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影山摩子弥「なぜ障がい者を雇う中小企業は業績を上げ続けるのか?」

「障がい者」と「業績」という言葉は、相反するのか。
感覚的に相反しないと信じています。
でも、じゃあ、理論的に説明して、数字で示して、と言われれば、黙り込んでしまいます。
思いつく答えといえば、「それは実際に体感してみないと分からないんですよ」くらい。全然答えになっていません。自分のごく一部の体験で、説明できるわけもないのに。

障がい者雇用に取り組むためには、法定雇用を守らなければいけないから、という視点ではダメだとずっと思ってきました。その視点だと、とりあえず雇っておけばいい、という考え方に繋がってしまうと思います。実際に雇用代行ビジネスなども出てきています。もちろん給与所得を得ることができます。それもとても大切なことだと思います。ですが、それは理想ではないと思います。それだけでは、障がい者本人たちにとって、幸せな働き方にならないと思います。

何言ってるんだ、私たちだって、働いていて幸せを実感できることなんて、ない。毎日、行きたくないな、と思いながら仕事に行き、お金のために色んなことに耐えて、そしてぐったりして帰途に着くんだ、という人もいるかもしれません。

確かに、自分のやりたいこととできることと仕事がマッチしている最高の状況というのは、なかなかありません。私も、なぜ私がこんなことをやらなければいけないのだろう、と思いながら、仕事をしていたこともありました。今も100%幸せに働けているか、と言われれば、全然違います。

異動のたびにいつもショックを受け、そこから勉強してその分野を知りながら、やりたいことを見つけてきて、できることとやりたいことと仕事がマッチするように微調整していった感じかなと思います。こういう努力をするのは、私が、仕事から得られる幸せをとても重視しているからなのだろうな、と思います。
全ての人が自らやるわけではないと思いますが、職場を作る立場の側になったら、今度は自分のことだけでなく、チームのメンバーに対して、こういうことも配慮したいなと思います。少なくとも私も、部下の得意なこと、不得意なことはもちろん、やりたいことを意識しておきたいなと考えています。

なぜこういう話をしたかといえば、障がい者雇用は、今までとりあえず日々の仕事を片付けることに必死になってきた職場にとっては、最初は大変かもしれないけれど、こうしたやりたいこと、特性、仕事の内容をマッチさせることに関して考える、きっかけになるのではないかと思っているからです。そしてこのタイトルは、そのための方法が書かれているのではないかと思って、とても期待していました。

本は2部構成になっています。

Ⅰ部 経営戦略としての障がい者雇用
Ⅱ部 経営戦略としてのCSR

もともと著者はCSRの専門で、その一環として障がい者雇用に関するアンケートを実施し、それについて解説したのがこの本となります。

障がい者雇用については、Ⅰ部で議論され、Ⅱ部の方はCSR全般の話となっていました。ここではⅠ部の概要について触れてみます。

第1章 障がい者雇用は経営のフロンティア
第2章 障がい者雇用で会社が変わるー5つの事例からー
第3章 障がい者を雇う企業が業績を上げる理由
第4章 こうすれば障がい者雇用で業績が上がる

すごく期待できる言葉が並んでいて、内容が楽しみになりました。

第1章 障がい者雇用は経営のフロンティア

障害者雇用促進法では、従業員の規模が一定以上の企業に対し、法定雇用率を達成することを求めています。これは小さな企業にとってはとても負担になります。そもそも経営状況が厳しい中で、負担になることはできるだけ避けたいのが本音です。法定雇用未達成の企業に対して課せられる納付金を収める方を選ぶ事業所が半数程度います。加えて、大企業が障がいの程度が少なく働いてもらうために必要なサポートが少なくてすむ障害者を囲い込み、労働市場で弱い立場にいる中小企業はサポートが多く必要となる障がい者を雇わなくては法定雇用が達成できない状況になっているといいます。

ですが、障がい者雇用の効果に気づき始めた経営者もいると著者はいいます。それは個々人の生産性に着目するのではなく、組織としての生産性に着目することがキーとなります。
個々人に注目すれば、知的障がいや精神障がいを持つ人の生産性は低くなりがちですが、障がいのある人を受け入れるために、様々な環境整備がされたり、仕事の流れの見直し、マニュアルの作成がされて、業務が改善され、結果として生産性が高くなることがあります。
また、感覚的に理解しやすいことして、一人一人の生産性はそこそこだけれど仲の良いチームと、一人一人の生産性は高いけれど仲が悪くコミュニケーションができていないチームだったら、やはり前者の方がチームとしての成果は高いのではないかなと想像されます。

第2章 障害者雇用で会社が変わるー5つの事例から

ここでは、業種も様々な5つの中小企業の事例が取り上げられています。

事例1 障がい者雇用がきっかけで職場環境が劇的に改善 株式会社バニーフーズ
事例2 「地域の信頼」がビジネスを支える リプロ株式会社&ユーユーハウス株式会社
事例3 障がい者を戦力にできる会社は強い! 株式会社羽後鍍金
事例4 障がい者を包む人間関係が会社を成長させる 甲斐電波サービス株式会社
事例5 親会社には頼らない! プルデンシャル・ジェネラル・サービス・ジャパン有限会社

他の本で見た事例と同じように、最初からいきなり障がい者雇用に取り組んだわけではありません。事例5に関しては、特例子会社の事例なので少し趣旨が違う部分もありますが、実習で受け入れる、あるいは、就労継続支援事業所に委託していたといったきっかけがあります。
その過程で、自分のところで雇用しよう、あるいは、就労継続支援事業所を作ってしまおうと取り組みを始め、そして、様々な効果が見出されたという話になっています。事例それぞれに、どのような効果があったかの説明があり、それは似通っているようで、それぞれの組織ならではの話だと感じました。
ですがいずれの事例も、社内の雰囲気が変わった、とか、コミュニケーションが活性化した、といった話が出てきているのは、特筆すべきことだと思います。

第3章 障がい者を雇う企業が業績を上げる理由

ここでは障がい者を雇用することで、健常者に影響を与えることによって、組織内全体の労働生産性(著者はこれを組織内マクロ労働生産性と名付けています)が上がることについて、障がい者雇用を行う事業者の経営者層への会社用アンケートと、社員を対象とした社員用アンケートの2つの調査結果をもとに検証しています。

この研究は文部科学省科学研究費を用いたもので、その成果は下記から見ることができます。

著者はこの結果をもとに、次のようなプロセスで、雇用された障がい者が業績を改善することを示しています。

1 障がい者との接触が障がい者の能力を認識させる。
2 障がい者雇用を評価する姿勢は、障がい者の能力を認識しやすくさせるとともに、職務満足にも影響を与える。
3 障がい者がパフォーマンスを発揮している(障がい者の能力が認識されている)職場では、健常者社員の職務満足度が上がる。
4 健常者社員の職務満足が上がると、精神健康度が改善する。
5 健常者社員の職務満足は、業績に影響を与える。
6 したがって、健常者社員の職務満足を通して、障がい者は業績を改善する。

本書

では、具体的にどのようにすれば、このような効果が得られるかについて、次の章で記載されています。

第4章 こうすれば障がい者雇用で業績が上がる

障がい者雇用で得られることとして、著者は次のことを上げています。得られることというか、準備しなければいけないことも含まれており、結果として得られるもの、という見方もできるかなと思いました。

  • 人材育成のノウハウができる

  • 社内の業務の流れが改善される

  • 職場環境が改善される(リスクマネジメントにつながる、職場の雰囲気が改善される)

  • 健常者社員が前向きに取り組むようになる

  • 適材適所のノウハウが形成される

  • 戦略的観点が身につく(作業や製品の見方・解釈を変える、作業や製品の質を改善する)

これらのことから、経営上の効果を生むための9つのポイントとして、著者は次を掲げています。

  1. 障がい者雇用が経営戦略であることを理解せよ 障がい者の能力を引き出し、経営上の効果につなげるために、障がい者雇用が経営戦略になりうることを理解し、意識的に取り組むことが大事です。

  2. 社長はブレるな 大企業であろうと、中小企業であろうと、社員は会社の軸です。その社員の方針がブレずに、安定したものであると、社員にとっては、目指す方向が明確に示されていることになりますので、仕事に集中し、力を発揮することもできます。

  3. マッチングを見極めろ 障がい者にあう仕事を切り出すことと、その仕事へのマッチングを見極めることは大事です。加えて、会社に溶け込めるかどうかをチェックすることも重要です。

  4. 相談相手や業務連携のネットワークを作ろう 社長仲間や障がい者支援団体、行政、研究者、医療機関などと相談できる関係を作っておくことが必要です。つまり、相談のネットワークを作るのです。

  5. 障がいや取組み事例、法令に関する知識を集めよ 社長や社員の姿勢が前向きでも、障がいや他社の事例、法令、助成金、などに関するさまざまな情報を集めることは必要です。常にアンテナを張っているようにしましょう。

  6. 現場のキーパーソンを探せ 社長の方針が望ましいもので、ブレていなかったとしても、常に社長が障がい者に寄り添っていることは無理です。仕事をする際には、社員間の距離が極めて近くなりますから、障がい者が会社や仕事に慣れるまで、社員のなかに、障がい者の面倒をみたり、助言をしたり、といった存在がいることが必要です。

  7. 障がい者は個性だ 「障がい者は、普通の人と違う特別な存在」と考えると、構えてしまいます。しかし、障がいを個性と考えると、「その個性に合った仕事や作業は……」と思考が展開していきます。

  8. 健常者社員との接触を大事にせよ 社内の人間関係や雰囲気、コミュニケーションなどが良くなることによる組織内マクロ労働生産性改善効果を引き出すためには、障がい者を雇うだけではダメです。障がい者社員と健常者社員が一緒に仕事をするからこそ効果がでるのです。

  9. 社会性に頼るな どの事例でも、障がい者雇用を売りにして、顧客の評価を引き出し、ものを売りつけようなどと考えていません。顧客が評価する品質に力を入れることが絶対条件です。

あまりに貴重な内容だと思ったので、全部、引用してしまいました。本の中では、それぞれのポイントごとに、第2章で取り上げられていた会社の事例と照らし合わせて、分かりやすく説明されています。

私の職場にも障がい者がいます。障がい者がいることで本来得られるべき組織内マクロ労働生産性の向上が得られているだろうかというと、まだまだ十分ではない気もしています。
障がい者はもちろん、自分たちにもよい影響があることを認識しながら、障害のある人もない人も一緒に働くことについて、考えていきたいと思います。

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