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深く悲しい


最近感情と現実が分離しているのを感じる、体は元気で体の外側とは普通に振る舞って幸せな世界なのに感情だけが真っ暗、どこか苦しくて苦しさが感情の中心、幸せだと思ってもなにか深く深く考えなくてはならない大きな暗いことを私自身が抱えているような気がして心の底から幸せになれない

特に今私は部屋を暗くして寝ようとしています
そうすると明るい現実の視覚というそのタイミングで脳を占める存在が無くなってしまい絶望的な気持ちに襲われます

絶望感
その言葉が私の精神の状態を表すのに相応しいと感じます
だから私は例えば拷問とか酷い病気とかで苦しむ人の感情を想像してわざと考えて苦しくなって、理由はずっとずっと分からなかったけどそうやって苦しんで思ったのは
・この言葉にできない絶望感を何かに置き換えて言語化したい
・繰り返し想像して自分を傷付けたい(そして知らない間にその癖が付く)
私がそうなる可能性がある訳ではないし「そうなってしまったらどうしよう」という恐怖ではなく、「そうなった時の感情」を正確に想像して苦しくなる癖
とにかく苦しいことを具現化してなんとなくの不安感から脱却したい気持ち

とにかくこのような想像に留まらずなんとなく気持ち悪く理由のない不安な感覚が思考が進むほど酷くなってどうしようも無くなってくる
そしてそうなった時には必ず自己嫌悪が付属してこんな思考回路を持つ自分が気持ち悪くて気持ち悪くて仕方ない
こんなだから人間と話すのに向いてないのに一人でいると思考回路が進むからこういう苦しさに襲われるから人寂しくなってしまう

この苦しみの根底が受験にあるのかもしれないし、もしくは例に上げた他人の拷問とか病気とかの想像と同じように、元からあった言葉にできない深い悲しみの理由として受験で苦しんで言葉にしたいだけなのかもしれない、それが私には分からない、こんなに苦しいのに自分の毎日のように分析している感情のことなのに判断し得ない、分からない自分も大嫌い

お腹から変な音がして気持ち悪くてもっと酷い時は背中がウワーーって冷たくなって感情がこれ以上はないほど苦しくなる
そし苦しさを止めるには自分をやめるしかないのだろうかって思ってしまう、そういう思考回路

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