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樫野孝人「公務員のための情報発信戦略」

企業なら商品やサービスを購入してもらえることを目指せばよいけれど、では、行政は何を目指して情報発信をすればよいのか。自治体のPRといっても、その自治体がどんなサービスをしているのか、そのサービスがどんなに良いものかをただ発信すればよいわけではない。そもそも先に税金をいただいているので、もちろんKPI(効果を検証するための数字)を設定してはいるけれど、売れないことの危機感が民間事業者ほどないのが現状だと思う。とはいえ、実際民間では成り立たないものを公共が担う、ということも多いので(むしろ、民間が担えるものは委譲していくべきという流れになっているし、それをしないのは民業圧迫になる)、売れなければすぐにやめる、ということもできないのもある。
一方で、行政の情報発信は、啓発的なこともかなりある。例えば健康に関しては、関心のある人はどんどん自分で情報を取りに行って実践しているけれど、そうでない人に、興味の全くない人にどう届けるか、が重要になるので、そこも難しい。
要は、先に税金をもらうという、そもそも情報発信やマーケティングの得意な人が育ちにくい状況で、難しい情報発信をしなければいけないということは、普通よりとてつもなく難しいことなのではないか、と少し前から思っていた。
この本は、そうした行政ならではの難しさを踏まえた上で、どのように戦略を練っていくか、ということについて書かれた本だ。しかも広島県福山市に4年間携わって実践されてきた方によるものである。
自治体の戦略的広報には3つの分野があるという。

マーケティング・コミュニケーション=各事業のコストを最小化し、成果を最大化する。市民への啓発活動や行動喚起も含む。

リスク・コミュニケーション=事件や不祥事、成果が上がらない時に、どう真摯に市民に向き合い、説明責任を果たすか。

ガバメント・コミュニケーション=信用・信頼に裏付けされた郷土愛やシビックプライドの醸成にも繋がっていく。
※短期的に実現できるものではなく、マーケティング、リスコミの積み重ねで形成されるもの。事後の広報や成果の広報が大事だという。

シティプロモーションはこれらの取りまとめ役として、全部局のハブになることが求められているという。
プロモーションについて議論していると違和感を感じることがよくあった。シビックプライドの醸成をするために、どうすればいいのいか、みたいな議論がされるときに感じだ。要はこれ、マーケティング・コミュニケーションとガバメント・コミュニケーションが混同されているからなのではないかと思った。郷土愛やシビックプライドは、一朝一夕に作られるものではない。結果として出てくるものなのだと思う。だからといって、何もしなくてよいということではないだろう。
マーケティング・コミュニケーションやリスク・コミュニケーションの取りまとめ役として機能しつつ、事後の広報や成果の広報などで、ガバメント・コミュニケーションを重ねていくということになるのだと理解した。

福山市の取り組みとして、現状分析をした上で、自社媒体(広報誌やネットやSNSなど自分で持っているメディア)に関して9つの強化に取り組んだという。例えばSNSのいいね!数を倍増することや、シェアしてもらいやすいように、ウェブページにフォローボタンやシェアボタンを設置すること、また「好意を持ってくれている方々による善意の情報循環」を生み出す仕組みとして福山アンバサダーを立ち上げたという。
例えばSNSのいいね!数を増やすことなどは、一つ一つの情報発信の中で共感者を増やす取り組みであり、マーケティング・コミュニケーションに当たるものと考えられる。フォローやシェアボタンは、基本的にはマーケティング・コミュニケーションに当たるだろうけれど、ガバメント・コミュニケーションの範疇に少し足を踏み入れていると思うし、福山アンバサダーはよりガバメント・コミュニケーションの要素が強いと思う。だけれども、いずれも、ウェブページや福山アンバサダーに知ってもらうための一次情報がしっかりと伝わるものであったということが前提になっているはずだ。
本では、具体的にどのように取り組んだか、さらには、成果と今後の課題についても記載されている。特にSNSなどは職員の必死の頑張りの成果だったというし、各事業担当課にプロモーション意識をどのように持ってもらうか、というところは大変な苦労があったかと思う。けれど、そうしたことを一つ一つ丁寧にやっていかないと進まないのだ。なぜなら、シティプロモーションの担当課が自分でできる範疇だけで取り組んだとしても、マーケティング・コミュニケーションの積み重ねにはならないからだ。
幸いなことに、マーケティング・コミュニケーションは事業担当課にとっても重要だと思う。事業成果のためにはやっぱりマーケティングが必要だ。だから、そこをよくしようというのは、共通の利益ということになる。
地道に取り組んでいきたい。

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