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”ヒトは単婚?乱婚?”半径1メートルの世界「恋」(7)

 つがい(番):何らかの絆を持った子孫を生み出すために時間をかけて協力する一対のオス、メスの動物の組み合わせのこと。一般的に両生類、爬虫類、哺乳類ではつがいの形成はかなり珍しく、雄が子育てに参加しない動物も数多く存在する。鳥類の約90%は社会的に一雄一雌のつがいを形成し、関係が長く持続するほど高い生殖成果が伴うことが明らかにされている。
 一部の昆虫は出産後、自身が子供の貴重な食料源となる雄も存在する。他にも受精後メスに取り込まれる雄も存在し、子孫を残すと用済みとなる雄も多い。ホモ・サピエンスは一夫多妻制、一夫一妻制どちらの形態もある珍しい存在だ。しかし「もともと」はどうだったのだろうか。

 英国オックスフォード近郊の森林に生息するシジュウカラの社会的ネットワーク関係を3年間に渡りJosh firth達は追跡している。大胆さに欠ける雄と比較して、積極性の強い雄ほど早期に将来のパートナーと出会い、そのパートナーと強固な関係を迅速に構築することが明らかになった。そして、つがいの絆の強さは雌の鳥の個性とは無関係であることも分かった。つがいの形成は遺伝プログラムの成せる技なのかもしれない。
 カリフォルニア大学のkalen bales教授が研究してきたサルの生態では、父ザルは子どもの面倒を長時間見て、育児に大いに関わる。この特徴は一夫一婦制の哺乳動物に共通しているが、雄が子供に愛着を抱いているのではなく、雌サルに強い愛着を抱いているためだとされている。ということは子供にリソースを注いでるのではなく、雌にリソースを注いでいるのだ。雄が子供にリソースを割くことは子供の生存率を高めるはずだが、それがプログラムされているわけではないらしい。
 ワシントン大学david barash教授は、動物で一夫一婦制を強固に守る動物は非常に少ないことを論じている。DNA研究により一夫一婦制を守ると考えられてきたハクチョウやワシも不貞を働くことがあることが判明している。一夫一妻制はあくまで種の生存戦略の一環であり、環境や状況においてそのルールは適応外となる可能性がある。
 ただし、本物の一夫一妻を守り抜く生物も存在する。フタゴムシという淡水魚に寄生する扁形動物は生殖期に雄と雌が出会うと、身体を絡め合いそのまま死ぬまで離れない。チョウチンアンコウも受精後は雄は雌と同化するし、やはり雄と雌の最終目標は融合なのだろうか。
 一夫一婦制を守っているように見える哺乳動物は他にもいる。カリフォルニアマウス、一部のキツネ、数種類のマーモセット、マダガスカルの巨大ネズミやキツネザルなどが挙げられる。しかし、こうした種は生涯一夫一婦制を貫くと信じられているが、実は詳しく調べると不貞していることも有り得る。確かに、生殖パートナーは多ければ多いほど種の保存のためにはよいはずだ。
 ミシガン大学のdaniel  j kluger教授は、生理学的および行動学的な性的二型の差異が大きければ大きいほど、一夫多妻の傾向も強まると述べている。一夫多妻であればあるほど雄同士の競争は激しさを増し、雄の大きさや派手さ、いかつさは肥大しそこに多大なエネルギーとリソースが割かれることになる。ただし、どこまででもエネルギーもリソースも割けるものではないため、競争と育児は基本的に両立しない。一般的には一夫多妻の動物は、育児は放置であることが多い。
 一夫一婦制の種の雄と雌は生理学的にも行動学的にも似通ってくると考えてられている。コウテイペンギンの雄は雌の排卵後何も食べずに卵を温め続ける。雄も雌も育児に積極的で、外見の性差はほぼわからない。コウテイペンギンは一夫一婦制の動物ではあるが、それは1年限りであり、また次の季節には別のつがいを探す。
 動物のつがいは種の保存のため、恐ろしく合理的で効率的だ。感傷は全く存在せず、冷淡で非情にできており、ヒトもそうであるはずだ。

 ホモ・サピエンスも性差はそこまで大きくない。雄に角や美しい尾鰭、色の変化する皮膚などはないため、おそらくは一夫一妻制であったはずだ。
 しかし、農耕の起こりにより転機が訪れた。これまで狩猟と移動で生きていたが、居住地が固定化し、資源を定住地の中で保存するようになった。保存されたものの中からの分配となったのだ。資源の保管により生存率が上がることで母数は増えたのかもしれないが、移動がなくなったことで異質の遺伝子を取り入れることができなくなった。そうなれば健康で遺伝的に優位な繁殖資源としての女性の存在はより貴重となったのだろう。資源の少ないところでは一夫多妻の戦略をとる必要もあった。
 貴重な資源の確保のために競争が生まれ、女性と子孫の持続的な維持ができることをアピールする必要性が発生した。ヒエラルキーとステイタスだ。比較と格により女性は投資の能力を見ることが重要になったのだろう。地位が高い者ほど金持ちで、金持ちに女性は集まるようになった。
 そうでないと、女性はサバイバル能力に長けているかどうか選別することができなくなった。恐ろしく整った顔だったとしても生産性ゼロならつがいを作っても共倒れだ。それまでは平等だった性差によるコストの不平等が発生したのだ。

女性の繁殖資源は貴重であり、有限であるから、祖先の女性は行きずりの男性たちに資源を浪費するようなことはなかった。

デイヴィッド・バス 進化心理学者

 なにしろ精子のコストは恐ろしく安い。精子は精巣の中で平均74日かけ、毎日1億2000万個ほど作られている。精巣上体には10億ほどの精子が収納されており、成人になると20mlほどの精液の貯蓄ができるようになる。一回の射精で射出された2~4mlの精液中には約3億個の精子が存在する。
 女性が一生で排卵する卵子の数は400個~500個と推定され、出生時100~200万個の卵子の元である卵母細胞を持って生まれる。毎月1回の排卵には約1000個の卵母細胞が消費され、卵子の中で一番タイミングのいい卵子1個が排卵されている。
 卵子は1ヶ月かけてようやく一つ作れる上に、古くなれば5日間かけて子宮の清掃を行わないといけないのに対し、精子は常に睾丸の中に貯蓄されている。いつでも放出できるようにするために睾丸を外に垂らし温度管理までしており、明らかに雌の方がコストが遥かに割高なのだ。
 だからこそ、どの動物でもそうだが、雌の獲得には多大なリソースを雄に割かせ、自分の遺伝子の優越性を誇示させ、雌に他の雄より優位なことを認めてもらわなければいけない。ヒトにおいては女性は男性のステイタスや社会的生産性に目を向けるのは当然のことだ。

 ホモ・サピエンスのDNAはチンパンジーとボノボの間あたりと言われている。しかしチンパンジーもボノボも乱婚ではあるが、ヒトは乱婚ではなく一応はつがいをなす。ある学説ではヒトは乱婚だったとする説もあるが、私はヒトは「乱婚」ではなく、「多婚」であったと好き勝手に考えている。
 元々、ヒトは狩猟採取民族であり、3〜15ほどの家族が集まるグループで移動を行なっていた。しかし、コミュニティの中で近親相姦を繰り返してしまうと、奇形の発生や劣等遺伝子を引き継ぎ、そのうちにグループは壊滅してしまう。
 多様性のある絶滅しにくい遺伝子を残すためには、外部からの新しい遺伝子を入れる必要がある。もしかしたら移動先で新たなコミュニティを発見すると婿入り、嫁入りをしていた可能性が高い。そう考えられる因子として引っ越しや転勤、入学後など環境の転機に恋愛が起こりやすいことや、新奇性に強く惹かれやすい傾向などはその名残ではないだろうかとも考えられる。
 だからこそヒトはいつでも恋に落ちることができるように、性的に成熟しても期間限定の発情を行わず、万年隠れ発情期となった。
 男性はつがい候補1人への継続した投資を必要とし、女性は貴重なリソースをどれだけ自分に割けるかどうかで長期的な関係性を保つことができるか判断している。だがこれも農耕によりシステムの完全没入が難しくなったせいだろう。
 一度つがいが形成されれば、出産、育児と種の保存に最大限の効果を挙げることができるようにつがいはそれぞれの役割を果たすだろうが、それもシステム期間中の1〜2年程だろう。
 確かに、ごく僅かではあるがつがいを持続するものも存在するが、それはごくごく少数だ。

 それでも一生涯、情熱的な恋愛を維持する人もいる。じっさいある驚くべき調査の中で、20年以上結婚生活を送っている男女の方が、結婚してほんの5年しか経ってない人たちと比べて、恋愛の情熱が激しいという結果が出ている

「人はなぜ恋に落ちるのか?恋と愛情と制欲の脳科学」ヘレン・フィッシャー著 2007年

 事実として離婚率は年々世界的に上昇しており、もともとヒトは生涯つがいを形成するものではないことを示唆している。

 彼らの分析は、男性が、複数の妻とその子供を養うのに十分なだけの政治的権力と富とを蓄積するのに必要な文化的条件が、農耕以前には全く存在しなかったという事実を無視している

「人はなぜ恋に落ちるのか?恋と愛情と制欲の脳科学」ヘレン・フィッシャー著 2007年

 狩猟採取時代ではもっと恋愛は緩やかで、入れ替わりがあり、その境界はファジーだったが、農耕の起こりから一部の富めるものに女性が集まることになった。
 しかし、なぜか一夫多妻制は全世界には広まらなかった。おそらくそれは自然ではないからだ。そういえば古代から続く家族システムを引き継いでいる部族は女系が多い。そのどれもが集団化しコミュニティを作り、共同で子育てを行っている。古代は男性はむしろ不要だったのではないかと思うほどだ。

パラグアイのアチェ族は、男女が同じ小屋のなかで寝泊まりしているなら、それは結婚しているのだと言う。しかし一方が、自分のハンモックを持って他所の小屋に移動したら、二人はもはや結婚していない。それで終わりだ。これぞまさしく無責離婚の元祖ではないか
ボツワナのサン族の女性は、長期にわたる関係に落ち着く前に、何度も「結婚」する。ブラジルのバニワ族の人びとにとって「結婚」とは段階的な、曖昧な過程を指す。

「性の進化論 女性のオルガズムは、なぜ霊長類にだけ発達したか?」クリストファー・ライアン カシルダ・ジェタ 作品社 2014

 また、古代から存在する中国のモソ族は、母系の血縁グループで構成され、非母系の血統は排除されている。三世代以上のメンバーから成り、母系の血縁で結ばれ、女性は家庭内で高い地位を持っている。
 モソ族の母系大家族では男女の分業がはっきりしており、葬儀やビジネス、家の修理などの大きな仕事は男性が行い、家事や財産管理などは母親や能力のある女性が担当する。
 また、モソ族の婚姻形態は、「妻問い婚」と呼ばれ、結婚した男女は二人で営む家庭を形成しない。妻問い婚をした男性は夕方になると女性の家に行き、女性は日が暮れると男性が来るのを待つ。翌日の早朝、男性は早起きして自分の家に帰るのだ。
 ベトナムでも母系性はまだ残っている。チャム族やエデ族も母系制で、家や財産を守るのは女性の役目である。チャム族は娘が結婚年齢に達すると両親は相応しい婿を探すために極秘で仲人に頼む。女性は結婚を要求する権利があり、結婚後は夫が妻方の住居に入るのだ。こう見るとむしろ雄は使い捨てに見えるほどだ。
 もはや結婚制度は農耕の発達における不平等の是正を目的としていたのだろうとも思える。やはり一夫多妻制では多様性のある遺伝子戦略を取れない上に、一夫一妻制だとあぶれるものが減り、多くのヒトが結婚に漕ぎ着けることができる。

 ヒトはつがいを一時的に形成するが、それは期間限定だ。良い関係性が持続しないのならば解消することもされることも大いにある。様々な因子が合致した時だけ2年を越えるつがいが持続するのだろう。2年を越えてもときめきが持続する対象は決して離してはいけないのかもしれない。

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