東京の中心でキラキラしていなくてもいい
千葉の片隅で自分らしくやっていればいいと最近ふと思った。
売れていない人ほど、まだまだ自分の理想の状態になっていないと追い込んでいる人ほど、SNSで充実している自分を出したがるのかもしれない。
1度主役気分というものを味わってみるのもいいかもしれないけど。
(投稿したらすぐ、いいね!がたくさんつくとか、名言が拡散されてバズるとか)
いいね逃げやフォロバ逃げもある。
(度々いいね!しに来てフォローを獲得しようとする行為や、フォローしてフォローバックされたらそっとフォローを外して、フォロワーを多くみせる行為。実際に自分の投稿に興味を持ってもらえている訳ではない)
見ていて苦しそうだな、と思うことがある。
忙しすぎる自分はいつか身体を壊すし、過剰なマーケティング投稿は友達を無くしそうだなとも思う。
バズれば良い内容なのかというと、微妙に笑えない話だったりするし
いいね!も、承認欲求が強い人どうしで押し合っているのかもしれない
私は時々の成果披露で充分見てもらえているし、ホームページもブログも開設していないけど、実力に見合ったデザイン依頼は来る。
人は思った以上にSNSを見ているし、何の反応も無い人が、リアルで会ったときに、いつも見ているよと言ってくれたりする。
友達を喜ばせデザインが1番幸せだと思うから、好奇心を持って取り組んでいる楽しそうな自分でありたいから、敢えて宣伝投稿は時々にしている。
自分の作品も興味を持ってほしいけど、アートやデザインをもっと身近に感じて欲しいし、投稿をきっかけに美術館や展覧会に足を運んだり、新しいアーティストに出会ってくれたら嬉しい。
日本人の感性がもっと豊かになって欲しいし、そうすればお金をかけてデザイン依頼しようといつか思ってくれる。
「私がデザインすると集客効果があってすごいんです」
「こんなに制作実績がありクライアントに喜んでもらっています」
そのデザインは、イベントの質や目的に合っていただろうか?
集客できたお客さんは心から満足できただろうか?
最近はデザインが完璧じゃなくとも、心が豊かになれば良いと思っている。
私は成功している人と思われることも結構ある。成功しているというよりは成功していることにして、一旦今の状態が幸せだと受け入れることにした。
転職もうまくマッチングしなかったし、フリーランスとして独立もしなかった。
いま頼んでくれている定常的なデザイン依頼で充分だし、実力的にも技術的にもいまの量を裁くので手いっぱいだ。
美術館やカフェの時間は、自分を見つめる時間として残しておきたい。
旅行でストレス発散も、いまはやりたくない。
有名美大卒のデザイナーでさえ、自分を認めてもらうのに必死で苦しそうだ。単価や収入でも悩んでいる。
ただ、東京藝大卒のアーティストたちは、自分の中に自分が落とし込まれているというか、デザイナーっぽい服装もしていなければ、PRも少なく、制作自体を楽しんでいるようにみえる。
そういう人たちに、いつも丁寧に教えてもらっている。やる気が少しでもあれば、親身になって話を聞いてくれて応援してくれるし、大切な心持ちと自分の財産になる技術を教えてくれる。
遠回りに思えることが長い目でみたら近道だったりする。
だから、無理に日常をイルミネーションで飾りつけてキラキラしなくてもいいんじゃないかと思っている。
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