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書籍レビュー『統合失調症がやってきた』松本ハウス(2013)「汚れなき壊れ屋」はどのように復活したのか

※2500字以上の記事です。
 お時間のある時に
 お付き合いいただけると嬉しいです。


『ボキャブラ天国』で
ブレイクした松本ハウス

松本ハウスといえば、
私の中学時代、人気絶頂だった
『ボキャブラ天国』(※)で
大人気のコンビでした。

『ボキャブラ天国』
'92~'99年まで放送されていた
バラエティー番組。
初期は視聴者投稿型の
ボキャブラネタ(ダジャレ)を
紹介する番組だった。
若手芸人が登場するコーナーが
人気を博し、'96年からは
そちらがメインの番組となった。

爆笑問題やネプチューンなど、
そうそうたるメンバーが
出演する中で、

松本ハウスの個性は
光っていました。

坊主頭に白いブラウス、
下はピタッとスリムな
紫のパンツといった

奇抜ないでたちで、
エキセントリックなボケをかます
ハウス加賀谷、

隣で加賀谷を温かく見守り、
時には強烈なキックで
ツッコむ松本キック、

松本ハウスの放つ
強烈なコントラストは
同世代のお笑いコンビの中で
際立った存在だったんですよね。

とはいえ、そんな彼らの日常が
『ボキャブラ天国』では
それほど多く感じられませんでした。

(何かを質問されても、
 ボケまくってまともに
 答えることがなかった)

そんな彼らの生い立ちが
ほんの少しだけ垣間見れたのが、
笑福亭鶴瓶・ウンナン司会の
トーク番組『いろもん』です。

この番組にゲスト出演した
松本ハウスは、
それぞれの生い立ちや
コンビ結成の秘話を明かしました。

(『いろもん』への出演は
 ’97年だったはず)

その中でも加賀谷は、
10代の頃に施設に入っていたことを
カミングアウトしていたんですよね。

バラエティ番組でのことなので、
そこは芸人らしく、
おもしろおかしく話していたわけで、

本書を読むと、
それがどれだけ大変なことだったのか、
30年近く経って、はじめて知りました。

親の希望に沿う
従順な子どもだった

本書はおもに加賀谷による
回想によって構成され、
各章の間に相方のキックが書いた
文章が挟まれています。

これは前述した『いろもん』でも
語られていましたが、
加賀谷は子どもの頃、
とても成績が優秀だったようです。

というのも、父は大企業の
重役クラスで、
(出勤は会社が手配した
 タクシーが送迎)

両親は息子を
そのレールに乗せるべく、
勉強の面でかなり厳しい
教育方針でした。

小学校の低学年くらいまでは、
放課後に友達と遊ぶことが
できたようですが、

習い事が毎日のようにあり、
家で観ていいテレビ番組にも
かなり制限があったそうです。

そして、高学年になってからは、
難関の中学に入学させるために、
学校から帰ってからも勉強、
毎日の塾通いがはじまりました。

これが本人が望んで
やっていることならば、
なんの問題もないのでしょうが、
著者の場合は違ったんですよね。

加賀谷は幼い頃から、
両親の顔色を伺ってばかりの
子どもだったようで、

親に「悲しい顔」をさせたくない
という思いから、
必死に親の要望に応えるように
なってしまったのです。

この気持ちが過剰に働き過ぎて、
彼には自分の意思を示す機会が
まったくなくなってしまいました。

加賀谷の思いとは裏腹に、
成績はグングン伸びて、
難関の中学にも合格します。

ところが中学に入ってから、
加賀谷に異変が起きました。

彼はクラスで自分の匂いが
周りから「臭い」と思われている
という幻想に取りつかれ、

「臭い」という
幻聴が聴こえるまでに
なってしまいます。

幻聴がどんどんエスカレートし、
最終的には精神科にも
通院するのですが、

高校に入ってからは、
まっすぐ歩くことができないほど、
症状が悪化します。
(床が波のように揺れて見えた)

その後、まともに登校することが
できないほどになり退学、

こうして10代にして、
障がい者の施設に入ることに
なりました。

「汚れなき壊れ屋」は
どのように復活したのか

その後、施設で自分が好きな
お笑い芸人を目指すことになる
加賀谷ですが、

売れるまでの過程が
本書のおもしろいところの
一つでもあります。

目標を得た加賀谷は施設を出て、
事務所のオーディションにも合格、
相方と出会い松本ハウスを
結成するんですよね。

最初こそ、奇抜なキャラが
受け入れられなかったようですが、
徐々にウケるようになっていき、

前述した『ボキャブラ天国』で
いっきにスターダムを駆け上がります。

順風満帆だった松本ハウスですが、
またしても加賀谷に病魔が
襲いかかります。

売れたタレントの
宿命ではありますが、
休みも寝る時間もない加賀谷は、

それでもお客さんに
笑いを提供するために
かなり無理をしていたようで、

彼は服用し続けていた
向精神薬を勝手に
増減させて摂取していたのです。

そういうこともあって、
彼の心はさらにボロボロとなり、
松本ハウスは活動休止にいたります。

コンビの活動休止前に
キックが最後に会った時の
加賀谷の姿が本書の冒頭にも
書かれていました。

加賀谷は言葉を持っていなかった。
うつむいたまま動かなかった。
病状悪化は深刻だった。
(中略)
「とりあえず、一回区切りをつけて、
 ちゃんと休んだ方がええよ」
聞こえているのかいないのか、
加賀谷は何も答えない。
(中略)
わずかに加賀谷の口元が動く。
「はい……」
そう答えるのが精いっぱい
だったのかもしれない。
自分に向って発せられた音に対し、
反応しただけなのかもしれない。

『統合失調症がやってきた』(文庫版 p.11-12)

母親に付き添われて面会した
ハウス加賀谷は、
このように受け答えもまともに
できないほどになっていたそうです。

このあと、10年のブランクを経て、
加賀谷が復帰し、
松本ハウスは活動を再開するのですが、

そこに至るまでの過程も
本書に綴られています。

加賀谷はあとがきで
思い出すのが辛くて、
時には吐きながら原稿を書いた
と書いています。

「統合失調症」というのは、
有名な心の病気ですが、
人によって症状はさまざまで、

一般的にも具体的な症状は
それほど知られていない病気です。

その一例について、
本書では詳細に語れています。

どうやって加賀谷が芸人として
カムバックできたのかも、
興味深いところですし、

一人でも多くの方に、
この障がいのことを知ってほしいです。


【書籍情報】
発行年:2013年(文庫版2018年)
著者:松本ハウス
出版社:イースト・プレス、幻冬舎

【著者について】
'91年に結成されたお笑いコンビ。
'99年、活動休止。
'09年、活動再開。

【同じ著者の作品】

『相方は、統合失調症』(2016)
※松本キックの著書

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