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[2024.5.12]まるはだかのよつんばいで更ける札幌の夜は長い

2024年5月12日。日曜が終わり月曜に日付が変わる頃。札幌は狸小路沿いのとあるビジネスホテル、723号室。
私は、全裸のままドアの方へケツを突き出した四つん這いの姿勢で、一切の動く許可を与えられず放置されていた。
このまま動くことを許されず、朝を迎え、チェックアウトの時間も過ぎ、ホテルの人が鍵を開けて部屋に入って来たら、門限破り肛門見せつけ変態おじさんとして出禁になってしまう。すごく気に入っているホテルなのに。いや、出禁ならまだましだ。通報されるかもしれない。いや、絶対される。ニュースになるかな。ニュースになった日にはもう、一生ネットのおもちゃだな。会社、クビかな…
焦る気持ちとは裏腹に、いつまでも体を動かすことは許されず、刻一刻と夜は更けていった。

札幌出張とはすなわち、出張の皮をかぶったグルメ旅である。この日も、仕事や所用の隙間を縫う綿密な計画を立て、食べたいものを片っ端から堪能した。

昼は布袋の麻婆麺とザンギセット、旨辛の麻婆豆腐が小麦の味の強い歯応えのある麺によく絡み最高に美味い。特大のザンギも特製の甘酸っぱいタレに絡めて食べると脂っこくなくペロリといける。最高。


夕食代わりに、新装開店した佐藤の、季節限定桜と蓬のパフェ。桜餅のアイスクリームと蓬のアイスクリームを、全く甘くない塩味の効いたあんこ玉やサクサクのパイと合わせることで最高のコンビネーションを発揮!そこへ柚子くず餅や、玄米茶の寒天がサッパリ爽やかな後味を残してくれる。最高最高。


深夜、信玄の味噌ラーメン(信濃、野菜大盛り)とチャーハン。
1時間ほど並んだ甲斐のある、ネギともやしたっぷりのピリ辛でコクのある味噌ラーメンと、ラードの効いたコッテリチャーハン。米も具も絶妙な美味しさ。最高最高最高!

完璧だ。なんて完璧な札幌の夜だろう。めちゃくちゃ堪能した!よし、ひとっ風呂浴びたら乃木坂工事中見ながら嫌々仕事するぞ。と意気揚々とホテルの723号室に戻るとすぐ、靴下を除いて全ての衣服を脱ぎ捨てた。
実家を出るまでの18年は、プライベートスペースが一切ない極狭空間で育ち、実家を出てからの20年以上、ほぼ誰かと一緒に暮らしていた習性で、自宅では風呂場以外で全裸になることが絶対にない。一人暮らしになって半年経つが、長年染みついた習性と、犬猫の視線が無駄に気になり、未だに家では脱衣所以外で服を脱がない。
その反動なのか、出張でビジネスホテルに泊まると、入室した途端、着ていたものを全て乱雑に脱ぎ捨てて全裸になることがままある。服と一緒に全ての疲れを脱ぎ去るような、一人きりの空間だからこそ得られる解放感。
その上、入眠の調整が苦手で、全然眠くないと思っていたはずなのに突然コテっと眠ってしまうことが多く、自宅で布団に入って寝られるのは一年に20日にも満たないと思う。ほぼ床。冬はこたつ。テレビ見ながら寝落ちするの最高。
故にホテルでは、ちょっと腰掛けて本読んだりパソコン開いてたはずのベッドの上や、部屋の隅に申し訳程度に置かれている小さなソファなどで、いつの間にか掛け布団もかけずに全裸で寝てしまうことが多くて悔しい。せっかく上等なクッション性のあるマットレスと羽毛布団で眠れるチャンスなのに。

しかしここは札幌。5月とはいえまだ夜は冷えるだろうし、ホテルってなぜだかとっても乾燥している。うっかり眠ってしまってもいいように加湿器だけはつけておこうと、水を汲む。
が、洗面台ではうまく入らず、部屋にあったシャワー室へ。誤ってシャワーの方に蛇口を捻り、シャワー室の床を濡らしてしまったため、靴下を塗らさないような体勢でタンクに水を入れる。
腰をひねって手を伸ばす。ちょっと腰のあたりが痛い。いや、なんか徐々に筋が伸び切った感じで痛みが増してくな。なんて思いながら水を汲み終えたタンクを加湿器にセット、したと同時に、膝から力が抜けたように床に崩れ落ち、ムスリムの礼拝に近い姿勢でそのまま動けなくなった。
腰が、痛すぎる。足腰に、力がまったく入らない。なるほどそうか、これがぎっくり腰か。
水に濡れた手で電源を触らない、と、重いものを持つときは膝から曲げる、だけは幼い頃から頑なに遵守し続けて来たはずなのに、こんな些末なことで?そもそも何?ぎっくりっていう腰の負傷にしか使わない響きの日本語は。
「元々は、びっくり腰と呼ばれていました。そこから、ぎっくり腰に変わったと言われているそうです。」って、いやいやびっくりがぎっくりに成り代わった由来を教えてくれよ。あと英語だと魔女の一撃って言うらしい。オシャレ。明日から、いやあ、魔女の一撃に遭っちゃいましたよ〜。って言ってこ。

兎にも角にも立ちがらねば!と、立ち上がるための動作をしようとしたその時「は?お前今それやんの正気?」と腰が私に話しかけて来た。
角度や速度に変化をつけたり、まずはベッドやデスクまで這って行って淵に手をかけたりしてみませんか?と、あらゆる手段での立ち上がりを腰に要請するものの、「まあしてみればいいんじゃない?その代わりさらに爆発しますけどね。」という脅迫じみた回答。そんな腰とのギリギリの交渉を重ねること約1時間。なんとか体の右側を下にして横になり、胎児のポーズでうずくまる許可が下された。
これでなんとか、肛門見せつけおじさんの汚名こそ免れたものの、この先の改善は未だ全く見込めず、依然として、門限破り全裸赤ちゃんごっこおじさんの域を脱さない。
とは言え、さっきまでの姿は一切の言い訳の通じない猥褻さ、けがらわしさ、忌々しさのを醸し出す変態レベルであったが、これならまあ、病人、変態の判断は見つけた人の基準により五分五分というところだろう。一歩前進。
会社の人たちに事の顛末を連絡したり、応急処置方法を検索したりしながら、そのまま洗面所ゾーンの冷たく固い床に横たわる。
その間も、あの、この冷たくて固い床、さらに悪影響になるんじゃないですかね?と粘り強く腰に交渉。それは確かに。と許可が降り、時間をかけて土下座の姿勢のまま匍匐前進する要領で、のたりのたりとベッド横に移動。
そこからどのように立ち上がるか、さらに腰との押し問答を続けるうちに、力尽きて寝落ちしてしまう。
1時間ほどで、「お前何サボってんだ。そっちがそうならこっちもそれなりのことヤるよ?」と腰がはげしく暴れだす!暴れだす!誰かそばにいて。という気持ちになる。
最大限腰は丸めたまま、なんとかベッドに手をかけ腕力のみで踏ん張り、ベッドに転げ上がり、服を着ることは諦め、申し訳程度に掛け布団を羽織ることに成功。これが深夜3時くらい。少なくとも逮捕、報道、解雇の道は免れたであろうとひとまず安堵、一切体勢を変えられる気配はないが、体力の限界、気力もなくなり、就寝することになりました。と腰に引退を告げて眠る。

5時、痛みというか、体の硬直の不快感で目が覚める。まずは冷やすこと!とネットに書いてあったが、冷やす道具はないし、こういう時は風呂だろ。と決死の覚悟で立ち上がる。
立てた!が、まだ夢の中で金縛りの真っ最中?というくらい歩き方がわからない。ついさっきまでなんにも考えずにできた歩行という行為が、どうしたらできるのかまったくわからない。歩くための一歩を踏み出す時、体のこんなところにこんなに力が入っているのだなと初めて実感。
5秒に1歩、足を浮かせず滑らせるようにしか歩けない。だが、逆にいえば5秒に1歩は歩ける!四つん這いケツ見せおじさんとは雲泥の差の進歩!
どうせどの体勢でいても痛いんだし風呂行くぞ。と覚悟を決める。
知らないよ?いいんだね?と腰は引き続き警告して来るが、うるせーもう嫌だ。腰の脅しに従属するだけの生き方なんてまっぴらだ!と強行。15分くらいかかってやっと辿り着き、炭酸泉につかる。
よく行く竜泉寺の湯というスーパー銭湯では、何?耳なし芳一のやつ?てくらいあらゆる壁という壁に炭酸泉の素晴らしさが書き込まれているため、炭酸泉は何にでも効くんだぜ。という刷り込み効果があり、この朝も心なしか楽になった気がする。どうすか腰さん。ちょっと良くなったんじゃないすか?やっぱネットの情報鵜呑みにしちゃいけないっすね。と、上機嫌で風呂上がりにカツゲンを飲む。部屋までは3秒に1歩くらいの速さで戻れる。移動時間半分に短縮っすよ腰さん!

部屋に戻り、立ち上がれている間に充電できていないものを全て充電。昨夜、床に脱ぎ捨てた服を靴べらで全て拾い上げ荷造り。もう一度横になったら二度と起きられない気がしたので、立ったまま虎に翼をBSと総合で二度鑑賞。
9時になったらGoogleマップを「接骨院」で調べて、出て来たところを、近い方から電話。三番目に近く、しかも職場方面に進んだところで10時から診てもらえることに。この時点で9時半。マップで徒歩7分と出ていたが、着いたのが10時5分。患部をめちゃくちゃ冷やされる。
あの、朝お風呂入っちゃったんですけど。あ、絶対ダメですね。って言われる。

その後、めちゃくちゃ労われながらなんとか仕事を終え、札幌駅へ行く頃には10秒に1歩しか進めなくなっており、老若男女あらゆる人に抜かされまくる。そんな中、杖をついた白髪の女性が、私を抜き去りざまに振り向くと、手を差し出してくれた。大丈夫?どこまで行くの?地下鉄からJRの改札まで、エレベータを使って最も負担が少ない道を一緒に歩いてくれる。うれしくてありがたくてちょっと泣く。お礼にお土産に買っていたモナカを差し出す。大通駅から新千歳空港まで実質2時間半くらいかかった。

スカイマークで搭乗手続きの際、ぎっくり腰なんですと伝えると、一番前の席に変更してくれただけでなく、搭乗まで車椅子でご案内しますねと言われる。が、このあとまだ空港で会議して、お土産も買って、飯も食うぞ。なんてこの時はまだ思ってたし、流石に車椅子は大げさだろうと断る。
新千歳空港でいつもお馴染みの、会議ができる静かな場所へ移動しよう、とするが、この辺りからもう10秒に1歩の速度に、1歩ごとに激痛と漏れるうめき声のオプションが加算される。うぅッ!いたっ!くわー…
会議しながらのそのそと空港をうろつき、この日の最後の会議を始める頃に、ようやく座れる場所にたどりつく。
最後の会議を終え、朝から何も食べてないから何か食うか、と立ちあがろうとするが、腰が全面ストを始めた模様。もはや会話も拒否。立ち上がり方がわからない。
これでは搭乗に間にあわないぞとなんとか再び交渉をして歩き始める。10秒に1歩進んでは激痛で呻き声をあげていると、海鮮丼屋さんの女性が大丈夫かと声をかけてくれたので、そのまま入店する。ものすごく労われながら海鮮丼を食べる。美味い。が、食べ終えてもやはりまた立てない。結局その女性が車椅子を手配してくれて、人生初の車椅子で、出発時間ギリギリに搭乗口に向かう。機内でも手厚くケアをしてもらう。
羽田でも車椅子が待ってくれていて、新千歳の5倍くらいある距離を、自分より年上の女性に運んでいただく。気まずい気持ちと初めての体験の興奮がちょうど半々くらい。お医者さんには行かれたんですか?って聞かれたから、はい。冷やしてもらってちょっと痛いところの周りを施術されました。と言うと、ああそれは病院じゃなくて整体ですね。ちゃんと病院行ったほうがいいですよ。って言われる。そういえば保険証出さなかったなってその時気づく。間違った選択ばっかりしている。人生みたい。

バス乗り場まで運んでもらい、横浜行きのバスに乗る。ここでも自力ではもう何もできず、肩を貸してもらう。
横浜でなんとか電車に乗ろうとするがどうにもならず一旦ベンチにへたり込む。するとここでまた高齢の女性が手を貸してくれて、タクシー乗り場まで連れて行ってくれる。
ホテルに泊まったほうがよっぽど安かった値段をかけてタクシーで帰宅した時は0時を回っていた。無謀にも犬の散歩を試みるが秒で断念。全く家に戻ろうとしない犬と庭先で30分押し問答。もう!なんで、わかってくれないの!に全部濁音をつけた発音で叫んだら、不思議そうに戻ってくれた。
1時過ぎ、布団にそうっと沈んで、普段なら嬉しい猫が体に乗ってくる瞬間に怯えながら寝ようと…あ、猫乗ってくる、ごめん今日はちょっと…と、ゆっくり体を傾けて下りてもらう、そばからもう一匹が乗る。あ、ごめん今日はちょっと…というくだりを都合3回ほど繰り返してから眠る。

5月14日朝。引き続き全く起き上がれず、痛みは増すばかり。家に着いたら保冷剤で冷やせと言われたが、うちの保冷剤、なんか全然冷たくないなと思っていた。が、これ腫れすぎてて冷たさを感じてないだけで、さっき当てたら数秒で嫌になっちゃうくらい冷たかった。285日間続いていた2万歩以上の歩行記録が昨日で途切れたことに気づいて唖然とする。仕事休んで、犬のシッターさんを依頼。とにかく寝まくる。

5月15日ようやく起き上がれるようになり病院に行く。タクシーを呼ぼうとするが配車まで1時間20分かかる。病院の場所を説明すると、あああそこね。と下ろされたところが絶妙に場所のズレた精神科で、そう見えたんだ…と、なんとなくショックを受ける。人生初の整形外科にてコルセット装着の指導を受け、レントゲンを撮り、来週からリハビリだ。と言われる?リハビリ?結構重症であることを知る。

それにしてもコルセット、こんなもんつけてもちょっと姿勢よくなるだけなんじゃないすか?ん?あれ?めっちゃ歩きやすいすね。と病院時点で通販番組のタレントばりにコルセットの威力を感じていたが、夜までずっとつけてたらみるみる元気になってきて、なにこれ強すぎ聖闘士聖衣じゃん。しかも絶対黄金じゃんジェミニのサガじゃんと思えてくる。ずっとつけてたい。

たった2日体の自由を失っただけで、歩けないからエレベーター使いたいのに、大抵のエレベーターは階段よりより遠くに設置されていて余分に歩かなきゃいけない、とか、エレベーターがあるのは反対側の出口だけですという表示から得られる絶望感とか、エスカレーターが早すぎて降りる時めっちゃ腰に来るとか、エスカレーターで歩く人怖すぎとか、車椅子の人こんなにあらゆるガタガタを体で浴びて移動してるのかとか、具合悪いからタクシー呼んでるのにタクシー配車にこんなに時間かかるのかとか、サングラスで髪染めたおじさんは基本気遣われないとか、こういう時積極的に手を差し伸べてくれるのは高齢女性ばかりとか、この先の高齢独居、体調不良時マジで無理とか、色んなことを実感できて、いかに世の中が健康な大多数のための都合だけで作られてるか実感できた。特にエレベーターや自宅からのタクシーなんて普段全く使わないから、エレベーターや車でしか移動できない人に、こんなに無駄な移動や時間や苦労をかけてもらった上での便利な世の中を生きてるんだなと気づいて結構衝撃だった。

大きい荷物持ってる人とか目の見えない人とか困ってそうな外国人には積極的に声をかけるタイプで、自分のそういうところはわりと好きなんだが、それでも今は急いでるしな、とかでスルーしてしまうことも今まではあったけど、これから先は、とにかく感じの悪い人以外は自分の事情は置いといて、少しでも手助けになることがないか声をかけて行こうと思った。あと腰。今後はもっと大切にするからもう二度と怒らないでほしい。仲直りしたい。ごめんね。

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