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大野更紗「困っているひと」

行政に電話したら、たらい回しにされたという話があります。少しずつ減っているかもしれませんが。でも、これはもしかしたら何とかしてあげたいという気持ちの裏返しだったのかもしれない、と改めて思いました。
この本は、大野更紗さんがビルマの難民支援に夢中になった学生時代、そしてその後突然、日本では、ほとんど前例のない難病にかかった大学院生時代のことを書いています。病名は筋膜炎脂肪織炎症候群、加えて、皮膚筋炎も併発しています。

この本は、いわゆる「闘病記」ではない。もちろん、その要素も兼ねざるを得ないけど。今、私にとって、生きる事は、はっきり言ってチョー苦痛。困難山盛り。一瞬一瞬、ひとつひとつの動作、エブリシング、たたかい。
1人の人間が、たった一日生きることが、これほど大変なことか!

実際、信じられないような症状が次々に発生します。病気といえばこんな感じ、という想像をはるかに超えているので、自分がもしそうなったら、どんな気持ちになるだろうと、いろんな考えが吹き荒れました。

その中でも特に考えさせられたのが、援助の甘いワナという章です。
遠く離れた実家、忙しい両親に頼れないことが分かっていたので、近くにいる学生時代からの友人を頼ります。「何でも言って」もいう優しい言葉に、次第に慣れていきます。

わたしは、自分が甘い罠にずぶずぶとはまりこんでいることに気がつかなかった。友人たちの「厚意」「親切」をまるで当然のことのように、自然に期待し、受け取るようになっていた。
誰かがお見舞いに来てくれるというメールを受け取れば、
「歯間ブラシと、キュレルのクレンジングと、ウェットティッシュと…、」
と反射的に必需品調達のリクエスト送ってしまう。
来てくれた人に、延々と、「こんな酷いこととかあって、こんな辛いことがあって…、」
と自らの苦境と悲劇を嘆き、訴える。


けれどある日、3人の援助者たちがそろってやってきて、「いろんなひとの、普段になっていると思う」と、つまりは、今までのようにはできない、と告げられてしまいます。
そこで更紗さんは考えます。ビルマの難民たちは本当に過酷な状況の中で、何に頼っていただろうかと。

そして、それは制度、国に頼っていたのだということを思い出します。

そして私はその制度を紹介する立場の人間にあります。最後の砦とならなければいけないと思っています。異動してきても、なるべく早くいろんなことを学び、問い合わせしてきた方の課題を解決しなければいけない、と思っています。
ですが、どうしようもないことがあります。
制度というのは、数をこなさなければいけない。だから決まりがあります。対象にならない人はお断りしなければいけないのです。もちろん代替になりそうなことも考えます。そのために色んな資源を理解しようとしているわけですから。でもそれでも何も案内できないこともあります。
怒られた場合にも、とても悲しくなります。
けれど、弱弱しい声で、本当に困っちゃう、どうしたらいいんだろう、と言われるとさらに、心苦しくなります。なんとかならないだろうか、といろいろ考えますが、どうしてあげることもできないのです。
そして、憂鬱な気持ちを引きずることになります。

ですが、この本を読みながら、気付いたのです。いくら私が給料をもらっているとしても、制度からはみ出たことに対応できないことを、自分の重荷に思う必要はないと。
制度をはみ出たニーズがあるということをただ認識し、制度を変えられる場合には、変える必要があるのかどうかを考えればよいのです。
思い悩む時間があるなら、やるべきことを次々と片付けていかなければいけません。というかむしろ、制度を変えるべきで自分たちで変えられる範疇なら、変えることに着手しなければいけないのです。
時間は限られています。

誰しも、目の前の相手の助けになりたいと思います。仕事であっても、断るのはつらいものです。だから、他の方法があれば、と思うのです。「たらい回し」もそんな発想から来ているのでしょう。ですが、検討違いのつなぎ方は相手にとって、ただ断られる回数が増えるだけで、何の得にもなりません。
だから、つなぐなら、本当につないだ先に方策があることがわかっていなければならないのです。その知識や確認が不十分なままつなぐから、悲劇が起こるのです。

障がい者福祉にも難病向けの対応がありますが、あまり事例は少なく、というか、更紗さんもそうなのですが、身体障害者手帳を持っているケースが多く、難病だけを理由に、ということはあまりないように思えます。
ですが、この本を読んで、大変だな、考えなければいけないな、と思いました。

色々と知ると、まだまだ課題がたくさんあることが分かり、圧倒されそうになります。でも、気持ちだけ持っていても何もできない。
気持ちは原動力にもなるけれど、思考を阻害することもあります。冷静に考えなければいけません。

今の仕事に絡むのでこんな読み方をしてしまいましたが、全体を通じてユーモアにあふれていて、軽やかに読み進めてしまいます。
ちょっとキュンキュンする話もあり、女子だなって思います。この世に生きるものは、誰しも生きることを与えられていて、どんな風にとかいつまでとか、自分ではコントロールできないこともあっても、やはりどう生きるかを選ぶことはできるはずで、それはとても大切なことだと思わせてくれます。

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