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自宅待機8日目。まだまだ続きまっせ~。今日は同期に言われた嬉しい言葉を紹介します。

任地334日目。月曜日。

さて、先週月曜日から始まった外出禁止の大統領令、1週間が経過しました。(私は風邪で寝込んでて人より4日早く自主外出禁止しているので12日目に突入です笑)

大統領令が解けて人々が動き出せるのが予定だと31日。あと1週間あります。そしてそのあとJICAボランティアは日本に帰りまた国内施設で2週間待機です。

トータルで1か月を超える自宅待機。まだまだ続きます。めげていてはいけません。笑

昨日3月22日はペルーのビスカラ大統領の誕生日でした。当日の彼の声明によると、

「本日は私の誕生日だが、変わらずコロナウイルス対策を続ける。ペルー国民の皆さんは私の誕生日プレゼントと思って自宅待機を続けてください」

とのことです。かわいいですね。

ということで彼の誕生日も誕生日じゃない日も、私も自宅待機を続けます。


この気が滅入る自宅待機期間をなんとかハッピーに過ごそうと同期が提案してくれたハッピーワークショップ。これは身近な友人などと行い、1年を振り返って感謝したところや次の1年の目標、相手の良かったところを発表するというようなものです。

ペルー同期隊員と行ったのですが、その中で今の心にめっちゃ響く言葉を言われたのでご紹介します。

生活をする上での三大重要素「食」では、自由に使えるキッチンがないという大きな課題に直面したにも関わらず、一年間ほぼ同じ食ルーティンで生き延びるという強靭な忍耐力を発揮。不自由さを感じながらも、活動のみならず私生活でも任地を優先するという「任地ファースト」に、自分にはない意識の高さを感じた。任地を知ること、任地の人たちに寄り添うこと、とことん目の前のコミュニティをありのままの姿で受け入れ、時に傷つきながらも人々を愛そうと努力し続けるひたむきさはとても純粋で、協力隊になりたかったといういくみんの言葉をそのまま体現しているように感じた。特に、「休暇でどこかに行くよりも、任地の人たちと時間を過ごしたい」と言った言葉が印象的。活動の進展にかかわらず、自分を犠牲にしながら相手を想うその姿勢は、必ずや任地の人々に届いていることでしょう。

いやーーー涙ちょちょぎれるかと思った。笑。

嬉しすぎた―――。

一時帰国ってなって、たぶんみんな色々思うところあると思うんです。で、私もそれなりに思うことはあったけれど、うーん。なんか、たぶん自分の思いとか、任地の人に伝わっていないんだろうなってそんなような感想をもって。

もちろん見返りなんていらないし、自分のために何かを感じてほしいとか何かをくれとかそんなことも一切思わない。

ただ自分が任地ファーストでいろんなことを考え感じてきたことなんて全然任地の人には届いていないように感じるし、そんな達成感なんて一ミリもない。届いていないと感じるのは、むなしい。

別に他の人と比べているわけではないけれど、他の隊員のインスタに別れを惜しむ様子とか乗っているのをみて、私の場合ってこういうのあるのかなーって思ったりして

昔から人に甘えるのが苦手で、この1年も誰かと濃くというよりはとにかく任地のいろんな人のことを知りたいとかって思って、いろんなところに顔を出したりしたけれど、そんなたくさんの人と交流するほどの器用さなんて持ち合わせてもいないし、じゃあ何が残ったかというと、広く浅くの人間関係なんだろうなーと。

1年目は広く浅く、2年目は深く、って思っていたけど、2年目は始まらずに任地を去ることになってなおさら悔しいし。


任地の人になり切れないことに、涙を何度も流した。

結局日本人であり、生まれた場所もバックグラウンドも違う。そして結局こういう事態になるとそそくさと任地を後にする立場に自分はいて、自分と任地の人との間にある壁を何度も崩したいと思った。

全てを捨てでも任地の人と同じ土俵に立ちたいとも何度も思った。それができない自分の情けなさも感じた。

でもいろいろ考えたうえで、自分には自分の役割があり、成れないものは永遠に成ることはできなくて、私は外部から来た人間として、自分に出来ることを探して実行するって、何度もそういう結論に至るのに

でもたまに訪れる疎外感とか、そういうものとの戦いに苦しむこともあった。

この1年、すっごくタンボグランデのことを考えた。

恋するみたいに、任地と付き合った。

タンボグランデのことを思う気持ちはどの日本人よりも負けない自信がある。日本人と言わず、この世界中のほとんどの人よりも負けない自信がある。

でもきっと、任地の人には、そんな思いなんて届いていないと思う。

今思えば、上司に立ち向かったのも、何度も苦しんだのも、タンボグランデのためだった。多分、タンボグランデなんてどーでもいいや~~なんて思って過ごしていたら、全然楽ちんだったと思う。

でもきっと任地の人には、届いていなんじゃないかなって思う。こっちの人からしたらありがた迷惑だよねーそんなん。笑 任地の人からしたらそんな想いは暑苦しいだろうし、みんなが知らないうちに私だけが任地のことをとことん愛す、まあそれでいいじゃないかと思ったりした。

届いていないのは、私の弱さであって、たぶんもっと口にしていろんなことを丁寧に説明して向き合っていたら伝わっていたことも先延ばしにしたり、聞いてもらえないのが辛くて敬遠したり、たぶん私の活動なんて興味ないだろうなと思って友達にも話さなかったり、そういうのがあると思うんだよね。反省してる。それがその時の100%だったからたぶんそれが私の実力なんだけど、もっとどうにかならなかったかなと思ったりもする。

99%届いていないと思うけれど、ペルー人ってたぶん口下手な人多い気がするから、思っていても言わないだけであったりするなら本当は誰かに届いていたりするのかなって1%くらい期待はもってる。笑


だから上に引用したように、同期にそういってもらえたことが本当にうれしくて、(念のため書くと他の同期にもたくさんの嬉しいことを言ってもらえたのだけれど今回はこの言葉を引用させてもらっている)

同期が言うように、「任地の人に届いている」と、結果的に私は思えていない。

そうだといいなという願望はめっちゃあるけれど、現実は厳しい。

でもそうやって1年間ともに同じ国で切磋琢磨してきた遠くの任地の同期にそれを理解してもらえて、私の姿勢を見てもらえていて、伝わっていたことがうれしくて、

ひょっとしたら、同期が感じ取ってくれたように、任地のどこかの誰かが、私の存在をそういう風にみてくれているかも、しれない、そういうような希望がちょっと湧いた。

だから二つの意味でうれしかった。(同期に認めてもらえたことと、希望が持てたこと)


今回のnoteにもちょっと書いたけど、1年の反省はまたどっかのタイミングでしたいなあ~

長くなりましたが、そんな嬉しかったことの日記でした。おしまい。

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