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土屋哲雄「ワークマン式『しない経営』― 4000億円の空白市場を切り拓いた秘密」

こんな会社に勤められたら、と思いながら読んだ。もう私は与えられた職場で仕事をする側というだけでなくて、職場を作る側にも片足を踏み入れているのだけれど、つい、こんな風に考えてしまう。
ワークマンは2019年に新業態WORKMAN Plusを掲げた後、順調に売り上げを伸ばし、2022年3月末には1店舗あたり売り上げが2018年3月の1.6倍以上となっている。この本は、こうした躍進のキーパーソンである土屋氏が書いたものである。
土屋氏が叔父である会長に呼ばれ、ワークマンに還暦間際で入社した時に言われたのが、

この会社では何もしなくていい

ということだったという。
それまで土屋氏は三井物産に入社し、企業内ベンチャーを立ち上げたり、様々なことに取り組んできたという。この言葉がなければ、それまでのようなジャングル・ファイターとしての動き方をしただろうし、「しない経営」は生まれなかったという。

「しない経営」とは

社員のストレスになることはしない
ワークマンらしくないことはしない
価値を生まない無駄なことはしない

ということだという。
例えば社員のストレスになることはしない、ということの中に、残業をしない、というのがある。これは本当に徹底的。土屋氏がある時、新規開店する店舗の開店予定日に現地に足を運ぶと誰も来ていなかったので、驚いて責任者に連絡を取ると、「開店準備のために残業が増えてしまいそうなので、開店を1週間、遅らせました」とあっさり言われたという。土屋氏は「おいおい、ちょっと待ってくれよ」とは思ったものの、会社の方針として「忙しかったら納期を遅らせろ」と言っているので、感情を抑えながら「勇気ある決断だった」とほめたという。
ワークマンらしくないことはしない、というのは、顧客管理をしない、ということなど。あらゆる分野の店舗でポイント制などの特典があるアプリなどを使って顧客管理したりするけれど、ワークマンは一切そういうことをしないという。顧客管理は個人情報の流出などのリスクもある。その代わりにエクセルだけで必要な情報は分かるというのだ。
また、価値を生まない無駄なことはしない、というのは、会議を極力しない、とか、幹部は思いつきでアイデアを口にしない、など。
それでも業績は10期連続最高益を更新中だという。

エクセル経営という言葉が随所に出てくるのだけれど、難しいソフトを使うとかではなく、誰もがデータを見て考えられるように敢えてエクセルを使っているという。VBAを使っているわけでもない。グラフを多用して見やすくするとかよりは、生データを見せて、そこから説得力のある説明をしながら、ステークホルダーの理解を得ていくというのだ。

重要なのは、全員でデータを活用し、会社の舵取りをしていくことだ。
だからといって上司と部下の関係性がいきなる変わるわけではない。
上司はこれまで同様、勘と経験に頼ろうとするし、部下は上司の誤りに気付いても、「部長の判断は違う」などとは言えないだろう。
だが社内に、自分の勧と経験よりデータを重視しようという風土が浸透していたらどうだろう。

(中略)
私を含めて昭和、平成時代に成功体験を持つ経営者が、いままでの勧と経験を頼りに舵取りしようとすると、ネットワーク型社会の変化に対応できない。勘と経験による意思決定は会社の大きなリスクポイントだと認識する必要がある。

土屋氏が入社して以来、データ活用研修を積み重ねてきた成果として、追従型だった人たちがどんどんトップクラスの人材になっていったという。4人の実例を挙げているけれど、それぞれがデータ分析能力を身につけたことで、自信を持ち、ふるまいも変わっていったという。
そしてもう一つワークマンの風土が素晴らしいなと思ったのが、「経営者は社員の夢にコミットしなくてはならない」という考え方。

人は夢で動く。一つのことを苦しいと感じずに続け、やり抜くためには、夢、希望、興味が必要だ。
いつも不思議に思うことがある。会社の夢(経営ビジョン)が語られる機会は多いが、そこに社員の夢が同居していることはめったにない。
ビジョンを共有するというが、それは会社の夢を社員が理解すること。
夢、希望、興味というのは、自分のものであるから能動的に動くのであって、他人のものには無関心なのである。


土屋氏はこの想いから、実際に社員とたくさん対話を重ね、本人が活躍できるポジションに異動させたりしたという。一日中面接して疲れたときには、「1日で960万稼いだ」と考えることにしたという。一人の個用には間接費を入れると年間1,200万円ほどかかる。その人が8割活性化としたら、1年で960万得したことになる、という計算だ。
何をやるかは経営が、どうやるかは社員が決める。一見優秀に思える社外の人材を使ったりするのではなく、一番よく知っている社員を活用するのが大事だという。「しない経営」というのはそういうことなのだと思う。
私は経営者ではないから、大きく変えることはできないけれど、小さく身の回りの空気から換えていきたい。

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