月17日より麻薬指定により規制された。植物性カンナビノイドと合成カンナビノイドのハイブリッドのような物質で、植物オイルに水素を化合することでできるマーガリン(トランス脂肪酸)のようなものである。
 HHCは植物体内で自然に生成される量はごく微量のため、現在販売されているHHC製品には全て化学的に合成されたHHCが使用されている。
 アメリカでは2018年の農業法の改正によりカンナビスが一般農作物として扱われるようになったため、現在ではヘンプから抽出されるCBDやTHCなどから作られるHHCが一般的となっている。
 HHCは水素化した植物油が通常の植物油よりも長持ちするのと同じ理由で酸化や分解を受けにくくなっており、熱や紫外線への暴露に対しても、より高い耐性を発揮するとされている。
 この水素化の過程で2種類のHHC異性体が生成される。9R-HHC、9-HHCであり、9R-HHCは9S-HHCの約20倍強いと報告されており、これは9R-HHCを多く含むHHC製品はより大きな精神作用が期待できることを意味する。

 グリーンラッシュによりカンナビスの科学的効果の研究が飛躍的に進んでいる。合成カンナビノイドは恐ろしいほどの市場規模を今後は獲得するだろうが、カンナビスが合法化されていない日本では、THCの類似成分はこれからもイタチごっこのように規制されその質を落とし、健康被害を増やしていくだろう。
 そして、どれだけ濃度を上げて内容を変えてもナチュラルでオーガニックなものには敵わないと私は思う。自然から生まれ授かったものはそのままが一番美しいと感じる。

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