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ショートショート『パジャマ』

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この記事は「寝ること」
というお題をいただいて
書いたショートショートです。

*  *  *

「今日は帰りたくないの」

彼女は両手を男の手に添えて、
うるんだ瞳を向けていた。

今日は二人にとっての
初デートだった。

男は、はじめてのデートで
ここまで進展するとは
思いもしていなかった。

男も彼女を見つめる。

ところが、
徐々に彼女と周りの風景が
薄くなっていく。

どんどん視界がモヤで覆われていく。

やがて目の前が真っ白になった。

気がつくと、男はベッドの上で寝ていた。

1か月ほど前、
男はパジャマを買った。

男には不似合いな
ハート柄のパジャマだ。

これを着て寝ると、
ステキな夢が見られると聞いて、
男は半信半疑で、
パジャマを購入した。

実際にこれを着て寝ると、
ステキな夢が見られた。

夢の中の女性とは
知り合って1か月になる。

ようやく、初デートに
漕ぎつけたというのに、
このところ、いつもいいところで
目が覚めてしまう。

ここ1週間くらいは、
毎晩、同じ夢で、
「今日は帰りたくないの」
という彼女の手の温もりを感じたまま、
現実の世界に戻ってしまうのだ。

翌日も同じところから夢がはじまり、
一向に彼女との関係は進展しない。

男には気になっていることがあった。

パジャマのハート柄が
薄くなってきていることだ。

男は夢の続きが見られないのは、
柄が薄くなっているのが
原因だと考え、
パジャマを買ったお店に
クレームを付けに行った。

クレームを言われた店主は
「ちゃんと注意書きを読みましたか。
 効能については書いてありますよ」
と言った。

それでも、男の怒りは収まらない。

なかなか引き下がらない客の
態度に耐え兼ねて、
店主は店の奥から
一着の真新しいパジャマを持ってきた。

店主は
「これを着て寝ると、
 永遠にステキな夢の世界にいることが
 できますよ」
と説明した。

男は喜んでそのパジャマを手にした。

しかし、男は値札を見て驚いた。

そのパジャマの金額は、
男の全財産と同額だったからだ。

「永遠に夢の世界にいられるなら、
 お金なんて必要ないですよ」
と店主は言った。

一瞬、戸惑いつつも、
夢の中の彼女の笑顔が
男の脳裏に浮かんだ。

男は財布、通帳、印鑑、
全財産のすべてを渡し、
引き換えに理想のパジャマを手にした。

「これで永遠に彼女と一緒にいられる。
 今晩、寝るのが楽しみだ!」

男は大喜びで帰っていった。

客が帰ったあと、
店主は店のドアに「閉店」の
プレートをかけた。

いい仕事をしたあとの
深い満足感に包まれつつ、
店主はベッドに横たわった。

心地よさそうに寝ている店主が
着ていたのは、
ごく普通のパジャマだった。

店主は夢を見ることもなく
朝までぐっすり眠った。

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