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「久間三千年、という人」飯塚事件(7)

 人が根拠にしているものは、必ずしも真実である必要はない

「影響力の心理」ヘンリック・フェキセウス著 大和書房 2016年

 調べれば調べるほどに証拠の数々と久間氏にはそれほどの強い結びつきを感じないのだが、いまだに久間氏を犯人とする説は根深くある。確かに調べてみるとなんというか、彼は印象というか心象がとにかく悪い。

 久間三千年(くま みちとし)氏は事件発生当時54歳、福岡県山田市(現・嘉麻市)生まれ。地元の県立高校定時制を中退後、1957年6月から山田市の職員として、市長の公用車の運転手などを担当した。1973年から総務課管財係をしていたが、1977年に依願退職している。退職後は、小口の貸金業などをしていた時期もあったが、その後は無職であった。収入は年金で、普段は主夫をしており、消防署で働く妻の送り迎えをしたり、パチンコをして過ごしていた。
 人当たりは良かったのか、1990年4月から1年間、明星寺団地の町内会長を務めていたこともある。愛子ちゃん行方不明事件では率先して捜索隊に参加した。逮捕時は妻・息子・母親の4人暮らしであった。
 その後1992年2月20日に飯塚事件が発生する。事件発生から5日後の2月25日に福岡県警の訪問があり、事件当日のアリバイ等を聴取されている。
 久間氏の長男は、被害女児とは学年は異なるが同じ小学校に通っていた。久間氏は長男の友達ともよく遊んでおり「久間のおじちゃん」として知られていた。
 ちなみに、問題の紺色ボンゴ車であるマツダ、ウェストコーストであるが、妻と長男と横並びに座ることができるから、と購入したそうだ。
 そして、何度もしつこく言うが彼は「分けてないし、禿げてない」

アリバイについて
 事件当日のアリバイについては、「妻を職場に送り帰宅した後に実母宅に向かった」と述べていたが、公判では「妻を送った後まっすぐ実母宅に向かった」と供述を変更した。
 久間氏は平日は消防署職員の妻の送りのために午前8時ごろに自宅を出ていた。時には長男も乗せて潤野小学校へ送り届けることもあった。妻を送った後にどこかに出かけることはあっても、午後1時には家に帰るようにし、午後3時には長男の帰宅を家で待ち、午後5時には長男と一緒に妻を迎えに行っていたそうだ。
 当日の行動についての供述の変遷については「刑事が帰った後で、あの日は何をしていたのかなあと思って思い出した。妻とは事件の話をしていないので、妻と話し合っているうちに思い出したということはない」と供述していたが、公判では「2月25日ごろに妻が事件当日のことではないかと挙げた話を聞いて思い出した」とその供述を変更した。
 3月の半ばには当日のアリバイを証明できないため、ポリグラフ検査を任意で受けている。これは検察官に対して「3月18日に係長と一緒に来た刑事から、『アリバイがあればポリグラフ検査は不要です。ただ、家族の証言ではだめです』と言われたが、事件当日の行動をすぐには思い付かなかったため、アリバイの代わりにポリグラフ検査を受けることにした」と話していた。3月20日にポリグラフ検査を受けたところ、翌21日、福田係長が自宅に来て「アリバイは要らない、120パーセント白だ」と断言されたと供述している。
 しかし、久間氏のアリバイに関する供述は捜査段階と公判段階とで変遷しているとされ、アリバイを裏付ける証拠もないため信用できないとされている。

精神鑑定について

 被告人は、妻子を有しこれまで精神異常を示すような前科もなく、通常の社会生活を営んできたという生活歴からみて、性格異常者とは認め難いから〜

福岡地方裁判所平6(わ)第1050号

 精神鑑定は福岡大学医学部精神医学教室助教授医学博士の堤教授と福岡大学病院精神神経科医療技術職員の皿田心理士を助手として行われた。
 犯人は「情性欠如型の性格異常者」と想定されるのに対して、久間氏は本件のような犯罪を犯すはずがないと弁護人は主張し、久間氏の性格鑑定を申請した。
 鑑定結果は「情性欠如型の性格異常者と判断され、犯罪を犯す本来的な傾向を十分もっている」と結論付けられたが、裁判所は「鑑定の結論は採用することができない」と判示し、証拠としては採用されていない。

 惰性欠如型の性格異常者と判断され、人との協調性や共感性、対人関係を円滑に運ぶ技能が不足しており、感情も冷淡で相手の気持ちや立場を思いやって行動するといった成熟度が乏しく、願望や欲動をすぐ満たしたいとする傾向が強く、特に、刺激が強まる状況では、現実的に対処していくことができずにいる。もっとも、葛藤がない平常時には、標準的な物事の受け止め方ができ、性格の偏りの程度は、中程度のものと認められるが、状況によっては重度のものに揺れ動くと考えられ、ストレス状況では、犯罪を犯す本来的な傾向を十分持っている。

福岡地方裁判所平6(わ)第1050号

 公判では弁護士が「犯人は小児性愛者であると推定されるが、被告人には、たとえば、そのことに関心を示すビデオなどを所有せず、そのような傾向はうかがわれない」と主張したが、検察は「そのような外形的な事情がうかがわれなくても、小学生などの児童に対するわいせつ犯罪が行われていることは、実務上もしばしば見受けられるのであって、必ずしもこれを異とするに足りないというべき」と反論した。

 記者さんも笑いながら、「あなたは違うね」みたいなですね、話しているうちに、「そういうタイプじゃないよね」とかなんとかそういう話をされていたみたいですね。

「正義の行方」木寺一孝 講談社 2024年

妻について
 現在も妻は夫は無罪であるとして再審請求を続けている。妻も供述について公判と捜査段階とが変遷していると指摘され、信用性に欠けるとされた。
 NNNドキュメント'17「死刑執行は正しかったのかⅡ飯塚事件 冤罪を訴える妻」にて久間の妻がマスコミの取材に応じている姿が放送されている。
 妻は事件についてこう語っている。「久間三千年は無実です。……もし、その現場に遭遇していたら、夫は自分の体を張って子供たちを守っていたと思います。夫はそういう人でした。……無実を訴え続ける言葉に耳を傾けず平然と人を裁く裁判所に失望しました」

 供述の変遷とされたことについては以下のように語っている。
 (自分が被告人車内で出血したかどうかについて):「(検事に話したことは)よく覚えていません」
 (検事に対し正直にしゃべったかと聞かれ):「意味が分かりません」
 (検事に対して):「嘘は言っていないと思いますけど」
 (長男が被告人車内で出血したかどうかについて):「(検事に話したことは)覚えていません」
 (検事に対し正直にしゃべったか):「分かりません」
 (検事に対し嘘を言ったことがあるかと聞かれ):「分かりません」
 (検事の取調べを受けたときの記憶と現在の記憶では):「今の方が正しいと思います」
 「もう、あのときの状態がどういう状態だったのか、お分かりいただけないと思いますから」
 (長男が被告人車内でおしっこをもらしたことがあるかどうかについて):「(検事に話したことは)よく分かりません」
 (検事には理由もはっきり述べているのではないかと聞かれ):「いや、そこのところはそういうふうには言ってないと思いますけど、分かりません」
 このような回答に対して「極めてあいまいな、又は不自然かつ不合理な供述に終始している」と判断された。

 特に、自分も長男も車内で出血したことはない、長男が車内でおしっこをもらしたことはないという捜査段階における断定的な供述が、2年以上経過した公判段階で、よく分からないというあいまいなものに変遷することは、通常十分に考えられるにもかかわらず、ことさらに捜査段階の供述が間違っているかのような供述をするのは極めて不自然である。このような供述に照らしてみると、妻C子が公判では事実をありのまま供述していないのではないかとの疑問を禁じ得ない

福岡地方裁判所平6(わ)第1050号

 弁護団によると、妻は1994年に夫が逮捕された後、自宅に石を投げ込まれたり、周囲から白い目で見られたりしたそうだ。
 2006年10月に最高裁で死刑判決が確定した後も、夫と暮らした自宅に今も住み続けている。

久間氏の印象と行動
 久間氏は西日本新聞の記事をきっかけにして「あの人が犯人」と噂されるようになった。新聞・テレビなどの記者が周囲に張り付き、写真や映像を取られるようになり、苛立つようになったそうだ。
 それでも何度もテレビのインタビューに応じ、犯人ではないことを主張している。記事を書いた西日本新聞に対しても弁護士と共に面会を求め、警察に対する国家賠償請求訴訟を起こすとして、その準備書面とする文章10枚を手渡している。

 久間氏を容疑者として尾行する警察車両に対しては、急ブレーキをかけたり、急スピードで発進し巻こうとしたこともあった。
 1993年(平成5年)9月29日には、福岡県警捜査一課巡査長と飯塚署巡査長が、朝のゴミ出しで久間宅から捨てられたゴミ袋を拾い車に乗ろうとした。そこを久間氏が「何をしているか」と、刃渡り15cmの刈り込みバサミでいきなり切りつけて2人の手などに全治5〜10日の怪我をさせている。県警は傷害と暴力行為の疑いで久間を緊急逮捕しているが、この件では2女児殺害での取り調べはされず、罰金10万円の略式命令を受けている。
 そのほか公判では、久間氏からアリバイ工作を依頼されたとする46歳の女性が証言している。彼女によると、事件後の1993年3月にタケノコ掘りで久間の妻と知り合い、その後久間宅に誘われて酒を振る舞われ(久間氏とはその際に初めて会ったらしい)翌日に再度久間宅を訪ねた際に「もし裁判になったら、事件当日の朝は約2時間、一緒に酒を飲んでいたと証言してほしい」と頼まれ、謝礼と口止め料の名目で3万円を渡されたという。この女性は偽証の約束をしたことが怖くなって警察に話したそうだ。
 他にもエピソードはあり、逮捕後すぐに警察から「妻が離婚を求めている」と嘯かれ面会が設定されている。妻にも「離婚の話があるため面会に来てほしい」と嘯き、どちらも望んでない面会の機会が設けられたことが妻の話からわかっている。そこで久間氏は妻と話してから、それまでは取り調べの際に雑談に応じていたが、面会後は「まるで貝のように」全く取り調べで話さなくなったそうだ。

妄想と考察
 警察に対して攻撃的な行動を取っているように見える54歳無職、世間的に見るとヒモという俗称がつく。一般の会社員であれば役職に就いているぐらいの年齢だ。日中はブラブラしパチンコをしていたようで、偏ったバイアスがかなりかかりやすそうなプロフィールだ。
 しかし変遷し信用できないとされた当日の行動だが、どう読み返してもそこまで変化していない。たかだか一度家に帰ったかとかそんな次元の話だ。アリバイの証明ができないとポリグラフ検査を拒否せず受け、白と言われたにも関わらず簡単にひっくり返されている。なんのこっちゃ。
 供述の変遷と言えば、名張毒ぶどう酒事件では問題の葡萄酒の到着時刻が3時間も変化した。そこまでの変遷があるのならまだしも、たかだか一度家に帰ったかとか、いつも届けに行ってる米をどうしたとか、そんな日常の出来事を正確に覚えていないことが「供述の変遷」にあたるのだろうか。当日の行動が変化したように見えたことが心象を悪くしている。
 悪くした原因は他でもない。愛子ちゃん行方不明事件だ。過去に女児失踪事件で最後の目撃者とされながら、今回も女児の行方不明があった日に自分が何をしていたのか行動を曖昧にしか覚えていないことを、一体何事かといった論調で声を荒げて指摘したことで、その心象をさらに悪くしている。だがしかし、心象が悪いことと怪しいことはイコールではない。
 供述調書の全てを直に読んだわけではないが、今ひとつ白が黒に変わるほどの変遷をしているようには見えない。せいぜい素鼠色が錫色に変わった程度だ。いじめっ子がいじめられっ子に対して吐く「こいつ嘘つきやがったぞ」ぐらいの内容の歪みに見える。最初は適当に言ったが、逮捕されたために考え直したという印象だ。何かを覆い隠すために、もしくは嘘の整合性を合わせるために嘘をついているようにはどうしても見えないのだ。

 精神鑑定についても、この内容だと彼はサイコパス傾向があり、共感能力が低いために気が使えない人と謳っている。ストレスが溜まると欲望のままに犯罪すら犯す人間、と分析しているのだが、公務員を早期退職した程度で前科もない。共感性の乏しい人間が果たして妻の送り迎えを毎日したり、母親に米を届けに行ったりするのだろうか。
 さらに小児性愛者には見えないことに対して、それは「外形的」な問題ではないと一蹴している。「外形的」とは見かけや外見のことで、見かけの問題でないのならもう誰でも当てはまると思うのだが。全力で揚げ足を取りに行くが、例えばチャイルドポルノの所持者は「見かけ」でそう見えるようになどするわけがない。むしろどのような人間を「外形的に小児性愛者」と呼ぶのか聞かせて頂きたいものだ。
 伝説級チャイルドモレスターの宮崎勤のように成人の代替えとして幼女を狙う者であれば、性対象として子供を限局していないため、そのようなものを持っていないくても納得できるが、モレスターは社会的に孤立していることがほとんどだ。ペドフィリアであれば、性対象そのものが小児のため、視覚に頼るための何かが必ず存在するはずだ。
 小児性愛者は映像や写真などを所持してようが所持してなかろうがやるやつはやる、と言いたいのだろうが、何度も言うが久間氏は前科もそんな痕跡も全くない。54歳にして新たな性癖に目覚めたとでも言うのだろうか。ペドフィリアやチャイルドモレスターというよりは、ただの子煩悩にしか見えない。

 妻の供述の変遷も私には全く不自然には見えず、むしろ真実を語ったにも関わらず、夫が変態殺人犯として扱われ続けて、散々に取り調べで揚げ足を取られ、ありもしない疑いをかけられ続けて、口をつぐんだように見える。それは、
「もう、あのときの状態がどういう状態だったのか、お分かりいただけないと思いますから」
 の一言によく表されている。
 それはそうだろう。妻から見た夫は、
「その現場に遭遇していたら、夫は自分の体を張って子供たちを守っていたと思います」
 なのだから。これらの供述に対して裁判官は、
 「たしかに、妻C子が検察官から事情を聞かれたのは、被告人が本件で逮捕され、被疑者として勾留されていた時期であって、当時は頭の中が混乱していたという趣旨の同女の供述にも一理あるようにみえる」
 と述べられているが、一理どころの話ではない。これを言った人間の方が私にはよほどサイコパスに見えるのであるが、混乱というか検察官はむしろ敵に見えて当然だ。それでも、記憶の限りに「車内で出血したりおしっこをもらしたりすれば、後始末が必要になったりするはずですが、そういうことをした記憶もありません」とまで言っている。被告人を庇うのなら、私も母も漏らしたことがあるといってしまった方がいい。血液型は被害女児の一人と同じなのだから。
 それでも「流産の件については忘れていたというのもやはり不自然といわざるを得ない」と言われた。これも後からわざわざ言う必要もないことだ。
 後から思い出して言っても、忘れていたのが不自然と言われ、言ったら言ったで変遷しており不自然と言われ、むしろ不自然でない正答を教えていただきたいものだ。そもそも家族のアリバイは信用性がないと言われているのに、不自然かどうかまで討議する意味は一体どこにあるのだろうか。
 そして面会の罠のあと、妻もある種の覚悟を決めたのだろう。今も無罪を信じ故人の名誉を守るために戦っている。

 久間氏は新聞記事から被疑者として記者はパパラッチ化した。カメラやビデオカメラを持ったよくわからないオッサンに24時間張り付かれるようになった訳だ。これはもはやストーキングと同じで、しかも下手なことをすればどんな記事を書かれるかわかったものではない。さらに警察にも尾行された。
 警察にはかなり敵対感情を持っていたのか、久間氏を容疑者として尾行する警察車両に対して、急ブレーキをかけたり、急スピードで発進したりしたこともあった。これもおそらく尾行していたのはパトカーではなく、刑事が乗っていた普通の車だっただろう。外見からは誰ともわからないはずだ。それでもなかなか大それた行動をしており、挑戦的でパンクな人だ。
 挙げ句の果てにはゴミ持ち去り事件だ。当時の飯塚市のゴミについての条例はわからないが、おそらく飯塚市の法令では警察は他人のゴミを持ち帰ってよいのだろう。というか、逮捕もしてないのにゴミを勝手に持ち帰って一体何に使おうとしたのか。女児の遺留品が廃棄された可能性を考えるなら、毎日回収しないとわからない。
 これを考えると、一体どんな工作が画策され、犯人に仕立て上げられるかを考えずにはいられない。そう考えれば、売却前に車内を掃除したことは不自然なのだろうか。
 この「悪いことをしたおそれのあるやつには何をやってもいい」という行動はひどく不快だ。もし久間氏が犯人だとしても、何をやってもいいのは女児の親御さんだけだ。

 54歳、無職。愛子ちゃん失踪事件でも登場人物として出現、飯塚事件でも目撃証言と同型・同色の車に乗り、誘拐されたかもしれない時間帯に近辺にいた。なんならヒモのようで毎日パチンコをしている。ものすごく人によっては怪しく見えるだろうし、誤解を受けやすそうだ。
 しかしなぜか様々なことを馬鹿正直に語っており、嘘をついているように見えない。保身のためにつく嘘であれば、車を入念に洗ったとか、アリバイを証明できる人間がいないからポリグラフを受けるとか、そのような行動をしないはずだ。
 この人、もしかして偶然に偶然が重なってものすごく運が悪く巻き込まれてしまったのではないだろうか。

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