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春と刺青-

 某所に書いたものを再録

気付くとは傷つくことだ 刺青のごとく言葉を胸に刻んで

枡野浩一 

  

 酒の席で居合わせた人と刺青の話になった。

 彼はごく普通の会社で働く30歳。
学生時代からファッションが好きで小沢健二のような髪型のせいもあってかなり童顔な印象だ。
まだ白髪もなく大学生にも見える。 

仮に小沢さんとする。 

  以下、酒が入りうろおぼえのやり取りを再録する。 

 「最初に入れたのは27歳の時でした。僕なんか割とロックが好きで、27っていう年齢には結構思い入れがあったんですよ」 

  

 僕もほぼ同世代だからわかるけど、多分僕たちはロックスターに憧れた最後の世代だと思う。 

ジャニス・ジョプリン
ジミ・ヘンドリックス
ジム・モリスン
ブライアン・ジョーンズ。 
そしてカート・コバーン。
もしかしたらエイミー・ワインハウスも。

 27歳で死んだミュージシャンたちだ。

 カートの母は死んだミュージシャン達を並べてこう語った。 

 「あの子はあの愚か者クラブの仲間入りをしてしまった」 

 愚か者クラブ、またの名を「27クラブ」 

  

 「漠然と27くらいで死ぬと思っていたんですよ。別に死にたいとかではないんですけど、かなり不健康な生活をしていたし、死ぬほど働いていたし。そのつもりで生きていたけど、あっさりと27歳になっちゃった」 

   その通り。人はなかなか死なない。
しかし死ぬときは死ぬ。 

27歳

青春末期。あと3年で三十路の、わけ知り顔の大人の仲間入りという瀬戸際だ。 

 「ちょうど結婚しようと思っていた彼女とも別れちゃって。仕事も5年目になって一通りやってみて、先が見えちゃったというか」 

 僕の経験則だが、27くらいで結婚のチャンスを逃すと40すぎまで遊びまくるコースに入る。 

 「自分のこれまでやってきたことが急にぐらついちゃった感じ。あれ、なんか空しいなっていうか」 

  わかる。
さて、どう生きようか。
一度定めた生き方がぐらつくタイミング。 

  

 「ちょうどそのころ友達がタトゥーを入れたっていって見せてくれたんですよ。なんかすげーなって思いました」 

 なぜ? 

  「形があるものを残したんじゃないかって」 

  残す? 

   「自分、すごいぐらついていたんですよ。だから惹かれたんだと思う。一生残るものを彫り込むっていうのに」 

 それからとんとん拍子で話が進み、初めてのタトゥーが左上腕に入った。 

 その時のタトゥーを見せてほしいと頼んだけど、「いや、ここじゃちょっと」とやんわり断られた。
確かに8時過ぎのそれなりに混んだ居酒屋でおもむろに晒すものでもない。
不用意な発言だった。 

 「人に見せるっていうよりも、自分が見て楽しむものってかんじです」 

 確かに普通の服装では彼の刺青は見えない。
 ごくごく普通の、優男だ。

  それでも周りをうかがいながらチラリと見せてくれた。

へへっと小沢さんは悪戯っぽく笑った。  

 
このあとは大分泥酔したし、カラオケでJoy DivisionとかP.I.LとかNIrvanaとかを踊りながら歌ったせいでその日の記憶も飛び飛びだけど、大体こんな話だったと思う。 

 結局なんの拍子か小沢さんはその場で新しくタトゥーを彫ることを決め、同席していた上司の制止も振り切り馴染みの彫師の方と連絡をとり日程を確定させていた。この間、実に15分。 

 そして僕も同行することに決まった。頼んでみるものだ。 

  

 「ぐらつき」 

 これに対応するやり方は色々ある。 

 正攻法なら結婚指輪や子供、出世、起業、創作、車や不動産購入。
珍しいところだと出家など。 

 ひっくるめて「自分が何者なのか」という思春期的自問自答の決着をつけることだと思う。 

 後戻りできないところまで自分を追い込む。 27歳という年齢は後戻りできないのか、できるのかはわからない。

 そのシンボル。
いわゆるアイデンティティーの拠り所を見つけなければいけない年齢だ。
27歳くらいというのは。イエスやブッダが出家したのも三十路手前だった。 

 ここで失敗するとなかなか帰ってこれないとこまで行きがちだ。
メジャーなところだと自己啓発本中毒、独身貴族化、大学院進学。
すこしねじれると海外放浪、最近なら炎上動画配信。最悪の場合だとテロリストになったり。 

 多分、小沢さんにとってのそれはタトゥーだった。場所によってはとんでもなく痛いし、基本的には一生消えない。そして世間体もあまりよろしくない。 

 しかし、いやだからこそなのか。痛みもなく、手軽に消せるタトゥーシールやヘナタトゥーじゃダメな理由は。 

 そこを根掘り葉掘り掘ってみたい。
彫りものだけに。失礼。 

  

 帰り道、ポール・オースターの『ムーンパレス』の一節を思い出した。 

 僕は危険な生き方をしてみたかった。
とことん行けるところまで自分を追いつめていって、行きついた先でなにが起きるか見てみたかった 

新潮文庫 柴田元幸 訳

  

  タトゥースタジオへ

 春うららとしか言えない。
 
早咲きの桜に浮かれていた春ど真ん中の真っ昼間。酒の席から一月後、某繁華街で小沢さんと合流した。 

 裾をカットしたジーンズにパジャマみたいな縞のシャツ。訊いてみると本当にパジャマらしい。
たまたま小沢さんも僕も自転車だったので、きこきことタトゥースタジオへ向かう。 

 彫師のKさんには事前に取材の申し込みをして許可をもらっていたが、顔出しや特定されそうな情報はNGとのこと。そのためいくつか年齢、性別、経歴、場所などところどころにフィクションを混ぜてある。 

 フィクションとはいってもKさんご本人とああだこうだ言い合いながら作ったキャラクタだ。
 中にはKさん自身の成分もあれば、Kさんや僕や小沢さんがこれまで見聞きしてきた人たちも混ざっている。 

 これがメタ・リアリティってやつさ。 

  

 普通の雑居ビルの前に自転車をとめた。とても控え目な看板に「TATTOO」。 

 この通りは何度も通ったけど気付かなかった。 

 雑居ビルといっても会員制の飲み屋なんかが入っているうらぶれたものではなく、普通に住んでいる人がいる生活感のある場所だ。小さな入り口から中へと入る。 

 少し汗ばむ陽気だったから、いくつかのドアはストッパーをかませて風を通していた。
 小さな内庭に面した廊下は直接陽は当たらないけど、ビルの切れ間から射した陽が反対側のビルに反射して寒々しさはない。
 外を歩く人の話し声や、近くの公園から子供のはしゃぎ声が聞こえてくる。 

 スタジオの前についた。ドアは少し開いている。 

 小沢さんがインターホンを押す。ぴんぽーんという音がドアの向こうから聞こえて、追いかけるように「はーい。どうぞー」という声がした。 

 部屋に入るとKさん。 

 LUSHのソープみたいにカラフルの髪はつんつんとワックスで立っている。
 まっすぐと伸びた背筋。ラグランTの袖から見えるタトゥーは薄ピンクの桜モチーフ。
 顔全体が笑うような笑顔と煙草でかすれた声。どれも生まれた時からそうであったようにKさんに馴染んでいる。『魔女の宅急便』の絵描きさんみたいな感じ。 

 間取りはごくごくありふれた住居だけど、壁にはタトゥーのデザイン画や写真、タトゥーイベントのポスターが隙間なく並べられ、食卓テーブルが置いてあるべきところにビニールを貼られた合皮のベッドが置いてある。
 そしてベッドサイドのラックには古いタトゥーマシンや色とりどりのインクの小瓶が整然と収まっていた。
 几帳面な歯科医の診察室みたいだ。 

 挨拶を済ますKさんと小沢さんはデザインの確認を始めた。
 下書きを印刷したトレーシングペーパーを何枚か重ね、絵柄を組み合わせていく。 

 ナイフが刺さった心臓にタコが絡みついている。
 タコは小沢さんが好きなイギリスのDJのフライヤーから思いついたモチーフだと小沢さんが教えてくれた。先日近くのクラブに回しに来ていたという。 

 途中で事前の打ち合わせと変更点が見付かり、Kさんはデスクに向かってデザイン画の修正をする。 

 神父が持つ聖書みたいな凝った装丁の本を捲っていた。
 覗き込むとデザインの線画サンプルが並んでいる。大人の塗り絵みたいだ。 

 それは何ですかと訊ねると本を渡してくれた。毎年出展しているアメリカのタトゥーイベントで仕入れてきたものだと教えてくれた。
 イベントに参加するタトゥーアーティスト達がデザイン画を持ち寄り一冊にまとめたかなりレアなもの。
 弁護士の六法、僧侶の仏典、デザイナーの色見本帳みたいなものだろう。 

  

 それからデザインの修正や実際のタトゥーまでまるまる半日かかったけど、本当に喋りっぱなしだった。
 話題はお気に入りのラジオ番組、町内会やご近所付き合い、時事トーク、タトゥー界隈事情、思いがけない有名人の裏話などちょっと書けなそうなものも多いのでここでは思い切って再構成していく。 

  

 デザインが確定して、彫る場所とサイズを確認する。
 小沢さんは右の上腕、肩口あたりをまくり上げ、清拭をしてからトレーシングペーパーを当てる。決まったらトレーシングペーパーから肌に転写する。 

 Kさんは小沢さんの肌になにか塗っている。
 それはなんですか? 

 「アメリカで買ってきたデオトラントだよ」 

 というとシーブリーズみたいな? 

 「そう。これが一番上手くいくんだよね」 

 ラックのタトゥーマシン本体から伸びたケーブルの先に引き金のついた銃みたいな部分があり、その先には針がついている。
 足元のフットスイッチと本体のツマミで針を打ち込む速度を調整する。 

 小沢さんがベッドに横たわると早速始まった。僕は小沢さんの枕元、Kさんの正面に陣取った。
「そこに座られたのは初めて」とKさんは苦笑いをしたけど、ここが一番よく見えると思ったからだ。
 Kさんの手元、表情、小沢さんの表情。
 こんな特等席で刺青が彫られていく様子を見るなんて多分そうそうないだろう。

  

 ゔぃーーーーーーーーーーーーーゔゔゔ・・・ゔゔ、ゔーーーーーーーーーーーーーー 

 マシンの低い作動音に連動して小沢さん身体がぴくりと揺れ、喉ボトケがぐぐっとせり上がる。
 当然だけどかなり痛いようだ。 

 部屋の中に流れているラウンジ系っぽいテクノのキックとマシンの低い響きが絡む。
 窓から気が抜けたような陽射しと猫の鳴き声が入ってくる。トリップしそうだ。 

 呪術的。

ゔぃーーーーーーーーーーーーーゔゔゔ・・・ゔゔ、ゔーーーーーーーーーーーーーー 

 針はKさんの目から出ている。
マシンからではない。 
そんな幻覚を見た気がした。

 マスクで顔の下半分を覆っているので目元しかみえない。
 目から飛び出した針が小沢さんの肩口に刺さり、皮下組織の奥までインクを流し込む。ペンで肌に絵を描いているように見えるが、これは一生消えない。
 消そうと思ったら皮下組織ごと抉り取るか、レーザーで焼き消す。 

  

 ゔゔっゔゔゔゔーーーーーーーゔゔゔゔーーーーゔ、ゔ、ゔーーーーーーー 

 
 皮膚に転写したデザイン画の線をなぞっていく。 

 作業を進めながらKさんはつらつらと色々なことを話してくれた。

Kさんの話

 もう長くこうしてタトゥーをやっている。初めて自分にタトゥーを入れたのは26か27だった。 

 タトゥーにはずっと興味があった。初めは国内のタトゥー雑誌などで情報を集めて、写真で見て楽しんでいたが興味が高じて海外各国の雑誌を漁るようになった。
 amazonもない時代だ。あちこち知り合いや専門店を回り雑誌を探していたが、直接定期購読を申し込み各国から個人輸入を始めた。
英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、どんな言葉の雑誌でも写真からイメージを膨らませ辞書を引き引き貪るように読んだ。 

  

 ゔゔうゔううーーーーーーゔゔ、ゔゔ、ゔ、ゔ、ゔゔゔゔーーーーーーーーーー 

  

 その時の仕事はレコード屋のバイヤーだった。
 専門はダンスミュージック。NYのラジオ局から当地で最新のDJ達のミックステープとセットリストを独自のコネクションで定期的に送ってもらい、耳で確かめ、仕事に反映させた。常に尖ったものを探していた。

 自然と全国の同業者やDJ、音楽ファンから注目される存在になった。 

 しかしだんだんと潮目がかわっていた。それも自分が知らなかったところで。 

  

 ゔゔゔゔゔゔゔゔゔーーーーーーーーーーーーーーーーゔゔゔーーーゔゔゔーーーー 

  

 ある年の春。街を歩いていると女の子が何人が路上で泣き崩れていた。そのうちの一人に話しかける。なにがそんなに悲しのか。 

 「カート・コバーンが死んだ」 

 驚いた。 

 カート・コバーンが死んだことにではない。 

 自分がその人物を知らなかったことに驚いた。 

 その少し前にレニー・クラビッツの"ROCK N ROLL IS DEAD"が流行っていたを思い出す。 

 どうやらロックが死んだらしい。自分が知らないところで盛り上がり、そして死んだ。 

  

 ゔうゔゔゔゔぅぅいーーーーーーーゔゔゔゔーーーーーーーーーゔゔゔーーーーーーーーー 

  

 針を付け替える。細い線や細かい模様を入れていく。音もかわる。 

 線は入った。あとは心臓とタコとナイフの質感の違いを単色で表現する。

 ナイフの刃、杷、内臓、軟体動物。陰影や線のテンション。 
 これらを染料と針の配合で書き分けてあく。

 ぼかしは和彫りのテクニックだ。
最も細い針を細かく刻みこみ微妙なシルエットと質感をグラデーションで描く。 

 皮膚の繊維や肉体の曲線を考えて平面の図柄を人体という立体に写し込む。 

 モチーフの選び方も色々とある。 

 海外の古い新聞に載っている挿絵から考案したものや、日本の和彫りの図案を繰り返し研究した。 

 身体に一生残すに耐えられる普遍性を、時代の洗礼を経てきたイメージに見出した。 

 過去に積み上げられてきたものを今に反映させる。 

 学者が先行研究をひたすらに参照するようなものだ。新しいものは積み重ねの上にのみ存在できる。 

 毎年、アメリカで開かれてタトゥーコンベンションに参加している。 

 世界中から集まる同業者を見て、そして同業者から見られて、積み上げていく。 

  

 ゔゔゔゔーーーーーーーーーゔゔ、ゔゔ、ゔ、ゔ、ゔ、ゔ、ゔ、ゔゔ、ゔゔーーーゔゔ 

  

 周りで働いていた知り合いはそれぞれ違うものを探し始めた。 

 DJは何人かやめていき、別のビジネスを始めた同僚や同業者も増えていった。 

 自分もなにかを始めよう。

なにを? 

 とりあえず持っていたレコードを知り合いの店に全部売ったら、顔見知りの店員が査定に一万円おまけしてくれた。
餞別だろう。
 嬉しかったから一万円はそのままその店員にプレゼントした。 

 そんなふうにかき集めたお金を握りしめてアメリカへ飛んだ。
 愛読していた海外の専門誌で注目され始めていたある新進のアーティストに彫ってもらうためだ。 

 観光や買い物のためにやってくる日本人は多かったが、タトゥーを彫るためにやってくる日本人は皆無だった。
 しかも20代の童顔な少年なのか少女なのかわからないKさん。
そのアーティストは驚きつつも迎え入れてくれた。 

 初めてのタトゥーを入れて帰国した。 

  

 ゔゔゔ、ゔ、ゔゔ、ゔゔゔーーーーーーゔゔ、ゔ、ゔう 

  

 村上龍の『KYOKO』みたいな話だと思った。ダンスを教えてくれたGIを訪ねて単身アメリカへ飛んだ少女の物語。 

  

 ゔゔ、ゔゔゔゔゔーーーーーーーーーーーーゔゔゔゔゔーーーーーーーーゔゔ、ゔゔーーーー 

  

 最近タトゥーに関係して話題になる例の裁判の話になった。 

 刺青は医療行為であって、医師免許をもたないで彫師は無免許医(ブラックジャック!)と同じとして逮捕者が出た事件。 

 最近第一審で有罪となったが、被告は文化や芸術、そして職業として公に認められたいと控訴する構えだ。 

「警察は刺青を存在しないものとして扱っている」とKさんは言う。 

 街にタトゥースタジオがいくらでもあることなんて高校生だって知っている。どこも基本的に摘発されることはないが、時たま思い出したように逮捕者が出る。

「一部の偉い人が決めて、なんの考えなしにルールが動いている」

 かつてのクラブ風営法と同じだ。誰だって12時以降にクラブでパーティーをやっているなんて知っているが、法律では客を深夜に踊らせるのはアウトだった。たまに思い出したように逮捕者が出ていた。

 法律のグレーソーンは警察にとってはいつでも抜ける伝家の宝刀だ。こういう便利なものはなかなか手放さない。

  

 しかしKさんは例の裁判については少し距離をとっている。

「世間の人に聞いてみれば多分タトゥーは絶対にダメという人は少ない。表立って声を上げるよりもその時が来たら自然と変わっていくと思う」

 しかし現状のままではいいとも思ってはいない。今は名乗ってしまえば誰でも彫師だ。衛生管理の知識が不十分な彫師によって起こされるトラブルも実際にある。 安全を確保するために保健所などで登録を義務付けるルールは必要だと言う。 

 また安全面だけでなく、「即日OK」と看板に出して飛び込み客を数こなすことで利益を伸ばすことだけを考えるスタジオが多いことにも違和感がある語った。

 確かに「即日OK」の看板はいくつか見たことがある。 Kさんによると、そういうところは店の回転率を最優先に来た客拒まずだ。そしてタトゥーを入れて後悔する人は、そうところで勢いのままにやってしまったという人が少なからずいるのではないかと言う。
 次にその店にいったらもう別の彫り師がいる。誰に彫られたのかもわからない。

 Kさんは基本的に一見の飛び込み客は断っていると言った。そして事前の打ち合わせで話してみて、この人は入れないほうがと感じたらやんわりと諭すように断ることもある。

 やけくそ、勢い、旅情、自傷行為の代わり、一時の衝動。

 タトゥーは体に傷をつける行為だ。
 自分が彫るタトゥーをその人の傷にしたくない。

 キャンセルも3日前までなら無料にしている。しっかりと考えてから決めてほしいし、やめたくなったらやめればいい。


ゔゔゔーーーーーーゔゔ、ゔぃーーーーー、ゔゔっゔーーーーゔ、ゔ、ゔ、ゔ、ゔゔゔーーー 

  

 警察の取り締まりという行政行為に不服をぶっこむには、裁判に訴えるのが正攻法だし最短ルートだ。過去にも他の表現分野で何度となく争われ、その中で今日の権利は確立されてきた。話題の裁判は今後の憲法学や行政法学の重要な先例になるだろう。 

 しかし、たとえばストリートのグラフティが「文化だから認められた場所でならいいですよ。場所はこちらで指定します」となったとき、バンクシーの作品にどれだけの価値があるだろうか? 

 白と黒をはっきりさせることで、消えていく領域がある。消えた後には懐かしむことしかできない。 

 唐突にあるゲイバーの店主と話したことを思い出す。何年も前だしかなり酔っていたのでうろ覚えだけどこんなことを彼は言った。 

 「仮に同性婚とか養子をもつことが認められたところで、それはそれで進歩かもしれないけど、俺の苦悩はあまり解決しない」 

 僕は狭間にいる人達の景色が知りたくてあれこれをしてのかもしれない。 

 

 

 ゔゔゔーーーーーゔゔゔゔーーーーーーゔゔーーーーーーーゔゔゔーーーーーーーーー 

  

 細い針を束ねたものでぼかしを入れていく。インクの濃い部分と薄い部分が境界線なくつながっていく。
 デッサンみたいだ。線だけだった図柄が立体物のように陰影を得ていく。 

 

 ゔゔーーーーーゔゔゔゔゔーーーーーーーゔゔ、ゔゔ、ゔうゔーーーーーーーーーゔゔ 

 

 学校の成績は悪かったし本もまったく読めないけれど、記事を読んでいたらいつの間には英語を覚えていた。
完全にオタクだ。
機材のことももっと知りたくなって、海外のメーカーにカタログを送るように手紙を出すと分厚いカタログが毎回届くようになった。 

 ふざけて名乗ったJapan Tattoo Lovers Association(日本刺青愛好者協会)を本気にされたらしい。メーカーも販路開拓だと躍起になっていたんだろう。 

 そして急激な円高。ある日突然手持ちの資金が倍近くになった。もう買うしかない。 

 初めて彫ってもらったアーティトと同じ機材を揃えた。当然、最高級品だ。 

 浅井健一のファンがいきなりグレッチテネシアンとマーシャルのキャビネットでギターを始めるようなものだ。 

  

 ゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔ、ゔゔゔゔーーーーーーーーーゔゔ、ゔゔ、ゔ、ゔ、ゔゔゔーーーーー 

  

 届いた機材をしばらくはにやにやと眺めていたが、見ているとやってみたくなる。
自分の身体に彫っていたところに、友人に頼まれて彫ったらそれがとても評判がよかった。 

 Kは腕がいい、と次々に依頼が入るようになった。 

 当然だ。機材は一流だし、専門雑誌のコアな技術論を気合で読みこなしていたのだ。 

 これまで誰かについて修行をしたことはない。すべて我流だ。
 しかし世界のトップレベルだけを追いかけてきた。 

 依頼は次々に入り、気鋭の彫師として取材をされたりもした。 

 とんとん拍子で、いつの間にかタトゥーを仕事にしていた。 

 それから20年以上。今も続けている。 

  

 ゔゔ、ゔ、ゔ、ゔゔゔ、ゔーーーーーーーーゔゔゔゔゔゔ、ゔゔゔゔゔ、ゔゔ、ゔ、ゔーー 

  

 ある年のタトゥーコンベンションで、初めて彫ってもらった相手と隣同士のブースになった。
当時は新進だった彼も、今では大御所だ。話しかけるとKさんのことはしっかりと覚えているという。
 東の果てから単身乗り込んできたKさんを忘れるわけはない。そして同じ場所にやってきたのだ。 

  

 ゔゔ、ゔゔーーーーー、ゔゔ、ゔ、ゔ、ゔゔゔゔーーーーーー、ゔ、ゔ、ゔ、ゔゔゔーーー 

  

 何度かベランダで煙草休憩を挟み、夕焼けがぼんやりと部屋を薄暗くする。
 BGMはいつの間にか止まっていた。しかし僕は気付かなかった。Kさんに言われてパソコンのプレーヤーを再度立ち上げる。 

 もう小沢さんのタトゥーはほとんど完成だ。ぬるっとしたタコ、心臓、ナイフの硬質さがそれぞれの質感と存在感をもった。

 タトゥーをいれてみて、なにかかわったことはありますか?と僕は小沢さんに聞いてみた。

「強いて言うなら人一倍礼儀正しく振る舞おうとするようになりました。なんだかんだタトゥーはイメージ悪いし、なにか悪く思われることをやって、やっぱ刺青入れる人だなって思われたら嫌なんですよ」

ゔゔゔゔーーーーーっゔっっゔゔぃーーーーーーゔゔゔゔゔゔっゔーーーー 


小沢さんがベッドに横たわり最後の仕上げが始まる。
 さらに細かく刻むように色を刺していく。
 時には顔を寄せて、または離して全体像を確認一針一針足していく。  

  

 ゔ、ゔゔーーーーーゔゔゔ、ゔ、ゔ、ゔ、ゔゔゔーーーーーーーーーーーーーゔゔーーーー 


完成。

 小沢さんは立ち上がって、こころなしかフラつきながら鏡の前に立つ。
 全体を色々な角度から見る。
首をまげてみたり、肩を上げてみたり、決め顔をしたり、新しくなった自分の姿に馴染もうとしている。
 昼よりも髭が伸びている。まるまる半日かかったのだ。
 血はあまり出ていなかったけど、シャツの袖口が少しだけ赤黒くなっている。 

 

 5分くらい、小沢さんはなにかを確かめるように自分自身を睨みつけて、やがて満足げに、少しはにかんで笑った。
 Kさんも笑った。
僕もなにかほっとした。

 Kさんがタトゥーに透明なサランラップのようなものを巻いていく。 

 それはなんですか? 

 「サランラップみたいなもの」 

 化膿を防いだり傷口の治りを早くするためのものらしい。 

 挨拶をしながらタトゥー後の諸注意を聞く。当然しばらく飲酒は禁止。 

 最後に支払い。 


 外はすっかり夜だ。少しだけ肌寒い。小沢さんに礼を言って別れる。自転車にのってそれぞれの目的地へ。 

 これから花見に参加するらしい。忠告は無視されるためにある。 

  後日Kさんと食事をしている時にこんなことを言っていた。

「自分の仕事は特別なものじゃない。道路工事や美容師さんと、そういう普通の仕事と同じ」

 自分の技術を人の生活を彩ったり便利にするために提供して報酬を得る。

 きこきこと自転車を漕いで進む。いくつかタトゥーの看板が目に入る。
 道端や公園の桜はもう数日で最後だろう。酔っ払いがガッツとアルコールで花見を楽しんでいる。 

 寒の戻りというのだろうか。少し冷たい風が吹いて、どこかで犬が鳴いて、枝から花びらが落ちた。

 僕は今のところタトゥーを入れるつもりはないし、痛いのも苦手だ。けど、そのうちどうしても入れたくなったらKさんに頼もうかとふと思った。 

 そのときのためにかっこいいモチーフを探しておこう。 


春と刺青
2018年 春



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